04
トンっと、軽い身のこなしで私たちの馬車に乗り込んで来たのは、フェリクス様のお友達のイヴァン様だった。
「おはよう、リック!おはよう、セレナちゃん!」
「おはよう」
「あ、おはようござい……ます?」
騎士らしく、爽やかに朝の挨拶をしてくるイヴァン様。
イヴァン様の勢いと、当たり前のように挨拶し返すフェリクス様につられたものの、なぜイヴァン様が来たのかわからない。
当然のようにフェリクス様の向かいに腰掛けるイヴァン様。
ぽかんとしたままイヴァン様を見ていると目が合った。
「あれ?俺も一緒に行くってことも、まだセレナちゃんに話してないの?」
「あぁ……」
私が「え?一緒?旅行は二人でって……」と思わず口に出してしまうと、フェリクス様が取り縋ってきた。
「ごめん!セレナ……!」
謝られても意味がわからない。視線が合うと、フェリクス様はバツの悪そうな顔になる。
「二人きりで旅行したいのも本当なんだけど……。今回の旅はイヴァンも同行するんだ。お互い従者は付けず、俺たち二人とイヴァンだけで」
「あ、そうだったのですか」
フェリクス様から『二人で』と言われたから、勝手に私たち二人きりだと思い込んでいた。
思い返してみると、確かに『二人きり』とは言われていない気がする。
「俺も働き詰めだから少し休めって上から言われて、ちょうどリックも休むから一緒に旅行でもって。急に決まったんだ。なっ」
イヴァン様はフェリクス様に同意を求めた。
けれど、フェリクス様はそれには応えず、私に申し訳なさそうな表情を見せ続けている。
「ごめんね、セレナ。ちゃんと話すって約束したばかりなのに、また……。本当にごめん」
「いえ。皆で旅行するのも楽しそうですね」
どうして出発を急ぐのかと疑問だったけど、イヴァン様と予定を合わせたから急な出発になったということか。
「俺はセレナと二人きりで旅したいよ。俺はいつでもセレナと二人きりになりたいのに、セレナは違うの?」
(でも、それなら二人きりでの旅行で良かったのに……と言ったらフェリクス様は気に病んでしまいそう)
あえてイヴァン様とのグループ旅行にしたのはどうしてなの?初めからグループ旅行だと言えばいいのに、イヴァン様も一緒だと言わずにいたのはどうして?もしかして、イヴァン様が強引に誘ったとか?
疑問は尽きないけど、イヴァン様が目の前にいるので聞くことができない。
イヴァン様はそこまで強引なタイプではないと思うし、フェリクス様も強引に誘われても嫌ならはっきり断るタイプ。
申し訳なさそうにしていても、友達と旅行したかったのだろう。妻と友達は違うものだし。
フェリクス様の瞳が不安げに揺れている。
じっと見つめられるので「私もフェリクス様と二人がいいですよ」と小声で言うと、ほっとしたような表情になった。
愛おしそうに目を細めたフェリクス様は、質感を確かめるようにゆっくりと私の髪を指に絡ませていく。
それは、私にとっては慣れた仕草で……。
甘く微笑むフェリクス様と視線を合わせていると、フェリクス様がゆっくりと近づいてきておでこを合わせてくる。
(あ、キス……)
視界がフェリクス様で埋め尽くされて、条件反射のように瞳を閉じ――――
「おーい!俺の存在を忘れてない!?この狭い空間でいきなり二人の世界に入るのはやめてほしいな!」
瞳を閉じかけた瞬間に、イヴァン様の声が耳に届いた。
「っ……!?す、すみません」
「空気を読め、イヴァン」
「無理だよ、こんな狭い空間では!さすがに気まずいだろ、お互い!」
「別に気まずくないが?」
「リックはいいんだよ。セレナちゃんの前では羞恥心が壊れるの知ってるし。セレナちゃんが嫌だろって言ってるの。俺に見られたら気まずいよね?ねっ?」
「そうですね……」
「ほらぁ!」
「そうか。でも、セレナ。イヴァンのことは気にしなくていいよ。空気と思って」
「おいっ!」
フェリクス様の表情が明らかに冗談を言っているとわかる。
イヴァン様も笑っている。
気の置けない友人に見せるフェリクス様の顔は、私にはあまり見せない顔だった。
これこそが友人同士の旅行ならではの雰囲気なのだろう。
それにしても、友人同士のグループ旅行なら私も誰か友達を誘いたかったと思う。
学生時代、友達同士で数日間の短い旅行に行っていた子たちがいた。私は当然そんな余裕がなかったから、休暇明けに話の花を咲かせている子たちが少し羨ましく、漠然と憧れた。
フェリクス様とイヴァン様は今でも時々飲みに行っているし、二人は学生時代にも旅行していたのかもしれない。
――そんなことを考えながら馬車に揺られていると、あっという間に王都を出て森に入っていた。
二人のじゃれ合いのような会話を聞きながら、私は窓の外に目を向けた。
所々に野花が見えて、森の中でも目を楽しませてくれる。
「――――……なぁ。そろそろ、いいんじゃないか?」
いつもの騎士らしく朗々とした声ではなく、妙に潜めた声が耳に届く。
心の中で(何がいいの?)と疑問に思ったけど、イヴァン様はフェリクス様に話しかけたことが明白。
あまり私が興味を示さないほうが良さそうだと思い、窓の外に視線を向けたままでいた。
すると、膝に置いていた私の手が突然温もりに包まれた。
温もりの主であるフェリクス様を見ると、「ごめん……セレナ」といきなり謝られる。
今日はなんだかごめんと言われる回数が多い。
「どうしたんですか?」
「俺はセレナに嘘をついてしまった……」
フェリクス様は自己嫌悪に陥っているかのような、苦悶に満ちた表情になった。
あまりにも深刻そうな様子に慌ててしまう。
「え。どうしたんですか?嘘って――」
「本当は、これはただの旅行ではないんだ……」
フェリクス様は「隠し事はしてもセレナに嘘はついたことがなかったのに」と聞き捨てならないことを呟いた。




