第68話 【朝帰りをした異世界帰りの最強賢者は、戦々恐々と自宅の呼び鈴を鳴らす】
礼二郎は立ち尽くした。
玄関に鍵がかかっており、入れない。
あの女神め。鍵も持って行きおった。
美人OL佐々木春香のキスで受けた凄まじい衝撃は、どうにか沈静化しつつあった。
この一週間でイライア、シャリー、ロリ、こず枝、そしてセレスに次ぎ、六度目の接吻だ。
ホムンクルス家政婦のベータとも致したが、それはノーカウントでお願いします。
これだけチュッチュすればそろそろ慣れそうなものだが、そんなことはない。
春香の唇から流れ込んできたのは、前述の女性達に引けを取らないほどの礼二郎への想いだった。
そんな情熱的なキスをされて、平気でなんていられない。
初キッス31歳は伊達ではないのだ。
(次に、どんな顔して会えばいいんだ)
礼二郎はため息を吐いた。
今回のデートを最後に、春香とは二度と会わないつもりだった。
――だが、そうもいかない事情ができた。
インチキ女神にサイフを奪われたおかげで、デート費用をすべて春香に負担させてしまったから……というのも理由の一つだ。(おかげで、返済したはずの借金が再び発生した)
だが、最大の理由は女神の言葉である。
『ヘタレ……コホン、礼二郎さん。今日限りで佐々木春香さんとの接触を断つつもりなら、それは止めておいた方がよいでしょう。今あなたに振られると、彼女は自暴自棄になり、転落人生を歩むことになります。それはそれは悲惨な人生です。二時間物のドラマを作れるほどの壮絶人生です。バッドエンド間違いなしです。鬱展開です。まぁ、そんなの僕には関係ない、とおっしゃるなら、ご自由に』
礼二郎が怪しげな液体を飲んで意識を失う前、お腐れ女神はそう予言なさった。
根性が腐って性根が曲がっているが、一応は女神の予言なので無視はできない。
それに礼二郎は、春香のことを嫌っているわけではないのだ。
いや、むしろストライクだ。
ストライクゾーン、ど真ん中なのだ。
これを見送り三振しようものなら、監督から叱られ、ファンからゴミが飛んでくるほどのど真ん中だ。
礼二郎の性的趣向には、隔たりがあった。
それは特殊性癖と呼んでもいいほどの隔たりである。
(OL、いいよな)
なにを隠そう、礼二郎は大のOL好きだ。(※女教師も含む)
キッチリしたスーツを着たスラリとしたお姉さんに、たまらなく魅力を感じてしまうのだった。
残念なことに異世界にはOLがひとりもいなかった。
オフィスがないのだから、オフィスレディーがいるわけがない。
公的な機関の事務所職員はすべて男性だった。
唯一OLに近いと言えば、冒険者ギルドの受付係だが、荒くれ者の対処が業務の一環である彼女たちは軒並みマッチョ体型だ。
頼もしいことこの上ないが、フェティシズムの観点からすると台無しである。
あっちの世界の礼二郎は性欲が薄かったので、リビドー問題で苦悩することは、そんなになかった。
せいぜい、いい年して経験がないのを悩んでいたくらいだ。
世間の男性が抱える悩みの90%を占める性欲問題で悩まなかったのは、言いたくはないが、憎々しい女神が施した忌ま忌ましい欲望リミッターのおかげである。
だが性欲と共にこの世界に戻り、ベッドの下に隠していた(幼馴染みの女の子からキチンと整理された)OLジャンルの多い思春期コレクションを見ると、15年の異世界生活によるブランクで忘れかけていたフェティシズムがムクムクと物理的に蘇った。
いつか、セレスやイライアに、ぴっちりとしたスーツを着せてみたい。
できればメガネとセットで。
ひそかにそう目論むほど、OLラブだった。
ロリとシャリーには、まだ似合わないだろう。
こず枝は……微妙なラインである。
おっと話が脱線してしまった。
春香に関しては、さらなる女神情報のおかげで、早急に片付けなければならない問題がある。
だが今は、朝帰り問題をなんとかしなくてはならない。
礼二郎は、スーツ姿の金髪美女&黒髪熟女を想像して伸びきった鼻下を戻し、目の前の現実に意識を向ける。
転移ゲートを自室に設定しているので、入ろうと思えば転移魔法での侵入は可能である。
