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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第七章

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08

 

 小休憩を挟みつつ、しばらく馬車を走らせて昼時を少し過ぎたころ、小さな町に到着した。

 昼食をとった後は、フェリクス様とイヴァン様と三人で、少しだけ町の様子を見て回る。

 復路で王女様と立ち寄ることを想定し、警備面での下見がしたいとイヴァン様が言ったから。


 食堂周辺を一周してから馬車に戻ると、馬が変わっていた。


「馬を交換したんですね」

「うん。今回はどうしても少し急がないといけないからね。目的地まではこうして馬を交換しながら行くことになる。それでも一週間くらいかかるけど」


 初めは不安だったけど、フェリクス様は本当にいつも通り甘やかしてくるので、不安だったことも忘れかけていた。

 でも、イヴァン様が町の様子を鋭く観察しながら歩いている様子や、急がなければいけないと聞くと、また無意識に肩に力が入る。


 結婚前は私に侍女なんて付いていなかった。

 結婚後はトニアが付いてくれているけど、生粋のお嬢様が侍女にやってもらうようなことに私は慣れなくて……。

 わがままかもしれないけど、未だに入浴などトニアの手を借りずに過ごしている。

 だから、高貴な方の侍女にはどんな仕事があるのかわからない。

(もしも、私が王女様を怒らせてしまって、フェリクス様やイヴァン様に迷惑を掛けてしまったら……)


