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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第七章

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09

 

(どうしよう……。くっ…………くぅ、届かない……)


 私が今着ているのは背中側にボタンが付いているドレスだったことを、すっかり忘れていた。

 今朝の着替えはいつも通りトニアが手伝ってくれたけど、夜は自分で脱がなければいけないから前ボタンのドレスを着なければならなかったのに。


(あぁもう。どうして私は朝の時点で気が付かなかったの。もう、腕がつりそう……!)


 背中のボタンを外さないとドレスを脱ぐことができないのに、あと一カ所、絶妙に手が届かない。

 指先は僅かに触れるけど、体を捻ってみてもサテン生地の丸い包みボタンは指が滑って外すことができない。

 四苦八苦してドレスを脱ぐだけで少し汗をかき始めたころ、お風呂場と客室をつなぐドアがノックされた。

 そして、静かに語りかけるフェリクス様の声が耳に届く。


「セレナ。そういえばドレスは自分で脱げた?手伝おうか?」


 葛藤した。以前、一度だけフェリクス様に背中のボタンを外してもらったことがある。何もなかったけど、凄く恥ずかしくてもう嫌だと思っていたのに。

 それに、喧嘩したわけではないけど、勢いよく入浴を宣言しておいて、こんなところで躓いていると知られるのも恥ずかしい。

 だけど、後一つのボタンが外せないと入浴はおろか、夜着に着替えることもできない。

(どうしよう……)


「……開けるよ。入るね」


 私が返事をしないので、フェリクス様はそっとドアを開けて入ってきた。

 私は無言でドアに背を向け、中途半端に抜けかけたドレスの胸元を押さえて俯いていた。

 こんな微妙な姿を見せるなんて、恥ずかしすぎる。


「ここは届かないね。外すよ」


 俯いたまま何も反応しない私に対して、フェリクス様は何も言わなかった。

 くすぐったいほどそっと丁寧にボタンを外してくれる。


「ゆっくり入っておいで」


 露わになった肩にキスをすると、そのまま静かに部屋へと戻っていった。

 夫婦として肌を見せ合う仲であっても、今は明るいランプが灯っているし、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 冷静さを取り戻すように、ゆっくりとお風呂に入った。


 お風呂から上がると、また困ったことが起こった。

 どこを探しても髪を乾かすための道具がない。

 髪を乾かすための道具は、生活用品向けの魔道具屋に行けば売っている。

 腐っても貴族。実家にも一応髪を乾かす道具はあったから、当然あるものだと思って必死に探した家どこにもない。

 平民にとっては安いものではないため、平民向けのこの宿には置いていないらしい。


(あっ、それで)

 フェリクス様の髪が濡れていた理由がわかった。

 髪が乾くまでお風呂場を占領することができないと思って、濡れ髪のまま出てきたのだろう。

 私は結婚してから髪が伸びた。

 美しく長い髪は豊かさを象徴していて、貴族夫人や令嬢は美しく長い髪を保つのが伝統。

 最近は長さに拘らない人も増えていて、私も独身のときは手入れのしやすさ重視で貴族令嬢にしては短めだった。

 今はトニアが毎日丁寧に手入れしてくれるので、伸ばすのも楽しみになっている。

 ただ、長い髪は乾くのに時間が掛かる。


(フェリクス様は濡れ髪も素敵だったけど、私は……)


 一生懸命タオルで拭いていると、またドアの向こうから声が掛けられた。


「セレナ、お風呂上がった?髪、俺が拭いてあげる。出ておいで」

「いえ、自分でなんとか――」

「俺にやらせてほしいんだ」


 そっとドアをあけて顔を覗かせると、既にタオルを手にして準備万端のフェリクス様がいた。フェリクス様の髪はもう乾いている様子。


「おいで。セレナはソファに座って」

「……はい」


 髪が濡れたまま寝ることはできないけど、自然乾燥では時間が掛かりすぎる。

 正直、移動疲れがあるので、早めに休みたいところ。大人しくフェリクス様に従うことにした。


 私をソファに座らせ、フェリクス様がソファの後ろに立つ。

 丁寧に髪の水分を取ってくれるフェリクス様。慣れないことをしているせいか、優しすぎる手つきがくすぐったい。

 丁寧にタオルで髪の水気を取っていたフェリクス様だったけど、しばらくするとさすがに面倒くさくなってきたらしい。


「髪が長いと時間が掛かりすぎるな」


 ぼそりと呟かれた声は私に聞かせるつもりはなく、心の声が漏れてしまったようだった。

 申し訳ないし、もう充分ですと言おうとした瞬間、ふわりと暖かい風を感じる。

 一瞬舞い上がった髪が、さらさらと肩を滑り落ちた。

「これでよし。乾いたよ」

「えっ、今のは?」

「風と火の魔術の応用。ゆっくりセレナの髪をタオルで拭いて乾かせたら良かったんだけど、こればかりに時間を掛けるのももったいないかと思ってね」


 フェリクス様がそんな便利な魔術を使えるとは知らなかった。

 初めからその魔術で乾かしてくれたら良かったのでは……と思ったら、タオルで髪を乾かすのをやってみたかったと言われた。フェリクス様の欲求はよくわからない。


「セレナ」


 またソファ越しに肩を抱かれた。

 私の名前を呼ぶフェリクス様の声は、先ほどまでと違って楽しそうでも甘い響きでもない。真面目な声色での呼びかけだった。


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