第8話 【本気の戦闘モード】
「あなたは、どなたですか?」
「あら? レディーの部屋にいきなり押しかけて、ずいぶんな言い草ね」
「すみません、部屋を間違えましたッ。あの、花は返していただけると」
「なんだ、間違いだったのね。残念だわ」
「すみません。失礼しましたッ」
礼二郎は花束を受け取り、ドアを開け、外に出た、はずだった。
「あら、いらっしゃい」
そこには、分厚いめがねをかけた緑髪の女性が、室内に立っていた。
後ろを振り返ると、左右に延々と続く、長い長い廊下。
その廊下に面した扉は、今、礼二郎が開けた、この場所のみ。
瞬間、礼二郎は後ろの廊下に飛び退き――
《身体強化ッ》《知覚強化ッ》《魔法攻撃力増加》
《耐魔法防御強化ッ》《耐物理障壁展開ッ》《耐精神魔法障壁展開ッ》
――魔術式を展開した。
ブーンッ。足下に、空中に円形の魔法式がいくつも浮かび、礼二郎の体を、幾重もの光が包み込む。
同時に、室内にいる女の形をしたなにかへ、解析魔法をかける。
「なんだとッ?」
解析結果は――【測定不能】
魔法でレジストされたわけではない。
単純に、測定ができないのだ。つまり。
「僕のレベルより高い、だと?」
礼二郎のレベルは、この国最高レベル――エバンスのレベル56より少し落ちる程度に調整してある。
レベル差が倍以上でも無い限り、解析魔法で【解析不能】の文字が出ることはない。
現時点での礼二郎のレベルは53。
つまり、この部屋の中にいるモノは。
「レベル100越え、だというのか」
礼二郎の全身に、冷たい汗が流れる。
先日、大勢の仲間達の助力で、ようやく倒した魔王のレベルは、86だった。
礼二郎は、戦慄していた。
相手のレベルにではない。
同じ部屋にいながら、その実力を微塵も感じなかったことに、礼二郎は震え上がっていた。
「《次元収納》ッ」
礼二郎が叫ぶと、空中にぽっかりと、黒い穴が開いた。
同時に現れたステータス画面に表示された人型の記号――その各部位に記された文字を読み、礼二郎は軽く舌打ちをした。
しかし、今、装備を調整する時間はない。
「……仕方あるまい。《次元装着ッ》」
礼二郎が再び叫ぶと、ステータス画面、人型に表示された文字が光り輝く。
空間に開いた穴から光が飛び出し、礼二郎の腕、体、足を覆い、鎧へと変化した。
そして、最後に飛び出した光が右手に収まると、棒状に変化し、やがてそれは、一本の燃え上がる剣となった。
【神速の鎧】、そして【炎帝の剣】である。
(ここは、王宮の中なのか? もしそうなら、この剣を振るえば)
【炎帝の剣】――精霊サラマンダーの宿る神剣。魔力を込めて剣を振れば、魔力量に応じて熱を発する。礼二郎が本気で振るえば、一瞬で大岩を気化することも可能だ。
(ここで、剣の能力を使うわけにはいかん)
もし、王宮とつながっているとしたら、この辺りにいるのは、礼二郎の命より大事な仲間達なのだ。
「どうしたんですか? お入りなさい」
室内から声がした。
礼二郎がこれだけ殺気を放っているにもかかわらず、その声には、微塵も緊張の色がない。
礼二郎は、対エバンス歯周病対決で、魔力を使いすぎたことを悔やんだ。
しかし、今あるモノで戦うしかない。
ずっとそうしてきた。
今回もそうするだけだ。
「では、お邪魔させてもらおう。《エア・バースト》ッ」
右手の平をドアに当て叫ぶと、バキャッ、ドアが大きな音を立て、内側に吹っ飛んだ。
すぐさま神速の鎧の能力を発動し、室内に音速で移動する。
パァンッ
後方でソニックブームが起こり、壁が吹っ飛ぶ。
「ここ、は」
室内に飛び込んだはずだが、目の前に広がるのは、どこまでも続く白い部屋であった。
吹っ飛ばしたはずのドアも、崩れたはずの壁すら存在しない空間だ。
「思い出しましたか?」
目の前には、緑髪の女性が立っていた。
しかし、その服装は変化している。
めがねを外し白いドレスに身を包み、その手には光り輝く宝玉の付いた杖。
「女神様でしたか。《次元装着解放》」
礼二郎の鎧と剣が光へと変化し、空中に開いた穴へ吸い込まれていく。
「うふふ、15年ぶりに会ったのに、少し冗談が過ぎましたね。申し訳ありません」
女神が礼二郎に、深く頭を下げた。
「いえ、かまいません。それで、ご用件は」
「まずは、魔王討伐、ありがとうございました。あなたのおかげで、大勢の命が救われました」
「女神様に礼を言われることでは。僕は、当然のことをしたまでです」
「あなたは、私の願いを聞き入れ、そして見事、成し遂げてくれました。ですが」
「なにか問題が?」
「はい。実は、元の世界へ戻ってもらわねばならないのです」
「はいぃ?」