閑話4 【不良達の誤算】
ほんのり胸くそ展開、ご注意!
「ここ……だよな」
「ああ、間違いない」
アパートの一室を前に、ふたりの不良少年が立っている。
ふたりとも、その右手にギプスをはめていた。
「長谷川先輩の家、じゃないよな」
筋肉質でパーマ頭の少年、塩田健吾が言った。
「ああ、先輩の家はおれン家の近くだ。ここじゃない」
黒髪刈り上げ頭の少年、古村壮太が言った。
「友達の家、かな? まぁいい。よし、押すぞ」
塩田がゴクリと喉を鳴らすと、呼び鈴を押した。
――ガチャ。数秒後ドアが開き、ひとりの女性が現れた。
「……はい、どなた?」
覇気のない声で女性は言った。
年の頃は20才ほど。社会人にしては幼い感じがした。
女子大生だろうか。
その顔はまるで死人のように青ざめている。
「長谷川先輩、いるッスか? 今日来るって約束してたんスけど」
塩田が言うと、「……どうぞ」やはり覇気のない声で女性が部屋へ招き入れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
廊下突き当たりのドアを開けると、ムワッとタバコの臭いがした。
そこは広いリビングだった。
臭いはともかく、かわいらしいインテリアで飾られた、女の子らしい部屋だ。
「おお、来たな」
絨毯の上に腰を下ろしたスキンヘッドの男が、横柄にそう言った。
180センチを超える塩田と古村に比べると、小柄な男だった。
女性はそのまま奥の部屋に入って行った。
「長谷川先輩、お久しぶりッス」
塩田がいつになくキチンと頭を下げた。
「まあ座れよ、健吾。その怪我、まだ空手やってんのか?」
「いえ、道場は高校に入る前に辞めたッス。この怪我は、その……」
「まあいい。莊太はボクシング……って、できねぇよな。その手じゃ」
「お久しぶりです。あ、出所おめでとうございます。ご挨拶が遅れて、その、申し訳ありませんでした。一応ボクシングは、続けてます。今はこの通りなんで基礎練だけですけど」
「出所おめでとう、か。――で、手ぶらで来たわけだ」
長谷川の言葉に、空気が固まる。
「す、すみませんッス! すぐに買ってくるッス!」
塩田が立ち上がり言った。古村も急いで立ち上がる。
「冗談だよ。いらねぇよ、出所祝いなんて」
「す、すみませんッス。気が利かなくて……。ところで、この家って……」
「ああ、さっきいた女の家だよ」
「マジッスか。いいっスね。彼女ッスか?」
「あんなブス、彼女なわけあるかよ。名前も知らねえ女だよ」
「え? 名前も?」
「宿無しの俺を泊めてくれるやさしい女、さ。仲間達と記念撮影したら、仲良くなっちまってな。で、昨日電話で言った物、持ってきただろうな?」
「は、はい。持ってきました」
古村が手提げバックから棒状の物を取り出し、長谷川に渡す。
「おお、これこれ! 俺のはサツに取られちまったからな。ところで、どこで買ったんだ? この警棒」
長谷川が右手を振るうと、シャコンッ! と手に持った棒が伸びた。
「通販です。あのぉ、それで、電話で話した通り……」
「お前が持ってきた、この警棒を使って、ぶん殴って欲しいヤツがいる、だっけ?」
「そうです。こ、これ少ないですけど……」
「2万円、か。つまりこの金は依頼料だな。俺はそいつをぶん殴って病院送りにすればいいわけだ」
「はい! お願い、できますか?」
古村の言葉に、長谷川がニタリと笑った。
塩田と古村はその笑顔を見て、たまらなくイヤな予感がした。
すると長谷川がポケットから小さな機械を取り出し、テーブルの上に置いた。
その機械のボタン一つを押すと、赤いライトが消え、塩田と古村の顔から血の気が引いた。
「これでお前らも共犯ってわけだ。いわゆる幇助と教唆ってやつさ」
長谷川が、ボイスレコーダーを再びポケットにしまい、ニヤけた顔のままタバコに火をつけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クソッ! どうすんだよ!」
砂場の横にあるパンダを模した遊具を蹴って、塩田健吾が叫んだ。
「あんな人じゃなかったのにな……」
木製のベンチに腰を下ろした古村莊太が、刈り上げ頭を抱えて、言った。
「クソッ! ソータ、お前が言ったんだぞ! あんなやつに頼もうなんて!」
「うるせえよ! ケンゴだって反対しなかったじゃねぇか! こうなりゃ警察に……」
「ふざけんなよ!」塩田がベンチの座る古村の襟首を掴み叫んだ。「そんなことしたら、オレの妹がやられちまうだろうが!」
「でも、まさかそんなこと……」
古村が襟首を掴まれたまま立ち上がる。
「お前も、あの女の写真見ただろうが! やるんだよ! 今のあいつは! あんな……妹をあんなひどい目に遭わせるたまるか!」
「なら、あいつの言った通りにするのかよ!」
古村が塩田の手を振りほどいて叫ぶ。
「仕方ねぇだろ! でも100万なんて用意できねぇし」
「じゃあ」
「ああ、攫うしかないんだよ」
塩田が顔面を蒼白にして言った。
「あいつの女と妹をな」