自分の家に帰るのに侵入とはいかがなものかと思うが、とにかく可能なのだ。
だが、問題は入れるかどうかではない。
なぜ昨夜帰らなかったのか。
それを説明できない限り、根本的解決にはならない。
当然、女性陣は礼二郎がいないことに気付いているはずだ。
イライア謹製護符のオプションである、位置検索機能も使用されたはずだ。
だが礼二郎の護符は、あの忌ま忌ましい女神にボッシュートされており、現在サイフと携帯とともに所在が不明だ。
どう使われているかわからない故に、下手な小細工をすると状況を不利にするかもしれない。
ならば……。
ピンポーン。
礼二郎は震える指で自宅の呼び鈴を押した。
殺すなら殺せ! 礼二郎はそう覚悟した。
ドタドタと複数の足音が聞こえ、ガチャと鍵の開く音。
ゴクリッ。
礼二郎が喉を鳴らす。
玄関のドアがゆっくり開いた。
これは地獄の門か、はたまた天国の扉か。
今のところ99:1で地獄優勢である。
「はーい、どなた……って礼兄ぃじゃん! もうッ、なんなのよ!」
ドアを開いた人物が怒りの声を上げた。
もじゃもじゃ頭で寝間着姿の女子中学生――愚妹の加代であった。
確認なしに、いきなりドアをフルオープンする妹の危機管理能力の低さにモヤッとしたが、今それは置いておく。
「……れいじろう様、どうされたんですか?」
平和ボケな妹の後ろにピタリと張り付いた褐色肌の美少女、ロリが言った。
髪を片側だけ編み込み、フリフリなスカートと上着を着ている。
まるで、どこかいいとこのお嬢様のようだ。
なんてかわいいんだ! 礼二郎の鼻息が荒くなった。
コホン、それはさておき、さぁ土下座をするか、と礼二郎が深呼吸をすると――
「なんでいちいち呼び鈴ならすのよ? せっかくロリちゃんの服をコーディネートしてたのに!」
ん? なにかおかしくないか?
礼二郎は、モジャモジャ少女の言葉に違和感を感じた。
「す、すまん。鍵が見当たらなくてな」
とりあえず土下座を保留して、礼二郎が言うと。
「鍵落としたの? ハァ、礼兄ぃってそう言うところあるよね。ところで、いつの間に外に出たのよ?」
加代があきれ顔で言った。
「へ? どゆこと?」
「え? あのぉ、れいじろう様はご飯を食べた後、勉強をするとおっしゃって、自分の部屋にお戻りになりました。午前中は部屋にこもって集中したいから、絶対にドアを開けるでないぞ、ともおっしゃってました。そうだよね、加代ちゃん?」
加代にギュッと抱きついたロリが、信じられないことを言った。
どうやら僕は、某鳥類の恩返し的なことを言った後、自室にこもっているようだ。
しかし、このふたり仲いいな!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
リビングには寄らず、玄関に入るとすぐに階段を上った。
二階、一番右手前にある妹部屋にロリと加代が入ったのを見届けてから、右奥にある自室へ向かった。
到着するとドアの前に立ち、室内の気配を確認する。
(む! 確かに、誰かいる)
礼二郎には、室内の人物について、ある程度予想はついている。
《解析魔法》は使わない。
イライアに気付かれてしまうからだ。
(まあ敵ではあるまい)
礼二郎はノックもせずにドアノブに手をかけると、一気にドアを開いた。
「やあ、遅かったな」
右壁側にある勉強机に腰掛けた人物が、背中を向けたまま言った。
「お前、何者だ?」
礼二郎は小さな声で訊いた。
「はじめまして、ってのはおかしいかな。大体予想はついていると思うが」
そう前置きをすると、椅子に座ったまま礼二郎の方へ身体を向けた。
「偉大なる美の化身、慈愛の象徴、希望の道しるべたる女神様からの贈り物、そのひとつだ」
「女神様、自己評価高いな! しかし、ふむ、こうして改めて見ると妙な感じだ」
礼二郎は、室内の人物を見つめたまま後ろ手にドアを閉めた。
「できれば返品なしで頼むよ、本家本元殿」
礼二郎の姿をしたナニかが、礼二郎の声でそう言って、ニチャリと笑った。
後書き)
次回は加代ちゃんのお買い物回です。
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