第9話 【ガチ泣き】
「元の世界に戻ってください」
女神は、もう一度そう言った。
「元の世界?」
「元の世界です」
「今すぐですか?」
「今すぐです」
「そんなッ。まだ、辺境の村には魔物が」
「その程度なら、現地の戦士に任せても、大丈夫です」
「あの世界に残ることはできないのですか?」
「それを説明するには、世界の仕組みについて、語らねばなりません」
「世界の仕組み?」
「はい、世界とは、ひとつの生物のようなモノなのです」
「世界が、生物?」
「魔王は、その生物の体内にできた、大きな腫瘍のようなものでした。あのままではすべてを侵食し、世界そのものが破滅していたことでしょう」
「腫瘍が侵食、ですか。でももう魔王はいません。なら僕が残っても」
「あなたも、あの世界にとっては”腫瘍”なんですよ」
「僕が腫瘍だって?」
「言い方が悪かったですね。つまり、あの世界において際だった存在ということです。生き物の体内に目立つ異物が混入すれば、それを排除するための働きが作動します。魔王に対しては、あなたがその役割を担ったわけです」
「それは理解できました。でも」
「際だった存在というだけなら、まだ問題はありませんでした。ですが、あなたは大勢に存在を知られ過ぎました。故に世界があなたを異物と認識してしまったのです。あのまま世界に残り続ければ、あなたと言う異物を排除するために、新たな魔王が誕生してしまうでしょう。ですので」
「つまり僕が魔王を倒して、それが知れ渡ってしまったから、あの世界にいられなくなった」
「そうです。世界に愛着を持ってしまうと魔王討伐を躊躇すると思い詳しい説明をしませんでした。私を――恨みますか?」
「たしかに。その事実を知っていたら、討伐自体を躊躇していたかもしれません。でも結果的に世界が平和になったのなら、僕はそれで十分です。女神様を恨んだりしませんよ」
「私を訴えたりしませんか?」
「う、訴える? え、えぇ、訴えたりしませんよ」
「後で文句を言ったり、後でやけくそになって大暴れしたり、後で私の悪口を言ったりしませんか?」
「しませんってばッ」
すると女神が、ニチャリとイヤな笑顔を浮かべた。
「はい、言いましたねッ。今言いましたよね。今の言葉ちゃんと記録してますからね」
「ど、どうしたんですか、突然」
「実は、あなたをあの世界に送るとき、〝欲望〟に少しだけリミッターをかけておきました」
「欲望にリミッター?」
「おかしいと思いませんでしたか? あんな美女達に囲まれて平然としていられる自分に。そして、莫大な報償を惜しげも無く辞退する自分に」
「いえ? 特におかしいとは」
「うふふ。では、リミッターを解除します。《エス・ゴヴェス・ルヴェイラ・サイウェン……》」
「へ? なにかしましたか?」
「はい、リミッターを解除しました。今のあなたは本来のあなたです」
「特に変化は……ん?」
そのとき、礼二郎の脳裏に浮かんできたモノは。
イライアのセクシーな唇に、なまめかしい胸元。
ロリスの未成熟な体から醸し出される、妖しい色香。
シャリーの健康的な肉体から溢れる、さわやかな色気。
セレスの豊満で精力的な肉体から発散される、とんでもないフェロモン。
そして四人が目を閉じ、シーツ1枚の姿で礼二郎を受け入れているシーンだった。
「我が、弟子よ……ん……」「れいじろう、様ぁ……あ……」「ご主人、様……にゃぁん……」「主、殿……ん……あぁ……」
「ぐわぁぁぁぁぁぁッ」
礼二郎は絶叫し、ガクッ、足下から崩れ落ちた。
「僕は、なんてもったいないことをぉぉぉぉぉっッッ」
両手を白い地面につき、悲鳴のような声を上げた。
涙があとからあとから溢れ出る。
こんなに泣いたのは、両親が事故で亡くなったとき以来、実に20年ぶりである。




