死んだと思ったら過去へと遡った
はろー、よいこの諸君、ガイナス・グランベルだよ。
確実に死んだわこれ、と思った所からの奇跡の生還だと諸手を挙げて喜んだのも束の間。
その目に映る手はどう見ても小さく、その天井は記憶より遠かった。
間違いなく慣れ親しんだ王都にある別邸の天井なのは間違いないが、
「はー、どう考えてもおかしい」
こういう時は鏡だ、大体の事は鏡を見てみれば解決する。
そう、鏡を見ればそこにはナイスガイが……おらず眠そうな目をした金髪碧眼のチビがいた。
俺である、いや厳密に言えば王立魔法学院入学前の、俺である。
思えばこの時期が一番順風満帆だった。
両親は不仲になってないし、領地に魔物も増える前だし、次期剣聖も夢じゃないと煽てられて調子こいたせいで師匠に見限られる前だし……婚約破棄もされてないし、ていうか婚約前か。
王子たちとも知り合う前だし、聖女様とやらが現れるのも確か高等部行ってからだし。
改めて考えると俺の人生マジでクソだな。
死にたい……いや、死んだし。
「おーけー、落ち着け俺、深呼吸だ。りらーっくす」
突如、後ろから扉をノックする音が聞こえた。
窓の外からはさんさんと降り注ぐ朝陽がまぶしい状況。
詰まる所、ノックしてるのはうちのメイドだ。
「ガイナス様、お目覚めですか。お目覚めでしたらお返事ください」
「ちょっと聞け、メイドよ。俺死んだと思ったら若返った」
「まだ寝ているのですね、起きろ」
ひどくない?
仮にも主だよ、俺。
そして遠慮無しに開かれた扉から黒髪のメイド、そう俺の専属メイドのオニキスが入ってくる。
こいつは俺の母親が貧民街で倒れているのを拾ってきて、俺にプレゼントしてきたというイカレた経歴の持ち主だ。
なお、主にイカレてるのは俺の母だ、普通の貴族は貧民街の餓鬼とか攫ってこない。
現在は俺に対してまるで容赦も遠慮もない代わりに何につけ頼りになる相棒だ。
「おいおい、急に開けるなよ。俺だって難しいお年頃なんだぜ」
「今更、例え裸だろうが、枕相手に盛ってようが見た所で何とも思いませんし」
顔は可愛いんだからそういう事言うのやめい。
女の子に対する幻想が崩壊するだろうが。
「まあ、俺も見られたところで別に何とも思わんけどさ」
ていうか俺の恥ずかしい場面目撃率最多だしな、こいつ。
いまさら何を恥ずかしがれって言うんだ。
そして当然のことながら逆もまた然り、こいつの恥ずかしい場面目撃最多は俺だ。
俺たちは何時だってお互いの恥を見て見ぬふりをして、そして隠ぺいに協力してきた。
「で、今日はとうとう頭がおかしくなってしまったのですか。勘弁してくださいよ、一応私の人生設計的にはこのまましばらくは貴方にお仕えして、適当な所で弱みに付け込んで愛人ポジションに移行して、働かないで宝石とか金とか銀とかで出来たお高いアクセサリーを買いあさったりする予定なんですから。気が狂って廃嫡なんて困りますよ」
「その人生設計は今すぐドブに捨てろ」
とんでもない女だ。
今すぐ首にしてやろうか。
「冗談です、いっつぁ・メイド・じょーく」
「ないすじょーく」
「「いぇーあ」」
両手の親指を立ててそのまま拳を突き合わせる。
いつも通りの日常的なやり取りだ。
いや、馬鹿やってる場合じゃないんだよ。
「いやな、すまんがマジなんだよ」
「マジかよ、ガイナス様。マジなのかよ」
「ああ、残念ながら大マジだ」
「かーらーのー?」
「マジ」
「マジかー……で、死因は?」
先ほどまでのふざけ切った雰囲気は消え去り、真剣な顔で俺に問う。
俺とこいつの間には嘘も秘密もほとんど無い。
それをお互いが理解しているからこそ、こんな突拍子もない話であってもこいつは何の担保も無しに信じてくれる。
マジでなんで俺の婚約者こいつじゃないの?
貴族じゃないからですよね、知ってるー。
でもどこぞの誰かと駆け落ちして消えたヘンリエッタ子爵令嬢とか論外じゃん。
「うん、王子二人とそのお仲間にリンチされて死んだ。原因は聖女様虐めた犯人だかららしい。ちなみに俺は聖女様が誰かすら知らねぇ」
「お、クーデター準備かな? わくわくしてくる」
「落ち着こう、びーくーる、びーくーる」
流石に未来で王子二人にぶっ殺されたのでクーデターします、じゃあ誰も付いてこない。
まあここはひとつポジティブに考えようじゃないか。
「まあ、ぶっちゃけ俺の死因自体はそこまででかい問題じゃない」
「いや、大問題だよ。私の主が死んでるんですけど?」
「それ言ったら俺なんて俺が死んでんだよ。その前にもイベント盛りだくさん過ぎてそれどころじゃねぇんだよ」
そう、俺が死ぬのはマジ勘弁案件だが、まあしょうがないねで済む案件だ。
問題はそれより前の盛りだくさんクソイベントどもだ。
「えー、今俺らいくつだ、そして今の季節は?」
「私たちの年齢は12歳で、明日が入学式ですね」
えーと、入学式……おう、最低のイベントからスタートだよ。
「王子どもとの、ふぁーすと・こんたくとじゃん」