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女神様、降臨

「パーク、急げ!」


「は、はっ!」


私の言葉に、パークの手綱に力が入る。


荷を引く二頭の馬が呼応する鳴き声を上げた。


すまないと思いつつも、同時に急いでくれと願ってしまう。


開けっ放しの窓から馬車の荒れ狂う車輪の音に混じって、こちらに迫る無数の蹄の音が聞こえてくる。


近い。


だが顔を出すのは危険だ。


恐らく今迫っているのは本体だが、既に斥候は放たれているはず、木々に潜む斥候の毒矢に射抜かれる訳にはいかない。


パークは事前に遠投攻撃を遮断するスペルエンチャントで身を護っているが、それも何時まで持つか分からない。


「ミネルバ様……」


突然のカーラの声にハッとし、私は振り返った。


「何だカーラ?」


何時もなら、幼い顔に似合わず私よりもポーカーフェイスのカーラだが、明らかにその表情からは余裕の無さが見て取れる。


「馬車をお止め下さいませ」


「馬車を?正気か!?」


「はい、私とパークで敵を食い止めます。その間にミネルバ様は荷馬車の馬を切り離し、一頭は陽動にし、もう一頭でお逃げ下さいませ!」


「なるほど、それは名案です!早速用意を、」


カーラの提案にパークが即答し返す、だが私は


「ならぬ!」


パークの言葉を遮るようにして言い放った。


「ミ、ミネルバ様!?」


カーラが講義の声を上げるが、私はそれに首を振って再度否定した。


「ここまで皆と来たのだ、最後まで、一蓮托生でいさせてくれ……」


「全く、私達の主は変なところで頑固ですからね、そう言うだろうなとは思っていました」


カーラはため息をつきながら苦笑いを浮べてみせた。


釣られてパークも


「フフ……」


と、苦笑いを返す。


「すまんな二人とも……せっかくハルモルニア連合国領まで来れたというのに」


「ハルモルニア連合国領、ねえ……」


「どうしたカーラ、不満そうな顔だな」


カーラはあからさまに不満そうな顔で口を尖らせている。

こうするとやはり幼い顔も相まって愛らしく見える。

まあ、まだ歳も14なのだから、今の顔が当然だろう。


「当たり前ですよ、元はハルモルニア国王が治める首都、ハルモルニア王国だったのですから。それを連合諸国の王達が……」


「良さぬかカーラ、先代ハルモルニア国王が望んでそうしたのだ。致し方あるまい」


そう、ここは今現在、ハルモルニア連合国領になる。


しかし、元はハルモルニア王国の首都だった。


遡ること十年前、アーデルハイド皇帝が治めるロンバルディア帝国は、世界に宣戦布告をした。


その最初の侵攻先として選ばれたのが、この大陸一の都と謳われたハルモニア王国だった。


豊富な資源と物流、豊かな土地に多くの民。


世界中の交易を担い栄えてきたこの国を、帝国は我が物にしようとしたのだ。


帝国との戦いは主に国境付近で行われた。


ハルモルニア国王は国境付近に一城を構え、何度とも攻めてくる帝国と戦い続けた。


しかし無尽蔵に湧き出る帝国の圧倒的戦力に為す術なく、ハルモルニア王国は劣勢に立たされた。


やがて、ハルモルニア国王は、周辺諸国との同盟を呼び掛けた。


連合国の首都をハルモルニア王国とし、ここにハルモルニア連合国が誕生した。


だが、それは同時に、ハルモルニア王国衰退時代の幕開けとなる。


国境付近で戦い続けるハルモルニア国王。


しかし、肝心な同盟諸国は戦いにはほとんど参加せず、首都防衛と、己が私腹を肥やす事ばかりに力を注いだのだ。


軍資金や物資の提供はあったものの、それだけでは帝国との均衡を崩す事はできなかった。


