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第78話 【女として】★

※副題:『殺し文句』→『三度目のキス』→『女として』に変更

「へ?」


 礼二郎が、間の抜けた声を上げた。


 子を産めぬとは、子供が産めない、つまり赤ちゃんを作れないってことだろうか?

 いや、もしかしたら他に意味があるのかも知れない。


「へ? じゃと? へ? とはなんじゃ! わ、ワシが、どんな思いで告白したと思っておる!」


 イライアの髪がサワサワと動き出す。

 目の色が黒から赤へと変化しつつある。

 いかーんッ! こ、殺される!

 先週できたてホヤホヤなトラウマが礼二郎の心に蘇る。

 エロいことを考えている場合ではない。

  

「す、すみません! で、でも師匠の事情って、子供を作れないってだけですか?」


「だけとはなんじゃ! 親は子を成し、子は親の意志を継ぐ。それが輪廻を巡るということじゃろう!」


 バッ! イライアのまとめた髪がほどけた。

 ま、まずい! また失言してしまった! 目が完全攻撃色になってるぅぅッ!


「ヒッ、すみませんッ! 師匠ッ、落ち着いて! 落ち着いてくださいッ! あのですね、僕はただ、少し拍子抜けしたと言うか、その、もっとすごい告白だと思ってただけでして……」


「拍子抜け、じゃと? ワシは……子を、宿せぬのじゃぞ?」


 イライアの髪がピタリと動きを止めた。


「そ、それは女の人には深刻な問題だと思います! わかります! わかりますけど、僕はそんなに……」


「まさか、こんな身体でもいいと……お主は……そう言ってくれるのか? こんなワシを……受け入れて……くれるのか?」


 イライアの目が、赤から黒へ変化した。

 平常状態に戻ったイライアが、信じられないという表情で礼二郎を見つめている。

 

「当然です。子供ができないとしても、師匠の魅力は少しも変わりません。あ、あの、あくまで僕の意見……はぇッ!?」


 立ち上がったイライアが、礼二郎に抱きついた。

 いつものように、礼二郎の顔を胸に押しつけるのではない。

 少し身を屈め、礼二郎の首筋に自分の顔を埋めるように抱きついたのだ。


「よいのじゃな……? ワシは、お主を想ってよいのじゃな?」


「あ、あの、それは大変恐縮と申しますか……」


「これからも、お主の側にいたいと……そう願ってもよいのじゃな?」


「そ、そんな! そんなこと言ってもらえるなんて、恐れ多いです!」


「受け入れてもらえぬなら、ワシはお主の、お主達の、親の様な立場でいようと思っておった。じゃが、よいのじゃな? ワシは……ワシは……」 顔を離したイライアの目から、驚くほどの涙が溢れる。「女として……お主の側にいてよいのじゃな?」


 ドクンッ! 

 礼二郎の心臓が跳ね上がる。

 目の前で泣きはらしている顔は、10年一緒にいて初めて見せたイライアの素顔だった。

 イライアは今、裸で礼二郎に向き合っている。

 

 セクシーOLスーツは着ているが、師匠としての威厳も、伝説の魔女としての名声も脱ぎ捨て、ただひとりの女性として、礼二郎に愛の告白をしているのだ。

 ならば礼二郎も、しま○ら服を着たまま、裸になって向き合わねばならない。


「師匠」


 礼二郎はイライアのセクシーメガネを、そっと外した。

 手の中のメガネが、サラサラと光の粒子となって消える。

 嘘ッ、消えちゃうの!? 

 いや、今はそんなこと気にしてる場合ではない。


「これから先どうなるかは、僕にはわかりません。僕は師匠に、なにもしてあげられないかもしれません。でも……」 イライアの少し震える手を強く握り、言った。「でも僕は師匠と離れたくありません。これからもずっと一緒にいたいです。何年かかるかわかりません。でも必ず……いつかきっと……。これは僕のわがままです。わがままですけど、それまで僕の側にいてもらえますか?」


「ああ、その言葉……その言葉を、ワシはずっと待っておった。あと何年、何十年……いや、いつまでもワシはお主の傍らに寄り添おう。その言葉を胸に、ずっと……ずっと……」


 イライアは満足そうに目を閉じ、少し上を向いた。

 その目から最後の涙が、ゆっくりと頬を伝う。

 こんなに無防備で無垢なイライアの姿を見たことがあっただろうか。

 礼二郎は胸の谷間ではなく、イライアの表情から目が離せなかった。

 

