第7話 【溺れる賢者は、ダメ元でエバンスを掴む】
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「はぁ」
「見つけたぞ、この野郎ッ。また、隠密の魔法をかけてやがったな。ガッハッハッ」
何百回目かのため息をついたとき、後ろから、なじみの声が聞こえた。
「エバンスさん」
口の臭くないエバンスだった。
「レイジッ。お前のまじないはマジパないなッ。本当に彼女ができたぞッ」
「おめでとうございます。よかったですね。はぁ」
「どうした? まさか、今になって爵位の辞退を後悔してるのか? それなら俺が王に直談判して」
「そんなのは、どうでもいいんです。それどころじゃないんです。実は」
礼二郎は、恋愛経験ほぼ皆無の中年男に、ダメ元で恋愛相談をした。
藁をも掴むとは、こういうことなのか、と礼二郎は思った。
「ふむ、事情はわかった」
藁が言った。
「なんとッ。わかってくれましたか」
礼二郎は、割とガチで驚いた。
「レイジ、お前は何万、いや、何百万もの人間を救った英雄なんだ。女の5人や6人、同時に愛してなにが悪いって言うんだ。お前にはそれだけの器がある。師匠である俺を信じろッ。他の奴が許さなくても、おれが許してやるッ」
「エバンスさん、でも僕なんか」
「まずはひとりだ。ひとりずつ愛してやればいいさ」
その言葉には、発言主が恋愛経験皆無とは信じられないほどの重みがあった。
「そのひとりすら僕には」
「フッ、レイジ。これがなにかわかるか?」
「え? なになに”《アナライズ》”」
礼二郎は、口の臭くないエバンスがポケットから出した小さな瓶に、解析魔法をかけた。
【精力促進剤:(ミスリル・クラス):死人のアレを、アレするほどの効能】
「んなっッ。み、ミスリル・クラスの精力剤ぃッ」
「シーッ。声がでかいッ。これは王から直接いただいたものだ。売れば金貨……いや、ミスリル貨幣1枚は下らんらしい」
「1000万円ッ?」
「ん? なんだその”えん”って言うのは? まぁいい、ほれ、魔王討伐祝いだ。これをお前にやろう」
「そんな。だってエバンスさんには初めての彼女が」
「フッ、剣帝をなめるでない。いざとなれば、アレに”闘気”を集めて無理矢理アレしてやるわ」
「エバンスさん」
「いけッ。漢になってこいッ」
「はいッ」
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(下着よしッ。髪型よしッ。脇汗よしッ。そして口臭は……《エクストラ・ヒール》ッ)
もしかして、自分が気付かないだけでエバンスしちゃってるかもしれない可能性を、最高の回復魔法で潰した。
完璧である。
手土産に、会場に飾ってあった花をコソッと包んでもらった。
そして今、礼二郎は部屋の前に立っている。
足で立っているのだ。下ネタではない。
(スーッッ。ハーッ。スーッ。ハーッ。スーッ。ハーッッ。スーッ。ハーッ)
なんども深呼吸をした。ポケットの中の超高級精力剤を確認する。
『いいか、これの効き目はしゃれにならんからな。いざアレをする直前まで飲むんじゃないぞ? 飲むのも一滴だ。それ以上飲んだらどうなっても俺は知らんぞ?』
エバンスの言葉を思い出した。
なので、まだ礼二郎は素のままだ。
つまりは、ドーピング前である。
長かった。
日本で16年、そしてこの世界で15年だ。計31年もアレすることなく、ここまでやってきた。
日本にいるときは、幼なじみの女の子とアレするものだ思い込んでいた。相手の都合を無視した、勝手な妄想である。
そんなラブコメ展開も、異世界に拉致された今となっては望むべくもない話だ。
そして今、扉の向こうでは、待っているのだ。こんなチェリーをこじらせた礼二郎を受け入れてくれる女神のような女性がだ。しかも、ウェルカム状態である。
(よしッ。後は野となれ、山となれだッ)
コンコンッ
「どうぞぉ」
女性の声が返ってきた。
あれ、こんな声だっけ? まぁいいか。
ゴキュリ。
礼二郎は、大きく喉を鳴らし、ドアノブに手をかけ、一気に引いた。
「こ、これはプレゼントだッ」
礼二郎が下を向いて花束を差し出した。
恥ずかしくて相手の顔を見られない。
礼二郎のチェリーたる所以である。
「やぁだぁーッ。うれしぃーッ」
(へ?)
チェリーイヤーが、やはり聞き慣れない声をキャッチする。
チェリーは顔を上げた。
緑髪に分厚いめがねの女性が、花束を手にはしゃいでいる。
(あれぇッ?)
「あのぉ」
「あら、なにかしら?」
「あなたは、どなたですか?」
そこにいるのは、チェリーの知らない女性だった。