かと言って、国境付近に住む民草を見捨てる訳にもいかず、ハルモルニア国王は帝国との戦いをやめようとしなかった。


自らの力で、ハルモルニアの民を守るために。


だか、そんなある日、首都ハルモニア連合国が、魔物に襲われるという事態に陥った。


国境付近で帝国に足止めされていたハルモルニア国王は、魔物襲来の知らせを受けたが、王都に引き返す事ができなかった。


そんな時、連合国首都で盟主ハルモルニア国王の代理を務めていた、グレンザイト国王は、見事この魔物の襲来を退け、同盟各国の間から英雄として称えられる事となった。


やがて国境での帝国との戦いが落ち着き始めた頃、既にハルモルニア王国の力は疲弊しきっており、かつてのその威光に暗い影を落としていた。


多くの家臣を失い、物資や資金は底を尽きた。


しかも、首都ハルモルニア連合国では、盟主代理を務めていたグレンザイト国王が、他の諸外国の国王達を手懐け、圧倒的な発言力と実権を握っていた。


そして同盟国代表同士の連合調停会議により、ついにハルモルニア連合国盟主の座を、ハルモルニア国王から名実共に奪い去ったのだった。


帝国との戦いに明け暮れ、連合国を危機にさらし、あまつさえ魔物討伐にも参加しなかった臆病者として、ハルモルニア国王は、連合国中から批難を浴びる事となった……。


今では同盟国の一つとして末席に加えてもらってはいるが、国としての行く末は、もはや風前の灯火と言ってもいい……。


「来ました!ミネルバ様!!」


先頭にいるパークの声に、私はハッとして我に返った。


その時、


「どうどう!」


パークは馬達に停止の合図を掛けた。


「どうしたのパーク!?」


思わずカーラが荷馬車から身を乗り出す。


馬達は完全に立ち止まってしまった。


「よっと」


するとパークはカーラの言葉に意も返さず、突然馬を降りた。


そして我々が乗っている荷馬車に振り返り、腰に携えたロングソードをゆっくりと抜き放つ。


「悪いな、カーラ……」


パークはそれだけを言うと、突如荷馬車の扉目掛けて、剣を振るった。


──ズガッ!


扉が切り開かれ、思わず私とカーラはその場から退いた。


「ミネルバ様!」


そう言ってカーラは私の腕を掴み、反対の扉から外に連れ出してくれた。


だが、


「止まれ!」


男の険しい声が、後方から轟いた。


声に振り向くと、そこにはプレートアーマーを纏った騎馬隊の集団、そしてその先頭にはクロスボウを構えた遊撃兵がズラリと並び、こちらに狙いを定め構えていた。


騎馬隊も遊撃兵達も、その身につけた鎧に、皆一様に同じ紋章を刻んでいた。


炎の円陣の中に、吼える獅子の紋様。


間違いない、ロンバルディア帝国。


「パーク!裏切ったわね……!!」


カーラの怒気を含んだ声が響いた。


荷馬車の中を潜る様にして、パークがこちらに歩んで来る。


「ふん……お前も馬鹿な奴だカーラ、ハルモルニアアカデミーを僅か10歳で首席入学し、卒業後にはその若さで連合国の宰相として迎えられたというのに、ハルモルニア王国という、かつての栄光にしがみつくしか脳のない国に、まさか忠誠を誓うとはな……」


ニヤリと、パークが下衆な笑みを零す。


「貴方はどうなのよパーク?そのハルモルニア王国の馬主長として、ハルモルニア陛下の特別警護も任されていた貴方が……よもや陛下を裏切り、あまつさえ帝国の股の下を潜るとはね」


ありったけの侮蔑を含めてカーラは言った。


パークはカーラを睨みつけるが、負けじとカーラも睨み返す。


「へっ裏切るも何も、その陛下はもうこの世にはいないだろうが!」


「まだ喪が開けて間もないのによくもそんな事が!」


言い返すカーラがパークに詰め寄ったその時、


──ヒュン!