 礼二郎が見つめる前で、キラキラした雫が顔から離れる頃、イライアは目を開けた。

 眩しいものを見るように細めた目で、礼二郎をやさしく、そして幸せそうに見つめた。

 すべての肩書きや、しがらみから解放された、ただひとりの魅力的な女性として、イライアは礼二郎と向き合い、微笑んでいる。


「美しい……」


 我知らず、言葉が自然と口に出た。。

 だがそれは、紛れもなく礼二郎の言葉であり、本心であった。


 イライアは一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐにまたやわらかい笑顔へと戻った。

 ほんのり上気したその顔は、すべてを許し、すべてを受け入れる覚悟を秘めた、激しくも温かい笑顔だった。


「師匠……」

 

 礼二郎がイライアの肩を掴む。

 イライアはそっと目を閉じ、そして、待った。

 まるでコマ送りのように鮮明に、ゆっくりとふたりの距離が縮まっていく。

 やがてイライアの潤った唇が、礼二郎の唇を、そっと、だが激しく受け入れた。


「ん……」

 

 イライアの両手が礼二郎の身体にゆっくりと、しだいに強く絡みつく。

 やはり礼二郎のスキルは、イライアの唇から情報は読み取れない。だが……


(これは!?)


 礼二郎は驚愕した。


 以前イライアとのキスで、礼二郎は信じられないほど感動を得た。

 実質31才にしてのファーストキスだったから、なのかもしれない。

 ちなみに、幾多の蛇に噛まれながら交わした二度目のキスは、そのとき揉みまくったオッパイの感触以外、記憶が曖昧である。

 

 だが数日前にセレスと交わした口づけで、それを遙かに凌駕する感動を味わった。

 もう、これ以上のキスなんて、この世あるはずがない。

 そう思っていた。


(なのに、なんだこれは?)


 今、礼二郎はセレスの時とは、別次元の感覚を味わっていた。

 セレスとのキスに勝るとも劣らないほどの感動。

 加えて、今まで味わったことのない、恐ろしいほどの劣情が、礼二郎の心を支配しつつあった。

 

 髪を掴め! 服を破れ! 押し倒せ!

 礼二郎の心に凶悪な衝動が沸き起こる。


(どうしてこんな……)


 31年間、ドMな人生を送ってきた礼二郎には初めての感覚であった。

 しかも、よりにもよって相手が最恐のこじらせ魔女なのである。


 このままではマズい。

 そう思ってはいるが、キスの快感で頭が真っ白だった。

 うまく考えがまとまらない。

 えっと、なにを悩んでたっけ?

 なんとなく師匠も望んでいるような気もするし、このまま髪を掴んで……。

 

 危うく理性が飛びそうになったとき、背中に廻ったイライアの手が力を失った。

 そして情熱的な唇が離れ――


「師匠ッ!?」


 イライアが礼二郎の視界から、フッと消えた。

 なんと、イライアがストンと地面に膝をついたのだ。

 あの常勝不敗、難攻不落である『赤眼の魔女イライア=ラモーテ』が、だ。


「足に力が入らぬ……」


 イライアが膝をついたまま、まるで放心したように弱々しいを上げた。


「師匠、大丈夫ですか!?」


「……これはなんじゃ? なにが起こっておる? なぜワシは動けぬのじゃ?」


 大事な師匠が地面にガーターストッキンクを落とすだなんて!

 礼二郎は迷わず行動に出た。


「師匠、失礼します」

 

 イライアの身体をひょいと抱え上げた。

 いわゆる『お姫様抱っこ』である。

 最恐魔女の身体は、驚くほど細く、ビックリするほど軽くて、たまらないほどやわらかくて、気が遠くなるほどいい匂いがした。


「ふわぁぁぁぁっ! な、なんじゃ!? し、心臓が破裂しそうじゃ!」


「心臓が!? 任せてください――《最高位治癒(エクストラヒール)》!!」


「すまぬ、助かっ……だ、ダメじゃ! 一向に治まらん! 死ぬ! 死んでしまう!」


「治癒魔法が効かないなんて! ど、どうすれば!?」


「お主じゃ! 原因はお主じゃ! た、頼む! 降ろせ! 降ろしてくれぇ!」


 真っ赤な顔をした最凶魔女が、礼二郎の腕の中で子供のように暴れた。


※後書き&補足※


イライアとのキス

一度目:第35話 【再会ーReunionー『美魔女と褐色ロリ少女の場合』】(※礼二郎のファーストキス)

二度目:第37話 【Kiss of Death~死の接吻、絶望の抱擁~】(※イライア、蛇顔メデゥーサ状態→礼二郎瀕死)


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