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「長男は失敗作だ」

「長男を次期当主にしては一族の名折れだ」

「長男は廃嫡にして次男を次期当主にした方が良い」



 どうして、魔力が少ないってだけでこんな事を言われなければいけないんだろう。

 魔術師を多く輩出している名門ハーディング侯爵家の長男なのに、俺はどうして魔力が少ないんだろう。

 1つ下の弟の方が魔力が多いのはなんでなんだろう。

 親戚の子供たちも、俺をバカにしてくる。

 そんなに俺は駄目な存在なのか。


 物心ついた頃から繰り返されたそれは、子供の心を蝕むのは簡単だった。


 どうして?

 どうしたらいいの?

 皆弟の方が良いなら、俺が生まれた意味はないの?

 生きてちゃ駄目なのかな?


 毎日毎日、飽きもせずそんなことを考えていた。

 親戚が来る日は、挨拶だけしたらできるだけ部屋に籠って出ないようにもした。

 挨拶もしたくなかったけど、そうすると父上も母上も悲しそうに笑うから、平気なふりをして挨拶しなければいけない。



 寄宿学校に入って、イヴァンと友達になってそんな柵から少しは解放されたと思った。イヴァンは、俺の魔力のことなんて気にしていないようだった。



 でもある日、その日は定例の総会があるからと一時的に呼び戻された。

 親戚が家に集まって父や母と一族で会議をするのだ。乳飲み子や病気の者などを除いて集まるのが伝統だから呼ばれたが、各家の代表以外は実際の話し合いには参加しないのだから、そんな意味のない集まりなど廃止すれば良いのに。


 けれど、寄宿学校で自由に過ごしていた俺は、勘違いしていたのだ。今までなら部屋に篭っていたのに、何となく部屋から出てしまった。


 俺についての話し合いが行われていた声が耳に届く。

 大人達の聞きたくない声や子供たちの嘲りに耐えかねて家を飛び出した。

 寄宿学校に入ってイヴァンと過ごす事で少しだけ柔らかくなった心には突き刺さる言葉だった。

 油断していた。

 同室のイヴァンはいいやつだったから、少しだけ俺にも存在価値があるのではと思ってしまっていた。



 当てもなく走った。

 疲れて上がらなくなった足が、僅かな段差に引っかかって転んでしまう。


「痛い……うっ、うぅぅ……っ」


 手のひらや膝の擦りむいた傷が、まるで俺の心の傷のように見えた。

 もうすぐ11歳になるのに、小さな子供みたいに涙が出た。


 その後、とぼとぼと歩いていると公園に出た。

 公園の芝生に座って、膝を抱えて小さくなってうずくまる。


 このまま一人ぼっちで消えてなくなりたい。

 そんなことを考えていると、頭の上から鈴を転がしたような声がした。


「どうしたの?」


 顔をあげると、そこにはミルクティー色の髪を2つに結んだ少女がいた。


「泣いてたの?どこか痛いの?大丈夫?」


 そう言って、上半身を左右に振って俺の体を隅々見ようとする。


 放っておいて欲しい。

 でも、助けて欲しい。


「あ!怪我してるじゃない。私が治してあげるね!」


 そう言って、少女は俺の手のひらと膝に手を翳して、転んでできた擦り傷を治してくれた。

 その間、とても心地の良い魔力に覆われた。

 今まで荒みきっていた心まで癒してくれそうな心地良さだった。


(俺の心も治してくれたらいいのに……)


 そう思うと、また涙が出てきた。


 すると、少女が俺の頭を撫でて「まだ痛い?どこが痛いの?」と聞いてきたから、思わず話してしまった。


 強くてかっこいい父を尊敬していて、跡継ぎの自分は父のようになりたいし、ならなければいけない。

 けれど、自分には力が無くて、努力しているけど弟にも勝てない自分に自分自身が一番失望している。

 親戚からも力のない俺では駄目だと言われる。弟を跡継ぎにした方が良いと。

 両親は俺を責めることがなく優しいけれど、その優しさもまた辛い。

 そんなことをつらつらと吐露する。


 初めて会ったばかりの他人の子供の話なんてつまらないだろうに、その少女は時折相槌を打ちながら静かに話を聞いてくれた。

 そして、一通り話し終えたと見るや、あっさりと俺には無い考えを話した。


「じゃあ、魔術師じゃなくて騎士とか文官とかになれば良いんじゃない?できない事を努力するのは偉いけど、自分にできることを見つけてやった方が、楽しいよ!」


 子供の俺には、目からうろこだった。

 うちは魔術師の名門一家。

 俺はその名門の本家の長男なんだから、魔術師になること以外の選択肢なんて考えた事がなかった。それしかないと思い込んでいた。

 魔術師以外の道もある……。

 それも、その方が楽しいだなんて。


「私ね。癒しの力があるけど、さっきのあなたみたいに小さな傷しか治せないの。大きな怪我や病気も治したいけど、魔力が少ないから治癒師にはなれないんだって。だけど、小さな怪我でも私が治したら皆喜んでくれるんだ。それが嬉しいの!」


 そう言ってニコニコと笑っていた。

 俺には眩しく見える笑顔で。

 今考えると少女の話に根拠なんてない。

 できない事をするよりできる事をした方が楽しいと言いたいのだろうが、俺の悩みとは微妙にずれてる。

 でも、俺にはない価値観だった。


 できることをした方が楽しい?

 俺にも魔術師以外の道があるのだろうか。

 選んでも良いのだろうか。


 魔術以外なら……――――勉強は好きだ。

 勉強なら家庭教師にも褒められたし、寄宿学校の入学試験も1番だった。


 そんなことを考えていると、「セレナ!」と呼ばれて、公園の前に止まった馬車の前に立つ母親らしき女性の元に少女は駆けて行った。

 走り去る少女を目で追っていると、「フェリクス様」と控えめに声がかけられた。


 ハーディング侯爵家の影。

 どうやらずっと後を付けられていたらしい。


「さっきの少女、どこの家の子だろう」

「お調べいたします」


 それから、定期的に少女の動向を調べさせて報告させるのが、習慣になった。

 月に一度、セレナの事を知るのが楽しみだった。


 セレナが国立学校に入学したときは、男子生徒とも仲良く話したりするのだろうかと考えて勝手に嫉妬もした。友達の女生徒は変な家の娘ではないか調べさせたりもした。

 ずっと報告書を通してセレナを見守って来た。


 その後、寄宿学校を首席で卒業したら魔術学校には行かず、宰相補佐に空きがあったのでそこに収まった。

 両親にだけは文官を目指そうと思うと事前に相談したが、全く反対されなかった。

 廃嫡をも覚悟して話をしたと言うのに「今時魔力にだけ拘る必要はない。魔術の名門に文官の当主が誕生するのは新しくて良いじゃないか」と笑って言われて、拍子抜けした。


 俺が魔術学校に行かずに文官になった事で、一時的に以前より俺の廃嫡を求める声が高まったらしい。

 しかし、次期宰相候補と周囲が囁き始めたころ、親戚の俺を見る目が変化し始めたのを感じた。

 結局、魔力が少なくたって、国の中枢に食い込める力があれば良いという事か。

 現金なやつらだ。



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