カーラの足元の地面に、鋭い矢が突き刺さった。


「止まれと言ったはずだ!」


振り向くと、騎馬隊の先頭にいる騎士が、此方を睨みつけている。


「カーラ……」


「ミネルバ様……!」


私がカーラの手を握ると、カーラは悲しげな目をこちらに向けて、私の手を握り返してきた。


「質問に答えろ!そこの赤毛の女、お前はハルモルニア王国宰相、カーラ·ジル·フォンスで間違いないな?」


「ふん!」


騎士の問に、カーラはツンと顔を背けてみせた。


意に返さず、騎士は私の方に向き直り口を開く。


「そして貴公は、ハルモルニア王国国王、ハルモルニア王の娘、ミネルバ·セイナ·ハルモニア姫で間違いないないか!?」


「いかにも!」


「ミ、ミネルバ様!?」


即答する私にカーラが目を見開く。


「もう良いのだカーラ……。我が名はミネルバ·セイナ·ハルモルニア!今は亡き、ハルモルニア国王の娘だ!」


「ふん、やはりハルモルニア国王が亡くなったという話は本当だったのだな」


「だとしたらなんだと言うのだ?」


騎士の言葉に、私は問い返した。


「ハルモルニア王国が、連合国での王位継承式典を要請した事は、我々の耳にも届いている。しかし事が性急なためおかしいとは思っていた。だがな、悪いが姫を連合国王都に行かせる訳にはいかないのだよ」


「ほう……誰かに頼まれでもしたか?例えば……現盟主、グレンザイト国王……とかな」


「姫……その軽口が命取りになるとは思わないか?」


兜の下で、騎士が下卑た笑みを浮かべる。


王位継承式典を連合国に要請した時から、こうなる事は予想していた。


我々ハルモルニア王国がなぜ衰退の一路を歩む事になったか、それを私とカーラは、幼き頃から調べてきたのだ。


そしてそれが現盟主、グレンザイト国王の策略と、裏で手を組んでいた、帝国が書いた筋書きだと知った。


グレンザイト国王は連合国を束ね、名実ともに諸外国を束ねる王となり、帝国はこの大陸の最も重要な拠点である、ハルモルニア連合国王都を手にする。


長年の国境付近での小競り合いは、全て帝国と、それを裏で支援してきた、グレンザイト国王の謀略だったのだ。


そして私とカーラは、その謀略を世に知らしめるため、今回の私の王位継承式典を利用する事にした。


唯一、我がハルモルニア王国を、長年陰ながら支えてくれた、ハルモルニア国王の旧友でもあるベルグリッド王の力を借り、憎き帝国の追っ手を捕らえる作戦だった。


だったのだが……。


「おや?もしかして、誰かをお待ちなのかな?」


私の心を見透かすように

騎士は余裕の表情で言った。


やはり……。


「彼等をどうした……?」


彼等とは、ベルグリッド王が手を回してくれた、追っ手の帝国兵達を捕らえる為に編成された隠密部隊の事だ。


本来なら私達を囮に、帝国兵を後方から襲撃する手筈だったのだが……。


「ククク……グレンザイト国王は何でもお見通しだったよ。今頃、以前ハルモルニア王国を襲った魔物にでも襲われているんじゃないか?」


「何!?魔物だと!?」


「ちょっ、ちょっと待って!以前って……もしかして、昔王都を襲った魔物って……まさかグレンザイトの自演だったって事!?」


「哀れだな。かつては女神の騎士の加護を受け、その寵愛を賜ったとされた国も、もはや滅亡寸前……さて、喋り過ぎたな……いいかお前ら、二人は殺すな。その美しさ、殺すには惜しいと命令を受けている。まあ、手足の一本位は覚悟して頂くが……いけ!!」


