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第69話 【ろりかよ、危険なお買い物】

「ふぅ、これで大きな買い物は終わりか」


 家電量販店内にある携帯ショップの前、大萩源太が言った。

 朝からずっと歩き回っているので、さすがに疲労の色が隠せない。

 この家電ショップで10件目になる。(正確には9件廻って、一番安かった2件目の店に戻って来た)

 

「えっと、冷蔵庫と洗濯機に掃除機、それに最新式のパソコンと携帯を全員分買ったし……うん、多分終わりだよ。お疲れ、源兄ぃ。ご苦労、ご苦労」


 大萩加代が源太の背中をバンバン叩いた。


「すごい上から目線だな。ま、まあいい。っと、どうにか約束の時間には間に合いそうだ」


 源太が腕時計で時間を確認した。

 現在、午後3時。


「これ、ロリにくださるんですか?」


 最新式の携帯電話を手に、ロリが目を丸くした。


「遠慮することはないんだよ。元々ロリちゃんのお姉さん――イライアさんのお金なんだからね」


 源太がロリをやさしく見つめながら言った。

 どうやら源太はイライアがロリの姉だと思っているらしい。

 一体どういうことなのか?


 実は異世界組の戸籍を取る際、こじらせ最恐魔女イライア=ラモーテの妹として、ロリを登録したのだ。

 姉妹? 母娘じゃなくて? と、皆が思った。

 だが、それをツッコむ勇気のある者は、当然のごとくいなかった。


 なので現在、褐色少女の名前は……。


『ロリ=ラモーテ!? きゃぁぁっ! イライア様ぁ、い、いいんですか!?』


 イライアの提案に、ロリは飛び跳ねて喜んだ。初めてのファミリーネームが、よほど嬉しかったのだろう。


『うむ、これからお主はワシの妹じゃ。これからは、〝イライア姉様〟と呼ぶが良い』

 

 このとき貰った戸籍抄本は、ロリの宝物になっている。


(姉様って……)皆がそう思ったのは言うまでもない。

 ましてや、誰もそれを突っ込まなかったのは、さらに言うまでもない。


「ロリちゃんいいなぁ。わたしも最新式がいい! お願い、源兄ぃ!」


 ロリの持つ最新式携帯を物欲しそうに見つめながら、加代が甘えた声をだした。


「何度言ってもダメだ。お前のは去年買ったばかりだろ。あと1年我慢しろ。高校に合格したら最新式でもなんでも買ってやる」


「ちぇ! やっぱダメかぁ。あーあ、礼兄ぃだったらホイホイ買ってくれたのになぁ」


「あいつはお前に甘いからな。どうする? ふたりは買い物を続けるのか?」


「はい。加代ちゃんと買い物しながら街を案内してもらってきます」


「ふふふ、今からロリちゃんとデートよ。そう言えば、源兄ぃが言ってた約束ってなんなの?」


「よくわからんのだ。知り合いに頼まれて人と会うんだが、どうも相手は若い女性らしい」


「えぇっ! 源兄ぃこそデートじゃん! よかったぁ。まだ枯れてなかったんだね。ちょっと安心したよ」


「か、枯れてないわ、失礼な! 俺はまだ23だぞ?」


 源太は思わず叫ぶと、ロリのキョトンとした視線に気付いた。

 すると、コホンと咳払いを一つして、言った。

 

「ロリちゃん、欲しいものがあったら、遠慮なく加代に言うんだよ? もし困ったことがあったら、いつでも俺か礼二郎に電話しなさい」


 源太がロリの頭をやさしく撫でた。

 ロリは恥ずかしそうに顔を赤らめ「はい!」と大きな声で返事をした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



「源太様って、もっと冷たい人だと思ってたわ」


 ロリが通りの人混みを眺めながら言った。

 右手は加代の左手にしっかとつながれている。


「源兄ぃはやさしいよ。礼兄ぃの前だと、いつも怒ってるけどね」


 加代が、ロリの尖った耳を、右手でチョンチョンと触りながら言った。

 ピョコピョコ動くのが楽しいらしい。


「ねえ、加代ちゃん。源太様とれいじろう様は仲がお悪いの?」


 ロリは器用に耳を動かしている。

 まるで尻尾で子猫と遊んであげている親猫のようにも見える。

 見た目は親子逆なのだが。


「うーん。嫌いあっているわけじゃないと思うんだよね。小さい頃は三人でよく遊んでたし。あ、こず枝さんも一緒だったから四人か。ただずっとケンカしてて、仲直りするきっかけがないと言うか」


