12
鏡越しに後ろ姿を確認する。
結婚してから自分で身支度することがなくなったため、自分で髪を結うのも久しぶりだった。
「お待たせ」
「おかえりなさい」
ちょうど出発の準備が整ったころ、マルセロの部屋に行っていたフェリクス様が戻ってきた。
手に書類を持って戻ってきたフェリクス様は、すぐに荷造りの済んだ鞄を開けて書類を仕舞おうとする。
だけど、手が滑ったのかバサバサと紙が床に散らばってしまった。
私は当然、その落ちた書類を拾おうと手を伸ばすが――
「拾わなくていい!」
フェリクス様が思いの外大きな声で制止してきたので、肩が跳ねた。
「あっ、ごめん。大きな声を出して」
「いえ……」
「自分で拾うから大丈夫だよ」
そそくさと書類を拾う様子に、私が見てはいけなかったのだろうと思い、手伝うのはやめた。
きっとヨーシアから受け取った報告書なのだろう。
「ごめんね。行こうか」
「はい。――あっ、まだもう一枚。フェリクス様……」
二人分の鞄を手に提げたフェリクス様の後を付いて部屋を出ようとしたとき、棚の下に残された書類を見つけた。
先をゆくフェリクス様には私の声が届かなかったようで、足を止めない。
一枚だけだし見ないように拾えばいいだろうと考え、私は安易に手を伸ばした。
見るつもりはなかったのに、手に取った拍子にある文字が目に留まる。
「これって…………」
その書類には『ドゥシャン』と書かれていた。
さらに、『ヴァイル夫妻』や『ビエダ家について』との記載も目に入る。
ドゥシャン・ビエダとは、以前私を攫おうとしたハーディング一族の人。
捕らえられて施設に収容されていたけど、何者かによって殺害されてしまったため、私を誘拐しようとした目的がわからないまま……。
ヴァイル夫妻とは、そのドゥシャンと共謀していたナディアの親のこと。
ドゥシャンに殺害されてしまったナディアの仇として、ドゥシャンを殺害したのはヴァイル夫妻だとフェリクス様は考えている様子。
しかし、ヴァイル夫妻は行方不明になっていた。
気になって即座にさっと目を通すが、すぐにフェリクス様に取り上げられてしまう。
私がフェリクス様を見ると、フェリクス様は眉間に皺を寄せていた。
「……一度部屋に戻ろう。説明する」
◇
フェリクス様は鞄から報告書を取り出し、私に差し出した。
そこには、ヴァイル夫妻の行方について書かれていた。
ヴァイル夫妻は他国へと渡り、細々と暮らしているらしい。一人娘の死にショックを受けた夫人は心を病んでしまい、ヴァイル氏はそんな妻を支えながら慣れない仕事に手一杯の様子だったそうだ。
そして我々の予想通り、ドゥシャンを殺害したことを認めた。
「居場所が判明したから常時監視を付けることにした。協定を結んでいない国に逃げられたから、申請しても身柄の引き渡しはしてもらえないだろうし」
「それじゃあ、これで解決と思っていいのでしょうか」
「ヴァイル夫妻については概ね安心していい」
また、報告書にはドゥシャンの家や生い立ちについても詳細に書かれていた。ナディアの親についての報告以上に、本当に詳細に書かれている。
結局、私を誘拐しようとした理由は判明しなかったようだけど……。
「それにしても、本人は亡くなっているのによくここまで調べられましたね。ヨーシアって優秀なんですね」
「まぁ、そうなんだけど……」
素直な感想を言えば、なんだか歯切れの悪いフェリクス様。見ると、難しい顔をしていた。
「いずれはわかることだから……言うね」
「なんですか?」
「ヨーシアはビエダ家の出。ドゥシャンの実の兄なんだ。だから、詳細に書かれている」
「えっ……」
彼は、ドゥシャンの兄――――
先ほど、誰かに似ていると思った理由がわかった。
兄弟なだけあり、ドゥシャンに似ているのだ。少し軽薄そうな雰囲気や笑った顔が。
飄々としているところにドゥシャンの凶行が思い出され、寒気がした理由に納得する。
(だけど、どうしてあんな現れ方を……。まさか、逆恨みで仕返しに?それとも何か)
「あれはドゥシャンの兄だが、今はマルセロの弟でもあるんだ」
「え?……あ」
フェリクス様の言葉で、私はあることを思い出した。
それは、ハーディング一族について勉強し始めてすぐのこと。
まだフェリクス様と結婚式を挙げる以前の話――――
『あれ?』
『どうかされましたか?』
『このビエダ家って、跡継ぎは次男のドゥシャン様の予定となっているけど、長男の記載というより記録がない』
急逝した場合は、通常ならそのように書かれるけど、まるで長男は初めから存在しないかのような……。
なのに、跡継ぎの続柄は次男。そのことに違和感と疑問しかない。
『あー……』
『トニアは何か知っているの?』
『私も経緯は詳しくないですが、嫡男として相応しくないと判断されて、他家に出されたのです』
普通は、それでも長男の記録自体を丸々消してしまうことはない。何か事情があるのだろう。
『なるほど、お家騒動的な。興味本位で聞いたらだめなやつね、きっと』
『奥様はこのハーディング一族の当主夫人ですし、お知りになる権利はあると思いますが』
当時、正直そこまで興味がある話でもなかったし、『ハーディング一族の当主夫人』という言葉が私には重すぎたため、そのままにしてしまっていた。
その当時はまだ自分の気持ちにも気づいていないし、この結婚に裏があって離婚の可能性もあるのでは?と思っていた時期でもあったから。




