07
馬車の中は、俺の声とガタガタと車輪の音だけが響いている。
事情を説明すればするほど、セレナの表情はどんどん深刻な顔になる。
次第に相槌もなくなった。
だが、誤魔化しようもない。
「今まで本当のことを言えなくてごめんね。うちの使用人たちも、父が拘束された本当の理由までは知らないし、言えなくて」
「王女様の侍女役なんて。そんな大変なお役目が私に務まるとは思えません」
「大丈夫。セレナは俺と一緒にいてくれるだけでいいんだ」
セレナは青くなって首を振るが、『客観的に見て』と言っていた宰相のセレナへの評価は正しいと思う。
ふわりと笑んだ顔は特に優しげだし、控えめで親しみやすい雰囲気もある。
セレナは初対面の人間に警戒心を抱かせにくいタイプだ。
そうは言っても、セレナ自身が相手をどう思うかは別。
以前、夜会で宰相と軽く挨拶したときでさえ緊張気味だったセレナが、『王女の侍女役』なんて荷が重いと感じてしまうのは致し方ないだろう。
「王女と言っても男爵令嬢として育っているし、俺の予想ではそこまで侍女としての役割は求められないはずだから。恐らく心配はいらないよ。とりあえず、ヤンセン男爵領へ着くまでは気楽に旅を楽しもう。ね」
「……はい」
しっかり視線を合わせて微笑みかければ、セレナは迷いながらも戸惑いを収めてくれた。
「あ、ほら見てごらん。綺麗な鳥がいた」
窓の外を指さすと、セレナはゆるりと視線を外に向けた。
(やはりセレナの同行は断るべきだった。断る余地はあったのに……)
黙って窓に体を向けているものの、少しうつむき加減になっているセレナを見ていると、後悔の念が襲ってくる。
侍女役の女性が必要なら、セレナ以外でどうにかしようと思えばできなくもなかった。
一時的にトニアを同行させるとか、王妃の側仕えからイヴァンの恋人役を用意することだってできたはずだ。
あのときは宰相の説明に納得して、セレナが適役だと思ってしまった。
今となっては後戻りできないため、どうにか王女がセレナの負担にならないような女性であることを祈るしかない。
そう思っていると、セレナが振り返り、黙って見上げてくる。
何か言いたげで、しかし、先ほどまでの不安そうな顔つきとは違う。
「ん?」
「さっきは突然の話で動揺してしまったのですが――」
俺は急いで首を振った。
仕方がないとはいえ、重要な話を隠して巻き込んだのは俺だ。セレナが動揺することはわかっていた。
だからこそ、イヴァンから促されるまで言えずにいたのだ。
不安にさせたのも追い込んでしまったのも、俺だ……。
「私、頑張ります」
「いや――」
思いの外、力強い視線を受け、思わず否定しかけたが、続くセレナの言葉にかき消された。
「先ほどは思わず『無理』と言ってしまいましたが、頑張りたいんです。私を連れてきてくれたってことは、私のことを認めてくれたってことですよね?私ならできるって、信じてくれたんですよね?」
俺が頷くと、セレナは笑顔になった。
「やっと、フェリクス様のお役に立てるときが来たのですね」
「セレナ……」
「私、ずっともどかしくて。フェリクス様が実際どんな仕事をされているのかわからないし、自分ではどうしたらもっとフェリクス様の力になれるのかわからなかったけど、お仕事を与えてくださって嬉しいです」
「セレナはいつも側にいてくれるだけで俺の力になってるよ。だから、負担はかけたくない。今回も基本的には俺とイヴァンが対応するから、セレナはいてくれるだけでいいんだ」
「そんな寂しいこと言わないでください」
「寂しい?」
「だって、頼りにされていないみたい……。お飾りで呼ばれただけの役立たずみたいな」
セレナが目を伏せる。
「そんなことはない!俺がセレナをそんなふうに扱うわけがない!ただ大切にしたいだけて、負担をかけたくないだけだ。……巻き込んでおいてどの口がって感じだけど」
「わかっています。けど、守られているだけでは嫌なんです。そろそろ妻として、フェリクス様をしっかり支えられるようになりたいんです」
「セレナ……」
「あ、でも。わからないことも多いので、教えてくださいね」
「うん。もちろん。すぐに頼って」
セレナの頼もしさに感動した。
とはいえ、まだ表情に硬さの残るセレナ。
ヤンセン男爵領まではまだ一週間近く掛かる。
王女と合流後の復路は仕方がないにしても、今はできるだけリラックスしてもらいたい。
「この辺り、そろそろ右側に滝が見えるはずだよ。滝が街道から見えるのはここくらいで珍しいんだ。滝は見たことある?」
「ありません。滝が馬車からも見えるのですか?」
「そう。奥のほうにね。もうすぐ見えてくるはず。見逃さないようによく見てて、こちら側だよ」
セレナはすぐに窓に張り付き、外に視線を移す。
少しでも気を紛らわせるために窓の外に気を逸らせたが、成功したようだ。
素直で可愛いなぁと後ろ姿を見ていると、横から視線を感じた。何かと思えば、イヴァンがなんとも言えない表情でこちらを見ている。
「なんだ?」
「この狭い空間で二人の世界に入らないでくれと言っただろ」
「だから視線で愛でるだけにした」
「いや、もうそれだけで充分。……羨ましくなるだろ。そんな嬉しそうな顔見せられたら――」
イヴァンと小声で言い合っていると、夢中で景色を眺めていたセレナが「ん?」と振り返る。
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ。あ、ほら。あそこに今黄色い鳥がいた」
後ろから抱き締めてまた外に意識を向けさせると、セレナは素直に窓の外に集中する。
「えっ、どこですか?」
「結構奥のほう。あの倒木の左上の木」
またセレナが窓の外に夢中になったのでイヴァンに視線を戻すと、呆れたように首を振って逆側の窓へ視線を向けた。




