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01

「フェリクス様!わたくし、お慕いしております!」

「……もううんざりなんだ」

「え?」

「容姿や地位、家以外に私のどこを慕うという?」

「あ、あの……それは、その素敵なところが」

「はっ。それも容姿や地位に由来する物だろう?笑わせないでくれ」



 父の事業が失敗して、私の家は多額の借金を抱えてしまった。

 元々、領地も持たない金銭的に余裕のない子爵家が極貧になるのは一瞬で、家計を支えるためにも王宮に針子として出仕したのが3カ月程前。

 つい1週間ほど前に使用人も出入りして良い庭の端に穴場を見つけて、私は一人でお昼休憩中だった。


 この1週間は誰もこの場所に来なくて、ゆっくりできる良い場所を見つけたと思ったのに、壮絶な現場を目撃してしまった。


 ご飯を食べ終わって本を読んでいると、近くでガサッと音がしたので伸びあがって生垣の向こうを見ると高そうなドレスを着た令嬢がいた。

 早くどこかに行ってくれないかな?と思っていると、文官の制服を着た男性がやって来た。


(もしかして逢引き?それならこの場所にいたら見聞きしたくないものをくらいそう)


 そう思って、そーっと場所を移動しようと中腰で動き出そうとしたところで、この告白といっそ清々しいほどにこっ酷く振る言葉が聞こえてきた。


 思わず相手の男の顔が気になって振り返ってみると、令嬢が泣きながら走り去るところだった。


(あ~あ。そりゃあ泣くよね。冷たいにも程があるもんね)


 走り去る令嬢を目で追っていると、急に相手の男性がこちらを見た。


(やば!)


 相手の男性は人がいるとは思わなかったのだろう。

 目いっぱい目を見開いてこちらを見ていた。


 不可抗力とはいえ勝手に見聞きしてしまったし、謝った方が良いのだろうか?でも、この場所は王城に出仕する人なら誰でも使っていい場所のはず。後から来たのはそちらだし、私は悪くない。


 そんなことを考えていると、男性が「…………何故ここに?」とつぶやいた後、すぐに踵を返して去っていった。


 何故ここに?というのは、私に言ったの?

 その割にすぐにいなくなったから独り言なのか。


 ◇


「セレナ!聞いて、さっきフェリクス様を見ちゃった!」

「そうなんだ。良かったね」

「今日も素敵だったわ~!私たちには手の届かない相手だけど、眼福眼福」


 針子の部屋に戻ると、私と似たような理由で王宮に出仕している男爵令嬢のパメラが頬を染めて走り寄って来た。

 パメラが憧れているフェリクス・ハーディングを見ることができたと報告してきたのだ。それに対して私の笑顔は少し引きつっていたかもしれない。


「奇遇にも、私もさっき見たよ」――とは言えない。絶対。

 だって、あの告白をバッサリと切っていた男性がフェリクス・ハーディングだから。


 冷たく見えるほど美麗な容姿に、若いのに次期宰相候補と目されている優秀な宰相補佐。おまけに家は魔術師を沢山輩出している名門、ハーディング侯爵家。その嫡男ときたら、独身貴族令嬢から熱い視線が集まるのは仕方がないだろう。


 客観的に見て綺麗な顔をしているなとは思うけれど、色々と格が違いすぎて憧れるのも恐れ多く感じてしまう。住む世界も違うし、私が関わることはない人だ。


 それでも多くの女性から注目されているのに、何故か近寄る令嬢と距離を置いているとか、女性に冷たいとか、降るような縁談はすべて断っているという噂がある。

 でも、あの振り方を見ると噂にも真実味を感じた。


(にしても、酷かったな。冷たそうなのは見た目だけではなかった。あのご令嬢、顔は見なかったけど、立ち直るのに時間が掛かりそう。ご愁傷様です)


 パメラと話しながら昼休みに見た光景を思い出していると、針子部屋の扉が勢いよく開けられて、元気そうな騎士が現われた。


「こんにちはー!」

「こんにちは。どうされましたか?」

「あ、セレナさん!ここのボタンが取れちゃって、直してもらえます?」

「これならすぐに直せますよ」


 にっこり愛想良く答えると、相手の騎士もにこっと笑う。


「じゃあ、待ってても良い?」

「えぇ。そちらにお掛けになってお待ちください」


 針子として働く前は、王族の衣装を手掛けるのかと思っていたけれど、文官や武官、使用人の制服作成が主な仕事だった。それに、王族の衣装は私のような新人には任されるわけもなく。ほとんどはこうした王城で働く人の制服のお直しが私の主な仕事だった。

 特に騎士はその仕事柄、ほつれたりボタンが取れることが多いみたいで、必ずと言って良いほど毎日数人の騎士がお直しを依頼しに来る。


 そして、簡単に修理できるものだと、出来上がりを待たれることも多い。

(騎士って意外と暇なのかな?サボり?)