「そうなんだ。いいなぁ」


「ケンカがうらやましい?」


「そうじゃなくて、いや、ケンカもうらやましいかな。ロリは、ずっとひとりだったから」


「ん? イライアさんは?」


「あ、イライア……姉様は、そのぉ」


「ごめんごめん! 言いにくいことだったら言わなくてもいいんだよ。わたし達兄妹も言えないことがあるしね」


「ごめんね、加代ちゃん。でも、いつか全部話したいな」


「ふふふ、わたしも同じだよ」


 そのとき「ウルトラ・スペシャルクレープ二つお待たせしましたぁ」と、待ちに待った声が聞こえた。


 ふたりがそれぞれ巨大なクレープを受け取り、その大きさに目を丸くした。

 そして「せーのッ!」で同時にかぶりついて「「おいしぃーッ!」」と大声で叫び、周りの人を笑わせたのだった。


 口の周りに生クリームつけた相手の顔を見て、ロリと加代も互いに笑い合った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



「ロリちゃんかわいいから、選び甲斐があるわぁ!」


 若者でごった返す激安の服屋から出て、加代が言った。

 手には大きな紙袋を3つ持っている。


「こんなに沢山のお洋服があるだなんて、まるで夢の国みたい!」


 紙袋を二つ持ったロリが弾んだ声を上げた。

 背中に大きなクマのぬいぐるみを背負っている。


「シャリーちゃんも連れてきたかったなぁ」


「シャリーは人混みが苦手なの。人が嫌いって言うか。それにシャリーは、人が作った服を着たがらないわ」


「へ? じゃあ、シャリーちゃんの着る服は誰が作るの?」


「そ、それは、えっと。しゃ、シャリーと同じ種族の人、かな」


「同じ種族? ホッテントットみたいな?」


 自分の知っているアフリカ部族の名前を挙げた加代が、どうもしっくりこないと首をひねり、ロリが焦った表情をしたそのとき――


「おい、もじゃ子ぉ!」


 後ろから若い女性の、粗暴な声が聞こえた。

 瞬間、加代の顔面が蒼白になる。


「ロリちゃん、行こう」


 加代がロリの手を取り、声とは反対方向へ足早に歩き出した。


「てめぇ! もじゃ子のくせに、シカトしてんじゃねぇよ!」


 駆け足で追いかけてきた声の主が、加代の肩を乱暴に掴んだ。

 ポニーテールの少女だ。

 声からすると加代と同じ年代だ。厚化粧のせいか、少し年上にも見える。


「あ、ごめんね。わたしを呼んでたの? 全然気がつかなかったわ」


 肩にかかった手を振りほどき、加代がかばうようにロリの前に立った。


「加代ちゃん?」


 加代の背中で、ロリが心配そうに言った。


「大丈夫よ」加代がロリに振り返り、ニコリと笑う。

 

「なんの用かしら? 見ての通り、忙しいんだけど?」

 

 怒りのこもった声。

 温厚な加代らしからぬ声色だ。


「つれないこと言うじゃん。うちら友達でしょ?」


 追いついてきた二人目が、馴れ馴れしく声をかけた。

 一人目と同年代、厚化粧の、少しふくよかな少女だ。

 加代は返事をしない。二人を睨み付ける。


「おい、なんだよ、美沙! こいつが噂のもじゃ子かよ! どんなブスかと思ったらめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!」


 ゆっくり歩いてきたニキビ面の少年だ。

 くちゃくちゃとなにかを噛みながら、加代に顔を近づけた。

 ネットリとした視線が、加代の全身に絡みつく。


「真之先輩、ダマされてんスよ。こいつの頭に水をかけみてください。笑っちゃうほどの天パーなんスから。ねぇ、トメ子」


「美沙ったら、ワタシの友達にひどいこと言わないでくれる?」

 最初に声をかけてきたポニーテールの少女――トメ子がニヤニヤ笑いながら言った。

「もじゃ子、あんたえらく羽振りいいじゃん。ちょっとウチらにも貸してくんない? 気が向いたら返すからさぁ。いいじゃん。友達っしょ?」


「貧乏人のくせに、なんでそんな金持ってるんだよ。ウリやってるって噂は本当だったりして。真之先輩、一回どうッスか?」


 ふくよかな少女が、ニヤニヤ顔で言った。


「マジかよ! こいつなら一万払ってもいいぜ? ひゃはっは!」


 ニキビ面の言葉で加代の全身が、怒りの余りワナワナと震えた。

 一人ならばブン殴っているところだ。

 

 だが、今は小さな妹分ーーロリがいる。

 この小さな少女の身になにかあったら、イライアに顔向けできない。

 なによりロリは、加代にとって大事な友達なのだ。


(わたしが守らなきゃ……)

 

 悔しいけどこの場は、お金を払ってでも穏便に……ん?

 加代の服がちょいちょいと引っ張られた。


「ねぇ、加代ちゃん」


 後ろを向くと、ロリがジッと加代の顔を見つめていた。

 だがそこにいるのは、先ほどまでの愛らしい女の子ではなかった。

 本当にロリなのだろうか?

 加代がそう思うほど、冷たい表情だった。

 そしてロリの姿をした少女は、なんの感情もこもらない平坦な口調で言った。 


「この子達、殺してもいい?」 

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