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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第七章

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02

 

 フェリクス様のことだからすぐに終わらせて来てくれると思ったけど、執務室に篭って長い。

 トニアがそっと手元にランプを置いてくれて、室内が暗くなり始めていることに気づいた。


 手元の本から窓の外へと視線を向ける。

 外はまだ明るいが、じきに暗くなるだろう。


(せっかく早く帰ってこられたのに。同じ屋根の下にいるのに……)



 夕飯間近になってから私室へと戻ってきたフェリクス様は、隣に座って覗き込むように私の手にある本の表紙を確認してくる。


「旅行記か。面白い?」

「はい。まだ半分ですけど、結構ドラマチックな展開もあって」

「セレナ、旅しようか。どう?」

「いいですね。行きたいです」

「それじゃあ行こう。明日から」

「はい、明日――えっ!?明日から?」


 行ってみたい所ならたくさんある。

 最近はいろいろなことが重なっていたし、フェリクス様のためにも気分転換はいいことだと思う。

 とはいえ、旅行とは大抵何日も前から計画を立てて行くものだから、私は耳を疑った。


「うん、二人で。明日の朝には発つよ。執事にはそのように指示をしたから」

「ずいぶんと急ですね」

「ごめん、嫌だった?」


 戸惑いはあるものの、嫌なはずがない。

 だけど、休みが取れたならお義父様のお見舞いや、フェリクス様の疲労回復の時間を作るほうが先ではないかと思う。

 そのように提案してみたけど、旅行すると決めたフェリクス様の決意は固い。

 いつになく強引で頑なな様子に違和感はあったけど、フェリクス様も思い切り気分転換がしたいのだろうと受け入れた。


 夕食を挟み、慌ただしく旅行の準備が始まる。


「トニア。華美なものは避け、セレナが一人でも着替えができるドレスを用意するように」


 この指示を聞いて、本当に二人きりで旅行するのだと思った。

 何をするにも、フェリクス様は私に侍女やメイドを付けたがる。

 だから、『二人で』という言い方をしたけど、トニアも一緒だと思っていたら違うらしい。


(先日『まだ夫婦二人の時間を過ごしたい』と話したばかりだから、それで?)


 甘い旅行になりそうだと考えていると、トニアやメイドたちが数着のドレスを持ってきてくれた。

 私が一人でも着替えができるドレスといえば、ボタンが前に付いているドレス。


 結婚前、私はいつも前ボタンのドレスばかり着ていた。

 とはいえ、実家の私の部屋はもう片付けてしまったので、ない。


 フェリクス様が発注してくださるドレスは高位貴族の夫人らしく、一人では着られないドレスばかり。

 先日のお母様の件で私物入れに仕舞ってあった結婚前のドレスも処分してしまったし、この屋敷に前ボタンのドレスなんてないと思っていたのに。

 あの溢れそうな衣装部屋の中に、実は前ボタンのドレスもあったらしい。


「前ボタンのドレスなんてあったのですね」

「あぁ、トニアが怪我してセレナの身支度を手伝えなかったときがあったから。それで、念のために作らせたんだ」


 以前、怪我をしたトニア。私の癒しの力で治したものの、大事をとって数日休んだことがある。

 その間、フェリクス様の指示でメイドのカルラが身支度を手伝ってくれていたから、私は何一つ不自由がなかった。

 それなのに、フェリクス様はどこまで用意周到なのか。


「三着しかなかったか?」

「今の季節に合うものはこちらのみでした」

「そうか。今からではさすがに間に合わないな。かといってレディメイドではセレナが着るに相応しくない」


 相応しくないなんて、相変わらず私を過大評価しているフェリクス様。

 トニアも同意するように頷いている。

 だけど、私が独身のときに着ていたデイドレスはレディメイドだった。

 オーダーのドレスをデイドレスにできるほどの余裕はないから、レディメイドを買ってきたら刺繍などでアレンジして着ていた。

 独身時代は満足して着ていたドレスを『相応しくない』と断言されると、なんだかいたたまれない気持ちになる。


「セレナの可憐さをより引き出すためにはテーラーメイドしかないが……。とりあえず、旅から戻ったら新調しよう。先月と今月分のドレスがまだオーダーできていないし、次にまとめて何着か」


 フェリクス様は毎月、必ず私のドレスをオーダーしている。

 それはフェリクス様の中で決め事らしく、毎月新しいドレスが届く。

 気持ちは有難いしプレゼントしてもらえると素直に嬉しい。

 だけど最近、メイドたちが衣装部屋を増やしたほうがいいと話しているのを聞いてしまった。

 もうそろそろ着切れなくなるので、オーダーするのは夜会用など必要なときだけでいいと、いつ言おうか迷っていた。

 今がまさにそのときなのでは。


「あの、フェリクス様。ドレスはもう――」

「仕方ない。今回足りない分は俺が着替えを手伝うね」


 キリッとした顔で言われた。

 しかも、何かに気づいたような表情をしてから「いや。そもそも、毎日俺が手伝えばいい話だな。そうするか……」と真剣な表情でブツブツ呟いている。


(こ、これは……!)


 ドレスの購入頻度について言及している場合ではない。

 なんとか阻止しないと。


「トニア。やはりセレナのドレスは――」

「フェリクス様!」

「ん?あ、ごめん。セレナ、さっきも何か言おうとしていたよね?」

「旅行中なら何日間か同じドレスで構いませんから」

「うんまぁ、旅の間は仕方ないにしても、ずっと同じドレスは嫌でしょ」

「いえ。あ、旅行は何日間の予定なんですか?」

「具体的に決めていないが、上手くいって三週間程度になると思う」

「上手くいって……?」

「その、順調にいけばってこと」

「あ、そうですよね。予定が狂う可能性はありますよね」


 二人きりでの旅行と言っているから、一週間程度の日程と予想して、三着あれば十分と言おうと思ったのに。

 三週間で三着は厳しいかもしれない。

(洗濯屋があれば三着でも足りそうだけど)


「日程が短くなる可能性もありますよね?」

「以上はあっても以下はないかな、多分」


 なんだか無計画のようだけど、大丈夫なのだろうか?

 新婚旅行のときはしっかりと計画を立てていたのに。

 でも、フェリクス様のことだからいい加減なわけではなく、適宜柔軟に……ということなのだろう。

 リフレッシュが目的ならば、きっちり予定を組むより、緩い計画のほうが休まるかもしれない。

 結局、着替えについてはっきり断れないまま、私たちは翌朝、使用人たちに見送られて別邸を出発した。


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