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公認心理師前史物語  作者: 坂根貴行
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1話

公認心理師の資格ができる前の、心理士たちの葛藤

 あなたたちはいいわね。

 それが渡條成美の口癖だった。若い公認心理師が入職し、精神病院の花形として生き生きと働く姿を見るたびに、そう言わないではいられない。

「わたしが若いときはね、心理師は国家資格じゃなかったのよ。ただの民間の資格。ずいぶんと肩身の狭い思いをしたんだから」

 臨床心理課の広々とした部屋で、白衣姿の成美が言った。

 事例研究会が終わった後の休憩時間だった。


 カーテン越しに真夏の燃える日差しが見えた。

 日本の北の位置する札幌でも暑いときは本当に暑くなる。

「民間資格というだけでですか? でもやっている仕事は昔も今も同じですよね」

 大学院を卒業したばかりの、知的そうな女の子が言った。


「患者さんのためになることをしていれば資格なんて関係ないって? 甘いこと言うわねえ。診療報酬が取れないのよ。一応ロールシャッハは四五〇点取れたけど、それも実施と解釈に時間がかかるから量をこなせないし。もっとも最初の数年はろくに解釈もできなかったけどね。あれ、難しくて」


 成美が大学を卒業したのは一九九五年のことだが、大学生のときロールシャッハは心理検査演習で一度経験する程度だった。実施が簡便なエゴグラムはなぜか扱われておらず、日本で生まれた内観療法、森田療法の理論も講義で一切教えられず、未熟のままで病院に入った。


「自分の不勉強もあるけど、大学の教育課程にも問題あるわねえ」

 まーた始まったわ、成美先生の愚痴。

 若手心理師たちがボソボソとぼやいている。

「わたしたちは大学院で経験を積みました」

「そりゃそうでしょ。公認心理師養成のカリキュラムがあるんだから。密度の濃い教育やってないと逆におかしいわ」


 公認心理師が国家資格になったのは二〇一七年だ。心理士の間では画期的な一年だった。あれから十年以上が経ち、公認心理師は名称独占のみならず、一部の業務も独占できるようになった。実に感慨深いものがある。

「わたしたちはね、言葉だけが頼りだったの。注射も薬もできない、国家資格もない、そんな不安定と無力のなかで、言葉の力を最大限に信じて患者さんと向き合うことが当時の基本姿勢だったのよ。患者さんがどんな言葉を使うか、どんな沈黙をするか、どんな雰囲気を出すかもしっかり見る。それはドクターや看護士たちに負けちゃだめなのよ」


 いつしか若手たちは真剣に聞いている。成美はみんなの初々しい顔を見て、うれしくなる。

「とは言っても、わたしも最初はそんなこと思ってなかった。わたしがこの病院に入って三年後に男の心理士が入ってきた。古城語楼さんという人なんだけど、彼から学んだのよ。言葉の力というものを」

「どんな人だったんですか」

「聞きたい?」


 五十代の成美は少女のように笑い、はるか昔の、一九九八年当時のことを語りだした。休憩時間は過ぎてしまいそうだが、かまうものか。おばさんは図々しいものだ。それにこの話は若い人たちにもきっと有益になるはずだ。

 以下は渡條成美の回想である。



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