「セレナ」


 私がまた不安になり始めていると、フェリクス様が身を寄せて耳元で囁いてきた。

 そのまま私の頭にこつんと自分の頭を合わせ、すりすりしてくる。

 甘えてくる仕草に顔が綻んでしまう。


「初夏とはいえ、森の中は日陰が続くから冷えるね。寒くない?」

「あ、ブランケットを用意してくれたので大丈夫です」


 別邸を出発する前に、トニアが肌触りのいいブランケットやふかふかのクッションを馬車の中に入れて、少しでも快適に過ごせるようにしてくれた。

 ブランケットがなければ足下が寒いと感じていただろう。


「俺は少し肌寒いな。温めてくれない?」


 拗ねたような口調だったので、しっかりフェリクス様のほうに体を向けると、少しいたずらな笑みを浮かべていた。


「ふふ。それが狙いですか」


 フェリクス様は甘えたように「うん」と言って、私を軽く抱き寄せる。

 そして、またおでこを合わせてから頬に手を添えてきた。

 キスの予兆に、即座に釘を刺す。


「あ、だめですよ。イヴァン様が困ってしまいます」

「……わかってる」

「もう充分目のやり場に困ってるよ」


 フェリクス様の不満げな返事と重なるように、イヴァン様が呟く。


「ほ、ほら。困ってらっしゃるって。離れてください」


 渋々な様子で頭と体を離したフェリクス様だったけど、頬に添えられた手はそのままで、じっと見下ろしてくる。

 どうしたのだろうと見上げた瞬間、フェリクス様の親指が私の唇に触れた。

 偶然触れたのではなく、明確な意思を持って触れているのがわかる。


「っ!?」


 何してるのか問いたいけど、話すと指が口の中に入ってしまいそうで、口を開けない。

 私が戸惑っている間もお構いなしなフェリクス様。

 真剣な眼差しでじっと唇を見ながら、親指を滑らせたり押したりと感触を確かめるように触ってくる。そして、輪郭を確かめるようになぞってきた。

 すぐに耐えられなくなって、触ってくる手を掴んで止める。

 フェリクス様の行動がイヴァン様に悟られないように、小声で咎める。


「な、何してるんですか」

「キスしちゃだめだって言うから。これで我慢しようと思って」


 そう言われると実際にキスされるよりも恥ずかしく感じる。

 顔が赤くなったことは自分でもわかった。


「やめてください」


 わざと怒ったように言ってみたけど、フェリクス様の目が甘く細められるだけだった。

 視線を逸らすと、無の表情で外を見ているイヴァン様が視界に入る。

 狭い車内では全てが筒抜けになる。

 いたたまれなくなった私は、下を向くしかなかった。


 暗くなり始めたころ、街道沿いの宿場町に着いた。

 なるべく急ぐと言っていた通り、最低限の休憩だけで走り続け、やっと着いたという感想が正直なところ。

 だけど、フェリクス様もイヴァン様も特に移動疲れは感じていなさそう。

 きっと、仕事ではこのように終日移動し続けることも珍しくないのだろう。

 私はこの先、体力的についていけるのか、若干不安を感じた。


 鄙びた小さめの宿場町はフェリクス様が考えたという事前計画通りの場所。

 敢えて人の多い大きな宿場町は外しているという。

 ここも王女様をお連れした復路を考慮し、下見も兼ねている。


 私たちが泊まる宿は貴族向けに特化した宿ではなかったけど、宿屋の主はとても丁寧に迎えてくれたので、私たちが貴族だとわかったのだろう。一番いい部屋に通された。

 一番いい部屋ということもあり、清潔で部屋にお風呂もお手洗いも付いている。

 ただ、宿にレストランがなかったので、食事は外へ出なければならない。


 この辺りでは高級な部類に入るレストランで夕食を済ませることになった。

 慣れない移動疲れのせいか普段より食が進まない。


「セレナ、口に合わなかった?」

「いえ、美味しいです」

「リック、ちょっといいか?」

「なんだ?」

「この後だけど――」


 フェリクス様が心配するので無理やり詰め込んだ。


 宿に戻り、イヴァン様やマルセロと別れて部屋に入ると、すぐにフェリクス様に抱き締められた。


「ずっと側にいたのに触れられなくて辛かった」


 後ろから抱き締められて耳元で切なげに囁くフェリクス様。

 イヴァン様が呆れるほど、フェリクス様は自由だった気がするのだけど?


「ねぇ、セレナ。疲れたでしょ?お風呂、どうする?」


 ぎゅうぅぅっと抱き締めてひとまず満足したのか、腕の力を少し緩めたフェリクス様。

 私の横顔を覗くようにして聞いてくる。


「フェリクス様、お先にどうぞ」

「そうじゃないよ。入浴の手伝い、しようか?ってこと」

「え!?必要ありません!私がいつも一人で入っているって知ってるじゃないですか」


 私は慌ててフェリクス様の腕を振りほどく。

 笑いなら「うん、知ってる。じゃあ先に使うね」とお風呂に向かっていった。

(からかわれた……)


 しばらくするとお風呂に続くドアが開いた音がする。

 掃除は行き届いているけど古さを感じる宿は、ドアの開閉でキィキィと音が鳴る。

 フェリクス様はもう側まで来ていたらしく、ソファ越しに肩を抱かれた。

 振り返ろうとしたところだったので、びっくりして少し肩が跳ねる。

 いたずらが成功したように満足そうなフェリクス様の笑い声。

 私の首に当たる髪の毛が微かに冷たくて、まだ結構濡れていることがわかる。

(フェリクス様の髪がここまで濡れたままなんて珍し……あっ、もしかして!)


 フェリクス様こそ生粋の貴族で、いかにも貴族らしい生活をしてきたはず。

 いつもは侍従のセリオに手伝ってもらってお風呂に入っているのでは。

 心配になり急いで振り返ると、私の勢いに驚いたような表情のフェリクス様と視線がぶつかった。


「ん?どうかした?」

「フェリクス様。お風呂、大丈夫でしたか?」

「うん。狭いけど普通の風呂だった。魔力がないと使えないタイプじゃなかったし、セレナでも大丈夫だよ」

「そうでしたか。えっと、ちゃんと体も洗えましたか?」

「えっ?うん……どうして?」


 フェリクス様は身を引いて、さりげなく自分の体のにおいを嗅いでいるようだった。暗に、ちゃんと洗えていないと伝えているように思われてしまったのだろう。


「あ、違うんです。フェリクス様こそ、侍従がいなくても困らなかったのかなって、心配になりまして」

「あぁ。大丈夫だよ。寄宿学校では侍従のいない生活をしていたし、城の部屋に寝泊まりするときもあった。今では屋敷でも一人で入ってる」

「それなら良かった」


『今では』ということは、やっぱり昔は侍従に手伝ってもらうのが当たり前だったんだなぁと考えてしまう。

 でも、寄宿学校入学前ならまだ子供だし、裕福じゃなくても貴族なら使用人にやってもらうのが当たり前。

 物心着いたときから一人でお風呂に入っていた私のほうが、貴族としては特殊なのだろう。


「俺が一人で入れないって言ったら、セレナが体を洗ってくれたの?」


 私の隣に移動してきたフェリクス様が、試すような視線を投げかけながら言う。

 もしもフェリクス様が一人でお風呂に入れないのなら、私が手伝うしかないだろう――と思ったけど、想像したら無理かもと思ってしまった。

 言葉に詰まった私を、フェリクス様はいたずらな笑みを浮かべて見てくる。

 そんなフェリクス様と目が合った。さらに目を細めて楽しそうな笑みになる。


「わ、私も!お風呂に入ってきます!」


 無駄に力強く宣言してお風呂へと向かう。

 背後から「はははっ」とフェリクス様の楽しげな笑い声が聞こえてきた。



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