騎士が言い放つと同時に、後方に待機していた騎馬隊が一斉に駆け出した。


「ふざけんな!誰があんなたぬきオヤジの慰み者になるもんですか!!」


カーラが身を乗り出し吼える。


たぬきオヤジとは恐らくグレンザイト国王の事だろう。


「ああっ!私とて、彼の者の様な下衆に、純血を捧げるつもりは毛頭ない!我が盟約の血に従いその力を示せ!ジャッジ·オブ·ガーディアン!!」


私の声に、足元から眩い光が溢れ出た。


王国に伝わる王族のみに許されるマジックスペル。


全ての攻撃に審判を降す、聖なる守護魔法だ


何重にも折り重なった光の魔法陣が、私の背後に浮かび上がる。


「おおっ!」


帝国兵達に動揺の声が拡がった。


「余所見してんじゃないわよ!ウェールアズヒューエン、ブレイアクローンズ……ベルフレア!!」


宮廷魔術言語、カーラの攻撃スペルだ。


──ズドン!!


騎馬隊の眼前で、地を抉るような爆発が起きた。


馬が宙を舞い、乗っていた兵士達が投げ出される。


「ま、魔法だ!魔戦部隊支援しろ!」


騎馬隊に隠れて見えなかったが、後方に魔法使い達がいた。


騎馬隊の前方に、半透明なシールドが展開されてゆく。


魔法障壁。


だが、これなら私のジャッジ·オブ·ガーディアンで……!


「覚悟!」


──カキンッ!


「くっ!?」


パークだ。躍り出るように飛び掛ってきたパークのロングソードを、私は間一髪のとこで短剣で受け止めた。


魔法が発動しない、なぜ?


「王国御用達の限定魔法……それぐらい長年ハルモルニアに仕えてきた俺だって知ってますよ。そしてそれを無効にする、宝具もね!」


パークの首元に見える宝石装飾のネックレス。


我が父ハルモルニア国王の……。


「この盗人め!!」


受け止めたパークのロングソードを、怒りに任せ押し返そうとするが、


「そんなオモチャで受け止めきれますかね、姫様!」


「ぐっ!」


短剣を押さえ付けるように、パークがロングソードに体重を乗せてきた。


──ギギッ。


短剣が悲鳴を上げている。


「きゃあっ!!」


カーラの悲鳴に振り返ると、部隊長と思われるさっきの騎士に、体を吹き飛ばされていた。


「カーラ!?」


「おっと、ご自分の心配をされてはいかがですかね、ミネルバ様!?」


パークは瞬時に剣を片手に構え、空いているもう一方の手で短刀を抜き上段に構えた。


「くっ!父上……!!」


その瞬間、私の脳裏に、幼き日に父から聞かされた、女神の騎士の姿が浮かんだ。


走馬灯というやつだろうか……。


かつて、ハルモルニア王国建国の際に、悪しき厄災を払い、平和へと導いてくれた女神の騎士の伝説。


ハルモルニア王国を、私を守ってくれる騎士だと、父が聞かせてくれたお伽噺(とぎばなし)


「女神……様……」


私がそう呟くと同時に、鋭い刃の風切り音が、頭上に迫った。


が、


──ズドンッ!!


「えっ?」


突然目の前で巻き起こった突風と衝撃。


私は思わず両手で顔を覆った。


隙間から見える先に、パークがぐったりとした格好で吹き飛ばされていた。


そしてその上空からは、眩い光が差している。


「待たせたなミネルバ、もう大丈夫だから……」


「えっ……だ、だれ……?」


声の方を見上げる。


誰かと声を掛けたが、その顔には見覚えがあった。


思わず目を見開く。


忘れもしない、馬車で拾った美しい女性、ヨルシカ……いや、神々しい翼を携えた、女神……様?


すると、女神様はすうっと私の前に降り立ち、慈愛に満ちた笑顔で言った。


「君を守るために来た……女神の騎士だ!」

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