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「あーもう嫌!悔しい!私は悪いことしてないし、可哀想でもないっての!なのに皆、私のこと腫れ物に触るように接してくるし、いまだに可哀想な人を見る目で見てくるのよ!もう我慢ならないわ!どうしたら――って、あ、あら?ごめんなさい!私ったら、お客様がいらしてるとは思わず、失礼しました!!」
居間から奥へと繋がるドアが勢いよく開けられ、きれいな金髪の若い女性が入ってきた。
しかも、開き切る前から憤慨した様子の声が怒涛のように紡がれ、相当怒っているのが伝わってくる。
裏口から戻ってきたようだし、表に私たちの馬車が停まっていたことに気づかなかったのだろう。王女様は、私と目が合うと慌てていた。
もしも私が粗相でもして王女様を怒らせてしまったら……と考えたけど、勢いよく入ってきた王女様は親しみやすそうな雰囲気だった。
事前に話を聞いていたからそう思うのか、真っすぐな金髪の美しさや顔立ちは王妃様とどことなく似ていると思った。
磨けば光る――恐れ多くもそう感じて、まじまじと見てしまう。
「…………」
「あの、本当に失礼いたしました……。お恥ずかしいところをお見せしてしまって……」
謝罪のために軽く腰を折っていた王女様から窺うように見られて、まじまじと見てしまっていたことに気づく。
「……あっ!い、いえ、あの、どうぞお顔を上げてくださいませ。お邪魔しております。私、セレナ・ハーディングと申します」
「あっ、私はこのヤンセン男爵家の娘で、アンナです」
女王様は小声で「ハーディングって、確か侯爵家だっけ?」と呟いた後、しっかり口角を上げて明るい笑みを浮かべた。その屈託のない笑顔に、心を癒すような明るさと温かさを感じる。国民から愛される王女様になりそうだと思った。
王女様だと思って緊張していた心がほぐれていく。
「それで、えーっと……?」
「あ、失礼しました。今、主人が応接間で男爵夫妻とお話を。私はこちらで待たせていただいていました」
「そうでしたか。王城からの使者かしら?あっ、お茶も出していないじゃない。ごめんなさい、今お出ししますね!今日は使用人が皆お休みの日だから」
「あ、いえ!そんな……!」
この方は、まだ自分が尊い血を引いていると知らないはずだから仕方がないけど、王女様にお茶を淹れていただくなんて、恐れ多すぎる!と思ったけど、すぐに奥へ行ってしまった。
流石に勝手に屋敷の奥へと入るわけにもいかず、そわそわと落ち着かない気分で待った。
程なくポットとカップを載せた盆を持って戻ってくる。
「皆お休みなんて格好つけましたけど、もうお察しですよね。メイドはいる日のほうが少ないくらいで」
話しながら手慣れた様子でお茶を出してくれた。
ガラスのカップには、薄いピンク色の液体が入っている。
「薬草茶です。お口に合えばいいですが……」
勧められてカップに口をつけると、清涼感があった。
(あ、美味しい。ふんわり甘い香りがしてほっとする味)と思いながら視線を上げると、じーっと私を見ている王女様と目が合った。
お茶が私の口に合ったかどうかを心配している様子に、笑顔で「美味しいです」と伝える。
「本当ですか!?よかったぁ。口に合うか心配だったから。王都から使者が来られることも多いんですけど、薬草茶は口にしない方も多いので」
「甘い香りがして飲みやすく、私は好きな味です。喉や鼻がすっきりします」
「そうでしょう?うちの庭で育てた薬草や花を入れてるの!自家製なんですよ」
ぱぁと嬉しそうに薬草茶の素晴らしさを説明してくれる王女様に親近感を覚える。
「花?あ、だからこの甘い香りとピンク色をしているのですね」
「そうです。長旅でお疲れでしょうから疲労回復効果を期待したブレンドにしました。本当は別の薬草を使いたかったんですが、ちょうど切らしていて。似た効果のある花びらで代用したんです。それで、ピンク色に」
「そうなのですか。花びらも使えるのですね。見た目もとても可愛らしくていいですね。あとは、オレンジピールで爽やかな香りも」
「わかります?皮にもいろいろと良い効能があると言われているのに、ただ捨てるのはもったいない――って、あっ。やだ。私ったら、侯爵家の奥様に向かって恥ずかしいことを言ってしまったわ」
どう反応するべきか迷って曖昧に微笑むと、王女様は「あぁっ!」と焦ったような声を出した。
「あのっ!皮って言っても、別にゴミってわけではないんですよ!ちゃんと皮の表面は洗ってるし、綺麗なところを選んでお茶にするために乾かしたり刻んだものを使っていて!」
「あ、はい。私も、嫁ぐ前は庭で育てた薬草をお茶にしていましたし、フルーツの皮を砂糖漬けにしておやつ代わりにも。美味しいですよね」
王女様の発言や到着したときに感じた親近感から、貧乏仲間のように話をしてしまった。
実情を知りもしないで仲間意識を持つのは失礼だったし、実家での生活なんて恥ずかしいことを話してしまった……と、後悔した瞬間、王女様が嬉しそうな様子で話し出す。
「えー、うちと一緒!この辺では見ないお洒落なドレスを着ているし、侯爵夫人だからてっきりお姫様みたいな生活をされているのかと!へぇー。都会でもうちと同じような暮らしをしている人がいるなんて!なんだか、親近感が湧いてしまうわ」
屈託のない笑顔で話す王女様に、会う前までの緊張や不安はすっかり霧散してしまった。
「今は綺麗なドレスを着ていますが、畑仕事も結構好きです。立派に育ったら嬉しいですし、薬草茶は健康に良くて家計も助かりますから」
「そう!そうなんですよね!いろいろ使えて便利だし!……だけど、貴族のくせにお茶は薬草茶だし屋敷の裏で菜園なんてって言う人もいるから……」
それまで楽しそうに話していた王女様が、何かを思い出したようで表情が陰った。
誰かにそう悪く言われたことがあるのだろう。
薬草茶を飲もうが、裏庭で菜園をやっていようが、悪く言われる筋合いはないと思うのに。
「私は大切なことだと思います。特にここら辺は農村地帯ですし、領民も農民が多いのですよね?菜園では領民の苦労を理解することができるのでは」
「そうなんです。もちろん、規模が違うから本当に理解するのは難しい。でも、知ろうとすることが大切だと思ってて。わかってもらえて嬉しいです」
王女様は少し複雑そうな表情で笑った。




