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第65話 【今度こそ】

「言っちゃった……はぁ……」


 春香が真っ白なため息をついた。

 腰を下ろしているのは歩道のベンチ。

 先ほどまでいた洋服屋から少し離れているが、礼二郎が戻ればすぐに気づく場所だ。

 吐く息は白いが、日が差しているからか、1月下旬にしては暖かい。

 腕時計を見ると、午後4時15分。

 礼二郎と離れて10分ほど経過している。

 

 結局、服は買わなかった。

 そもそも礼二郎好みの服を買いに来たのだ。

 肝心の礼二郎がいなければ意味がない。

 

「はぁ……あんな形で告白するだなんて……」


 もう一度ため息をついた。

 春香の想いを、礼二郎はうれしいと言ってくれた。

 あれ? 嫌じゃない、だったかな?

 まあどちらでも、好意的に受け取ってくれたことに変わりはない。

 だが、表情に戸惑いの色が浮かんだのを、春香は見逃さなかった。


「ぐわあぁぁぁぁっ!」


 その場面を思い出し、叫んだ。

 白い息が遠くまで吐き出される。

 若い女性らしからぬ咆吼に、通りを歩く大勢の人が、ビクッと立ち止まった。

 春香は我に返り、顔を熱くして下を向いた。


 立ち止まった人が歩き出し、視界の人々が一新された頃、ポケットから1枚の硬貨を取り出した。


「きれい……」


 500円玉より一回り大きな、金色の硬貨であった。

 この硬貨を見ると気持ちが晴れやかになった。

 なんだか不思議な力が働いているように感じる。


「英語、じゃないわね。どこの国のお金かしら」


 春香はまじまじと硬貨を見つめた。

 表には見知らぬ文字、裏には美しい女性の横顔が刻印されている。

 もしかしたらアミューズメント施設の景品かもしれない。


「本物の金貨……なわけないか。それに、もし本物だとしても……」


 春香はこれを売るつもりはなかった。

 変則的とは言え、これは大好きな礼二郎からもらった初めてのプレゼントなのだ。


「彼女がいるのを知ったうえで告白した、ってことよね」


 告白シーンを思い返し、呟いた。

 再度叫びそうになるのを必死に抑える。

 もしかして、貞操観念やらモラルやらが低い女と思われているのでは。

 

 まぁ、高校生にのぼせ上がる時点でアレである。

 そんなことは春香にもわかっている。

 

 だからこそ他の面でしっかりしたところを見せなければならない。

 なのに今日の春香の取った行動と言えば、先の通りなのだ。

 カフェテリアに現れた忌ま忌ましい既婚者とのいざこざも、大人の女性としての信用失墜に一役買っているに違いない。


 ムカァッ! 春香の眉間に皺が寄る。


「なんで今更あいつが出てくるのよ! このタイミングで! しかも礼二郎君に手を上げるなんて!」


 春香は込み上げる怒りと同時に、罪悪感も感じていた。

 怒りは例の男に対してだ。

 そして罪悪感は礼二郎が今現在付き合っている彼女に。

 

 罪悪感。

 そう、とんでもない罪悪感であった。

 だからといって、礼二郎への想いを断ち切ることはできない。

 この恋は完全なハッピーエンドになんてなり得ない。

 たとえ勝者になったとしてもだ。

 そんなことはわかってる。

 欲望と良識との葛藤で心がざわざわと音をたてる。


「手編みのマフラー、か」


 飲み会の席で話題になったことがある。

『今までもらって迷惑だったプレゼント』についてだ。

 男性陣に聞いたダントツ一位が『手編みのマフラー』であった。

 ちなみに二位が『手作りのお菓子』、三位が意外にも『高価な貴金属』だったと記憶している。

 その三点に共通するものは?

 要するに想いが『重い』のである。


 実は中学時代、春香も手編みのマフラーを作ったことがある。

 いや、正確には〝作ろうとした〟だ。

 

 半分ほど完成した段階で、春香はふと我に返った。

 あれ? これってもらってうれしいの? と思ってしまった。

 そうなるとヒーコラせっせと編み編みするのが馬鹿らしくなった。

 思い返しても、その判断は間違っていないと断言できる――と今日までは思っていた。


 今は思う。

 果たしてそうなのだろうか、と。

 今日、礼二郎は不名誉な称号一位なプレゼントである手編みのマフラーを巻いて、待ち合わせ場所に現れた。

 奮発して借りたレンタカーの車内からそれを見て、春香がまず味わったのが失望感だった。

 

『ああ、彼女がいたんだ。それにわたしのこと牽制してるんだわ。でも……』

 

 その後、春香の心に浮かんだ感情。

 それは『感動』『憧れ』そして『嫉妬』だった。

 彼女の重い想いを受け止めた礼二郎の姿に〝感動〟し、受け入れてもらえた見知らぬ女性に〝憧れ〟そして〝嫉妬〟したのだ。

 

 決して、あの手編みのマフラーを恥ずかしいなどとは思わなかった。

 作った女性に対しても、それを身につける礼二郎に対してもだ。

 

「わたしもあのときマフラーを完成させてたら……。それを渡せていたら、なにか違ってたかな……」


 春香は、いつの間にか恋を駆け引きだと割り切るようになった。

 もしかしたら、作りかけた手編みのマフラーを捨てたときから、そうなってしまったのかもしれない。

 

 もし想いの強さが恋の勝敗を分けるのだとしたら、もう勝負は……。

 ……いや。

 負けてない。

 負けてなるものか。

 

 占い師は言っていた。

『あなたがやるべきだと思ったことを信じて行いなさい』

 その行動が運命の人――つまり礼二郎へとつながるのだと。

 

 やるべきこと……。

 いったいなんのことか、今はわからない。

 だがそれが見つかったなら、そのときは――今度こそは迷わない。

 失敗を恐れず、まっすぐに。

 今度こそ作るんだ。

 今度こそ渡すんだ。

 不格好でもいい。人に笑われてもいい。

 わたしに作れる『手編みのマフラー』を、大好きな人へ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 さらに15分経過した頃、思い人が戻ってきた。

 春香はすぐに立ち上がり、走った。

 

 まるで初恋の相手との初デートの待ち合わせみたいだ。

 春香には礼二郎しか見えていなかった。

 礼二郎の首にはマフラーが巻いてある。

 ライバルからのプレゼントは、きちんとその役目を果たしていた。

 どうやら無事見つかったらしい。

 一瞬、春香の胸がチクリとした。

 だが再び大好きな人の側に行ける喜びが、すぐにその痛みを消し去る。

 

(また一緒にお話しできるんだ! 一緒に歩けるんだ!) 

 

 そう思うと、まるで全身が心臓になったようにドキドキしていた。


 しかしそれは近くで礼二郎の顔を見るまでだった。


「礼二郎……君?」


「春香さん……これ、例の占い師から……」


 礼二郎は側に来た春香を見るなりそう言って、二つ折りにされた1枚の紙を差し出した。


 一目で異常だとわかった。

 礼二郎の目は、光を失ったかのように虚ろだった。

 いつもの強い意志を宿した瞳ではない。


「礼二郎君、なにをされたの!?」


 両手で肩を掴んだ春香の問いに、礼二郎は焦点の定まらない視線を返すのみだった。

 ただごとではない。

 

 いくら呼びかけても要領を得ない春香は紙を受け取った。

 それは手紙だった。

 そこに書かれた文章を読む。


「なによ、これ……」


 春香の顔から血の気が引いた。


「礼二郎君、戻るわよ!」


 春香が礼二郎の手を引き、早足で歩き出した。

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