05
セレナに急に「旅に出よう」と提案したのが昨夜。
何も言わず俺の提案を受け入れて、純粋に旅行を楽しみにしている様子のセレナ。罪悪感で胸が痛む。
少しでも罪の意識を軽くしたい一心で、なんとなく楽しそうに聞こえる『旅行』ではなく『旅』と伝えた。あくまでも俺の感覚でしかないし、言い方を変えたところで意味なんてないのに。
セレナから目的地や旅の目的を聞かれると思っていたが、慌ただしい旅支度に気を取られているのか聞かれなかった。
そのことに少しだけほっとしていた。先延ばしにしても必ず伝えなければならないのに……。
そして今、この旅の本当の目的を話した。
セレナは驚き、顔をこわばらせ、不安げな表情になってしまった。
やはり、仕事とはいえ断るべきだった――――
◇
旅に出ることが決まったのは、一昨日のことだった。
「ヤンセン男爵令嬢が第二王女だと確定したわけだ。明日中に準備を整え、明後日から迎えに行ってくれ」
解放された父上と迎えに来たヘラルドを見送っていると、軽い口調で宰相から言われた。
王女がいるのはヤンセン男爵領。王都よりも辺境のほうが近いほど遠い場所だ。
馬車でしか行けない場所のため、急いでも片道一週間は掛かる。移動だけで往復二週間。
さらに相手は一応王族。
強制的に連れ帰ることができないため、説明や説得をする時間も必要になる。
上手くいったとしても、帰りはゆっくり時間を掛けながら戻らなければならなくなることも考えられる。
恐らく三週間から一カ月程度の出張になるだろう。
父上のことで大変な思いをした俺に、すぐにまた面倒な仕事をさせるとは。
予告されていたとはいえ、容赦ない。
「そもそも、どうして私なのですか」
前もって指示されていたから、王女を迎えに行く計画書は作っていた。だが、少しくらい休む時間がほしい。
やっと落ち着いてセレナに癒してもらえると思っていたのに、一カ月近く離れるなんて耐えられない。
投書は王女の命を狙ったものではなかったとはっきりしたのだから、そこまで急がなくてもいいのではないか。
むしろ、俺以外でもいいはず。そう思って、誰が行ってもいいように計画書を作った。
「まず、この件はまだ公にできない。どのように王女をお披露目するか、そこが未定だからな。この件について知っている者の中から、迎えに行く者を選ばなければならない。となると、動けるのはフェリクスしかいない」
「宰相補佐官には守秘義務もありますし、日々こなしている業務の秘匿性と大差ないでしょう」
宰相補佐官は、その情報が漏れたら国が転覆しかねないような情報も業務で取り扱う。
実はこの国には第二王女がいるという情報くらい、俺以外の補佐官でも漏らさず任務を遂行できるはずだ。
「まぁ、聞け。公にできないから大勢で迎えに行くのは無理だ。というのは言わなくてもわかるな。事情を知らぬ者ばかりで、侍女も付けられないほどだ」
通常の王族の移動時と同様に、周りを護衛で固めて行列を作れば一発で話題になってしまう。
その行列の中心に誰がいるのか皆が見ようとするし、なぜ男爵令嬢がいるのかと疑問に思うのは当然のこと。
そうなると、あることないこと噂するのが暇な貴族だ。
少なくとも方針が決まるまでは、極秘に行動しなければならないことは理解している。
「男爵領から王都までの道中、最小限の人数しか随行できない。護衛も一人しか付けられない」
「ちなみに、護衛は誰が?」
「第二王女付き近衛騎士隊はイヴァン・ヘルツベルクが隊長に任命された。今回はイヴァンが同行する。だが、イヴァンとお前なら、友人同士の旅行に見せかけるのにちょうどいいだろ」
イヴァンは騎士として有能だ。多少のトラブル程度ならイヴァン一人で充分だろう。
ただ、友人といえどもイヴァンと旅行などしたことがないのだが。
「ただ、万が一のときの護衛が足りない。宰相補佐官室の面々で、一番戦闘能力が高いのはお前だ。いざとなったらお得意の結界術で王女をお守りするんだ」
馬車程度の狭い結界を張るくらい造作もない。
だが、俺は別に魔術師でも戦闘員でもない――と思ったが、宰相補佐官室の面々は俺以上に非力な者しかいないのだった。
万が一襲われたとき、他の者ならほんの数刻稼ぐことさえできなそうだと想像できてしまう。
これに関しては宰相の任命理由に納得するしかなかった。
「馬車はこちらで用意する。というより、王妃からだ。いわば、詫びの品ってことだな」
「詫びの品ですか……」
父上が拘束されたことは、ごく一部の人間しか知らない。
王族相手のことだから、これ幸いとなかったことにされて終わりだと思っていた。
形に残る物を詫びの印に出してくるとは、我が家にそっぽ向かれては困るという判断なのだろう。
「ベルトランはそれで手打ちとすることを了承済みだ」
「…………」
「馬車は王族仕様の最新式だ。他にもいろいろと下げ渡すと申されている。それでな、旅行の態を取るためにも、御者は侯爵家で用意してくれ。城に出入りしている侯爵家の影がいいだろうな。戦闘力も充分だろうし、どうせ今回の情報も知っているのだろ?」
当然と言えば当然だが、本来城に出仕していないマルセロが我が物顔で城の中をうろついていることに宰相は気づいていた。スパイ容疑で拘束されてもおかしくないのに、見逃してやるということか。
マルセロが見つけてきた情報が役立ったこともあるから、黙認と言ったほうが正確な気はするが。
「それで、フェリクスとイヴァンと夫人の三人で行ってもらうからな」
夫人とは誰のことか、もっとはっきり名前を言ってくれと考えていると「フェリクスの細君。ハーディング侯爵夫人だ」と言われ、耳を疑った。
「は?」
「最近は忙しかったし、そろそろ細君と旅行したいだろう?」
「私は何も言っていませんが」
これから言われることが頭に浮かび、眉根を寄せてしまう。
セレナと長期で離れるのは嫌だ。だが、セレナを任務に巻き込むのも嫌だ。
セレナに負担を強いることになるし、もしも王女に気に入られでもしたら側近として重用されかねない。
さすがに王族から正式な要請が出されてしまえば断れないから、セレナがまた働きに出ることになる。
せっかく、安全な籠の中に緩く囲えているというのに――――