 ◇


 翌日、フェリクス・ハーディングのこっ酷い振り様を目撃したお昼休憩の穴場に、恐る恐る行ってみたが誰もいなかった。見てしまったのは不可抗力とはいえ、私の顔も見られてしまったし、口止めに脅される可能性も考えたが、杞憂だったようだ。

 ホッとしてご飯を食べていると、ガサっと音がしたので肩が跳ねる。


「あ、人がいるって気付かなかった。驚かせてごめんね」

「いえ」


 振り向いてみると、魔術師の制服を着た男性がそこにいた。茶髪に茶色い瞳のありふれた外見だけど、人の良さそうな30代後半くらいの男性だった。


「穴場を見つけたと思ったんだけど、もしかして邪魔した?」

「いえ」

「そう?じゃあ失礼して」


 そう言って、数メートル離れた木の根元に腰を下ろし、手に持っていた紙袋からサンドイッチを取り出して食べ始める。


(ここを定位置にするつもりかな?一人で気楽だったんだけどなぁ)


 少し邪魔だと思ったけど、この場所は誰が使っても良い場所だから違う場所に移動して欲しいとは言えない。


 その男性はそれ以降、こちらに話しかけることもなかった。

 あっという間にご飯を食べ終わると、幹に寄りかかって寝始める。

 それからそろそろお昼休憩も終わるころ、「ふわぁ」と欠伸してるような声が聞こえたと思ったら、その男性は立ち上がって去って行った。


(思ったより静かだったな。邪魔だと思ってごめんなさい)


 それからその男性は昼時になると時々現れるようになった。「こんにちは」とだけ挨拶を交わして、それぞれの定位置で思い思いの時間を過ごす不思議な関係。

 お互いに名前も知らないし、挨拶を交わすだけの関係。


 ◇


「ありがとうございました」

「はいよ。気を付けてお帰り」


 乗合馬車を降りて歩いて家に帰っている間、吹く風の冷たさに一瞬身震いする。風の冷たさを実感して、今後のお昼休憩はどこで過ごすかを考える。


 貧乏子爵家ではほとんど王城に縁がなかったし、華々しい場所だと思っていたけど、実際に働いてみると裏はドロドロしていた。出仕している貴族令嬢はマウントの取り合いで、平民や自分より爵位の低い使用人を下に見て蔑んでくる。全ての人がそうではないけど、一部どぎつい人たちがいるので、そういう人との接触を減らすために一人になれる場所が落ち着けた。


 パメラもお昼は一人で過ごしたいタイプらしく、そういうところも気が合った。


(でも冬になったらどこで過ごすか考えないとなぁ。流石に屋外は厳しいし)



 そんなことを考えながら家に近づくと、豪華な馬車がうちの門から出て行くところが見えた。


(豪華な馬車。高位貴族の馬車かな?うちから出てきたよね……。まさか!またお父様が何かやらかした!?)


 急いで家に帰るとすぐに、数少ない使用人のひとりである執事に「旦那様が呼んでおります」と言われた。嫌な予感がして着替えもせずに父の書斎に行くと、そこには兄もいた。父と兄が並んで座っている向かいに私が座って話を聞く。


「実は、セレナに縁談が来たんだ」

「……縁談ですか?」


 正直、拍子抜けした。少し前に父から事業に失敗して背負った借金の額を聞いたときよりは、衝撃が少ない。一応貴族令嬢の端くれとして、親の決めた相手に嫁ぐことも覚悟して生きて来たのだから。でも、嫁ぎ先は我が家と同格程度の家だと思っていたけど、先ほどの馬車の豪華さを見る限り、明らかに格上。何がどうなっているのだろうか。


「借金を肩代わりしてくれる代わりに、セレナを迎えたいと……」


(なるほど。そう言う事か。何はともあれまた借金を重ねたのではないのならとりあえず良かった)


「その、借金は全て肩代わりしてくださるのですか?」

「そういう話だった」

「……分かりました。お受けします」

「セレナ!そんな簡単に答えを出して良いのか!?」


 一拍置いただけで諾と答えた私に、それまで黙っていた兄が立ち上がって大きな声を出した。

 それを聞いて、思わず視線を下げてしまう。


(そうは言っても、このままでは利息を返すのがやっと。跡を継ぐお兄様のためにも借金をなくさなければこの家には嫁も来ないわ。私ももういい年だし、このままいけば借金を抱えた子爵令嬢なんて売れ残るのが目に見えてる。借金の形だとしても話が来るだけありがたいことだと思うしかないじゃない)


「お相手はどなたですか?先程の馬車を見る限り格上ですよね。お父様がこうして私に話をしてくるという事は、断ることなんてできないのではないですか?」

「それは……」

「―――お相手はハーディング侯爵だ」


(ハーディング侯爵……。30歳近く年上ね。確か数年前に夫人を亡くされてるはず。最近魔術師団長を引退したから、後妻にということか。後妻なら家格が低くても問題ないし、格下の嫁ぎ遅れになり始めた娘だから老後の慰みに丁度良いってことかしら?)


「私も良い歳です。借金もなくなって、子爵家の娘が侯爵家に嫁げるなんて、これ以上ない良い話ではないですか」

「しかし、歳が離れすぎている」

「断れない縁談に、言っても詮無いことです」

「そうだが」

「すまない……」


 父も兄も沈痛な顔で視線を下げている。

 娘が格上の相手に嫁ぐことが決まったのだから、少しは喜んでくれれば。それなら私ももう少し幸せな気持ちで結婚できそうなのに。

 これで借金の心配もなくなり、娘も格上の相手に嫁げるというのに、書斎はどんより重い空気が漂っていた。


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