06
「ヤンセン男爵領への旅行、予定としては最短で三週間程度だろうな」
俺を無視し、旅行として宰相は話を進める。決定事項なのだろう。
「妻を連れて行けと?これは仕事なのですよね?」
「細君が一緒なら、ますます旅行に見える。それと、城の侍女が同行できないと言っただろう。細君には侍女役をやってもらいたい。フェリクスの細君は貧しい子爵家の出身だから、身の回りのことを手伝おうと思えばきっとできるだろ。宰相補佐官室の他の夫人たちは皆、自分の身支度さえままならない者ばかりだ……おい、そんな顔をするな」
セレナのことを馬鹿にされているように聞こえ、無意識に目を眇めていたらしい。
「無理です。妻自身は確かに侍女がいなくても問題ない。しかし、侍女の経験はありません」
「この緊急時に完璧は求めていない。しかし、細君はそんなに不器用で仕事のできないタイプか?実質一週間、着替えを手伝う程度も務まらないと?」
「まさか。やれと言われればこなしてくれると思いますよ」
「なら問題ないな」
「しかし、極秘事項を話して良いのですか?説明しなければ連れて行けません」
「それは構わん。だが、あー、あのな、予め言っておくが別に細君を蔑んでいるわけではないぞ?」
「……いったい何を言おうと?」
「今回の侍女役に適任だと思った理由だ。細君は、社交界では顔が広くない。となれば、この話が広まりにくい。高位の者に取り入ろうとするタイプでもないようだしな。あぁ、そうだ。後は、細君自身、ふんわりと柔らかい物腰で笑顔も優しくて、癒し系の女性だろ。つい誰もが心を許したくなるような笑顔――って、おい!?そんな顔で睨むな!手に魔力を溜めるなよ!やめろ!」
セレナの魅力は語り尽くせないが、それを他の男の口から聞きたくない。
よもや、宰相がセレナをそういう目で見ているとは思ってもいないが、非常に不快だ。
セレナの良さを知るのは俺だけで充分。
「まったく。普段は可愛げがないくらい冷たいくせに。細君のことになると沸点が低すぎるだろ」
「当然のことでは?」
宰相が嘆息する。
一度天を仰ぐようにしてから口を開いた。
「これは、あくまでも客観的に見て言っているだけだからな!いいか?」
「はい」
「王女はこちらの事情を知らない。王都からいきなり迎えが来たら警戒するだろう。王女は田舎育ちで、自分は末端の男爵令嬢だと思っている。王都の洗練された若い男二人がいきなり迎えに現れたら面食らう。お前は言わずもがな、イヴァンだって悪くはないんだ。初対面の男二人と三人旅では道中不安で行くことを躊躇しかねない。そこで、細君の出番だ。細君の存在が場を和ますことを期待している」
「確かに、妻がそこにいるだけで癒やされるのは認めます。同行者として女性が必要なのも理解できます。しかし、その……」
万が一、一目惚れでもされたら厄介だ。
自分のことをそう言うのははばかられるため言葉を濁すと、意を汲んだ宰相が事もなげに言う。
「フェリクスやイヴァンを見て、王女が王都へ行こうと思うきっかけになるのは構わない。むしろ、それもお前とイヴァンを向かわせる理由の一つだ。拒まれたほうが厄介だからな」
「…………」
「お前は顔を武器にすることを嫌がるが、今回は命令だ。必要とあらばその麗美な顔面を大いに使ってこい」
この宰相は……。目的遂行のためならそんなことまで餌にするか。
まんまと食いつかれて、飲み込む勢いでこられたらどうするつもりなんだ。餌にされたほうはたまったもんじゃないというのに。
王女が分別ある人物ならいいが、もしも……。
またセレナを不安にさせるのはもう嫌だ。
「まぁ、一目惚れされたとしても心配いらない」
「他人事だと思って……」
「夫人を同行させる理由がそこにもあるからな。フェリクスに興味を示したとて、夫人の前でのお前の態度とその他の態度の違いを見れば、慕うのも阿呆らしいと感じるからな」
「…………」
本当に人をなんだと思っているんだ。
しばらく休みを取って任務を拒否してやろうか。腹が立つ。
俺が何を考えているのか感じ取った宰相は、わざとらしく手を叩いた。
「おお、そうだ。無事に王女を城までお連れしたら、一週間の休暇を与えよう。その際、一切仕事の連絡もしないと約束する。だから、頼む。お前なら私の気持ちがわかるだろ?」
「はぁ……。休みの約束、絶対ですよ。それともう一つ――――」
セレナを俺の仕事に巻き込みたくない……。
そう思う一方、宰相の考えも理解できてしまう。
一週間の休暇も魅力的。誰にも邪魔されることなくセレナと二人で過ごしたい。




