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窺うように私を見てくるフェリクス様と目が合う。
「ヨーシアは、ドゥシャンの実の兄なんですよね?」
「そうだよ」
「事件関係者の身内に調査をさせて大丈夫なんですか?」
「うん。あの当時も別の長期任務にあたっていたし。だけど、事件のことを知って自分に調べさせてほしいと嘆願してきたんだ」
家族が引き起こした問題について、知りたいと思うのは自然なことだろう。
だから、そう言ったのかもしれないけど、身近な人だと正しい情報が得られないのではないか。
考えたくないが、誤った情報を報告してくる可能性すらある。
「ヨーシアにドゥシャンを庇う気持ちはないと判断して、調査を任せた」
「そうなのですか」
私はきっと疑いが顔に出ていたのだろう。
フェリクス様が安心させるように肩を撫でてくれる。
「……ヨーシアがどうしてマルセロの弟になったのか。ちゃんと話すね」
ヨーシアはビエダ家の長男として生まれた。
その当時、ビエダ家の実権を握っていたのは魔力量至上主義の先代で、魔力量の少ないヨーシアをビエダ家の子供として認めなかった。
しかし、先代が認めずとも、ヨーシアはビエダ家の長男で、他に子供がいない。
さらに、ヨーシアの父親は愛人の家に通い詰め、政略結婚した妻との夫婦仲が良くない状態。
すぐには次の子供を期待できないと判断した先代は、魔力を高めると噂されていることを片っ端からヨーシアに試していった。
けれど、持って生まれた魔力量を増やす方法は見つからず、どんどん過激になっていく。
その後、ヨーシアの父と母は離婚が成立。
愛人が後妻となると、高い魔力量を持ったドゥシャンが生まれた。
すると、『研究に役立つなら死んでも構わない』とヨーシアは研究者に売られたも同然になってしまった。
それで死んでしまえば好都合とでも思っていたのだろう。
あるときその事実にお義父様が気づき、ビエダ家から引き離すため、マルセロの父親にヨーシアを養子として引き取るように指示する。
このとき、ヨーシアはまだ十歳にも満たなかった。
その後は影の一族として育てられ、マルセロを実の兄のように慕っているし、地獄から助け出してくれたお義父様やハーディング侯爵家に忠誠を誓っている。
――と、フェリクス様が説明してくれた。
私からすると、たかが魔力の量でそこまで?と思ってしまうけど、歴史ある魔術の名門一家にとってはとても重要なことなのだろう。
魔力量の問題で、フェリクス様をハーディング侯爵家の当主と認めていなかった人がいるくらいだし……。
「実家のことを恨むことはあっても、ヨーシアが実家やドゥシャンの肩を持とうとすることはない」
フェリクス様がはっきりと言い切るには、生い立ちだけが理由ではないと言う。
ナディアの親の居場所を突き止めたら、もしかしたら少しは情が残っていて『よくも弟を……』と思うかもしれないとヨーシア自身も考えていて、それが少し怖かった。だけど、実際に見つけても、ドゥシャンについて調べていても、何も思わなかった。――と、先ほどヨーシアが話していたらしい。
私は、口ではなんとでも言えるのではないかと思ってしまう。
本気で隠そうと思えば、心の内に秘めた思いを隠し通すことはできるはず。
「それに、ヨーシアは俺たちが結婚する前からあの事件が起こるまで、ずっと別の遠方での任務に就いていた。俺が指示していたことだから、それは間違いないよ。ドゥシャンの事件に直接関わっていない。敵ではないから、安心して」
「そうですか」
「……すぐには信じられないよね」
フェリクス様がヨーシアを信頼していることは、表情などからも充分に伝わってくる。
説明されても納得できずに疑心暗鬼になっている私を見て、フェリクス様は眉を下げた。
フェリクス様の顔を見て、申し訳なさから謝罪の言葉が口をつく。
「謝ることではないよ。セレナはセレナで、ヨーシアを見て判断するべきだと思う。主の信頼を得るのも、彼らの務めだからね」
フェリクス様の話を聞いても、すぐに信じることはできなかった。
フェリクス様のことは信じているし、そのフェリクス様が信じている人なら私も信じたい。
ただ、あのドゥシャンの兄弟だと思うと怖い。
フェリクス様から正式に紹介されて初対面を果たすのであれば、もう少し印象が違ったと思う。
だけど、不意を突かれたような出会い方では警戒しても仕方がないと思う。
はぐれたところを狙っていたのでは?と深読みしてしまう。
それに、さっきフェリクス様は味方に対してするにはピリピリとした空気を発していた。
あれは何かを警戒したからではなかったのか……。
「あぁ、それはセレナが怖がると思ったから。ヨーシアをセレナに会わせるつもりはなかったんだ。あんなことがあったし、兄弟ってだけで怖いでしょ?」
「そうですね、正直」
「この報告結果についてはいずれ、頃合いを見て話そうと思っていた。できるだけセレナが怖い思いをしなくていいように。それで、報告書を見られたくなくて。さっきはごめんね」
「いえ。そういうことだったのですね」
「それに、俺以外がセレナに触るのが許せないから。誰であろうと嫌だ。なのに、ヨーシアがセレナに触ろうとしていたから。俺の唯一だと知っているのに」
「…………」
「セレナも、誰であろうと触らせたらだめだよ?」
フェリクス様らしい理由に、脱力してしまう。
それに、妙な説得力を感じて納得できることに、微妙な気持ちになった。
宿を出ると、馬車の準備をしているマルセロの側にヨーシアがいた。
「あっ。奥様!」
笑顔でブンブンと手を振ってくるヨーシア。
暗い過去があって、更には影の一族として育ったというのに、とても人懐っこい雰囲気。
とはいえ、ドゥシャンの実の兄という衝撃的な事実を知ってしまったから、対応に困ってしまう。
さりげなく目を逸らしてしまった。
「あれぇっ?奥様?」
「セレナに話した。お前がドゥシャンの兄だと」
「あー、なるほど。そっかぁ。でも、同じ屋根の下に暮らしたことのない兄弟ですよ。多分弟は、ボクと兄弟だってことさえ知らないくらいの関係です。他人よりも他人。だから、ボクは大丈夫ですから!」
なぜか胸を張って言うヨーシアにますます困惑する。
ずいっと一歩前に出られて、思わずフェリクス様の後ろに身を隠した。
「うーん。警戒されてしまいましたね。悲しいな……」
「やめろ。セレナを困らせるな。お前はもう帰れ」
「えー!?連れて行ってくれないんですか?お供しますよぅ」
「これがどういう旅か、お前のことだからもうわかっているんだろ?帰れ」
「連れてってくれると思ってせっかくここまで報告に来たのにぃ」
ヨーシアのほうがフェリクス様より年上のはずなのに、どう見ても兄に甘える弟のようなヨーシア。
それを許しているとわかるフェリクス様。
二人の信頼関係が見て取れる。
「直接来いとは指示していない。しばらく休みなく任務に就いていたんだ、休暇にしていい。帰って休め」
「ぶぅぅ」
「セレナ。はい、手」
「あ、はい」
フェリクス様は子供のように頬を膨らませるヨーシアを無視して、私を馬車へとエスコートしてくれた。
そして、黙って見ていたイヴァン様も乗り込むと、ヨーシアを置いて馬車が動き出す。
気になって振り返ると、ヨーシアはこちらをじっと見ていた。
フェリクス様が敵ではないと言うのだから、きっとその通りなのだと思う。
だけど、もしも裏切りでもあったら……。
笑った顔が似ているから、どうしても不安な気持ちが芽生えてしまう。
(私が気を抜かないようにしないと)




