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第63話 【怪しすぎる館】

「は、春香さん、くっつきすぎだ」


「だって、あの男が見てるかもしれないし」


 春香は浮ついた口調でそう言いながら、礼二郎の左腕に抱きつき歩いている。

 オシャンティーなカフェを出てから、ずっとである。


「しかし、あの店も粋なことをしてくれる」


 春香の胸部は、冬の厚着にもかかわらず存在を主張した。

 その弾力を確かに感じつつ、礼二郎は言った。

 礼二郎の口調も、テンション高めである。

 決して、オッパイがポヨンポヨンと腕に当たっているからではない。


 春香の元彼とのゴタゴタ後、キチンと珈琲を最後の一滴まで飲み干し、会計をしようとしたときのことだ。

「お代は結構です。本日は当店がいたらぬばかりに、不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

 と、アイドル顔負けの美女店員が、深々と頭を下げたのだ。


 さらに店を出る際、給仕してくれたイケメン店員がドアを開けつつ

「次はもっといい豆を仕入れておきますね。またのご来店、心よりお待ちしております」とウインクをした。

 礼二郎が女なら、石狩鍋が瞬間沸騰するがごとく、恋に落ちていたであろう。


 先のトラブルがあったにもかかわらず、ふたりが上機嫌なのは、そのためだ。

 礼二郎のサイフには、ダンジョンマネーがそれなりに入っている。

 なので会計の心配はしていなかった。(イライアにダンジョン素材を換金してもらった)

 とは言え、店からの真心サービスは思った以上に心地が良かった。


「うん、やっぱり一流の店って、ひと味違うわね。コーヒーショップだけに」


 潤んだ瞳の春香が礼二郎の顔を見て、うまいこと言った。

 春香の表情は、トロットロにとろけている。

 初孫を見守るおばあちゃんでも、ここまでトロけはすまい。


 女性関係にとんでもなく鈍感なチェリーだが、これは気付く。

 春香は礼二郎に惚れている。

 もしかしたらと思っていたが、これはもう間違いない。

 となると、礼二郎には言うべきことがある。


「春香さん、実は……」


 礼二郎が立ち止まり、真剣な面持ちで話を切り出すと


「知ってるわ。彼女がいる――でしょ?」


 ニコリと微笑みながら、春香が言った。


「どうしてそれを?」と言いつつも、礼二郎は予想していた。


「その手編みのマフラーよ。素敵な彼女さんね」


 そうなのだ。

 礼二郎はかりそめの恋人、幼馴染みの同級生、菊水こず枝からもらったマフラーを首に巻いて、このデートに臨んでいたのだった。


「すまない。もっと早く言うべきだった」


「関係ないわ」


「え?」


「関係ないのよ。君に彼女がいるかなんて。気付いてると思うけど、わ、わたしは……その、き、君が好きなの。だから、わたしは君の側にいたいの。りゃ、略奪とかじゃなくて、ただ側にいたいのよ」


 なんと真っ昼間の街中で堂々と、そして勇気を振り絞った愛の告白であった。

 春香は耳まで真っ赤になっている。

 ここまでハッキリとチェリーへの好意を言葉にしたのは、春香が初めてではなかろうか。


「だが春香さん、さっきの男が結婚してるからって……」


「あの男だとダメなのよ。結婚してるってわかった瞬間、冷めちゃったわ。でもね、礼二郎君」

 春香が力強い眼差しで礼二郎を見つめ、言った。

「君は違うの。不思議ね。もし君が結婚してたとしても、わたしは君に夢中になっていたと思うわ。君のパートナーには申し訳ないと思うのだけど」


「でも、それじゃあ春香さんが……」


「いいの。わたしが好きでそうしたいと思ってるんだから、君が気に病む必要はないわ。それとも、こんな年上の女に想われるのはイヤ?」


「は、春香さんみたいな美人に想われてイヤなわけないだろう」


「わたし、美人かな?」


「ああ、間違いないな」


「きゃぁぁぁっ! うれしい! 君に言われると、飛び上がるほどうれしいわ!」


 そう言って満面の笑みになった春香が、さらに腕を強く抱きしめた。

 ムニィッ! 豊満なバストが礼二郎の腕に押しつけられる。


「グハァッ! は、春香さん、少し離れてくれないか! む、胸が……」


 チェリーが少し前屈みになる。


「……もしかして興奮、してるの?」


「そ、そんにゃことはない!」


 礼二郎は噛んだ。


「ねぇ」

 春香が礼二郎の耳に顔を近づけ、囁いた。

「二人っきりになれる場所、行く?」

 

「い、いかん! それはいかん! 行かないという意味ではなくいかん! いや、行くのがいやというわけじゃなく、行きたくないといえば嘘になるのであって……。な、なにを言ってるんだ、僕は!」


「ふふふ、冗談よ」


 そう言って腕を放した春香が、ペロりと舌を出した。


「じょ、冗談か。からかわないでくれ。そりゃそうだな。僕は高校生なんだ。そもそも条例が……」


「それも関係ないわ」


「へ? か、関係ないことはないだろう」


「関係ないのよ。君と結ばれるなら、刑務所に入ったって構わない」


「け、刑務所だって? いくらなんでもそれは……」


「なんてね!」

 春香が再び礼二郎の腕に抱きついて、言った。

「ねぇ、これも冗談だと思う?」


「……」


 礼二郎は答えられなかった。

 春香の声には確かな覚悟が込められていた。

 おそらく、その言葉に嘘はないのだ。


「あ、あと、さっきの男とはなにもなかったからね」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ふたりはそれから、とりとめもない話をしながら街を散策した。

 礼二郎が春香の気持ちに応えられないのならば、早々に切り上げるべきである。

 実際、礼二郎はそう切り出そうとした。

 だが名目上、今日のデートは春香への恩返しなのだ。(※見ず知らずの礼二郎へ1万円も貸してくれた恩である)

 春香にそれを言及されると、義に厚い礼二郎はなにも言えなくなった。

 

 それに礼二郎は純粋に春香とのデートを楽しんでいた。

 聞くと、春香は礼二郎の兄である源太と同じ年齢であった。


(兄ちゃんと最後に楽しく会話したのは……事故の前か)

 

 会話するたびに懐かしいような感覚に陥るのは、だからであろうか。


「へぇ、君は三人兄妹なんだね。あれ? ねぇ、礼二郎君、あの店……」


「ん?」


 春香が言葉を止めて前方を指さした方向を見やると、一軒の店があった。


「な、なんだあの店は」


 オシャレな街並みにそぐわない、いかがわしい外観の店だった。

【絶対当たる!】【返金保証制度あり!】

 などと、派手な色で、でかでかと書かれている。


 なんの店かと近づいてみると、ドアの上に小さくこんな文字が。


【美人占い師の館】


 つまり、ここはどうやら占いの店らしい。


「な、なんという怪しい店だ」


 礼二郎は呟いた。

 よく見ると、【当たるも八卦、当たらぬも八卦】とも書かれている。

 最初に見た【絶対に当たる!】の言葉と矛盾しているのではないだろうか。

 自分で美人と書いている点からしても、中にいるのはまともな人物ではあるまい。


「……でも、この場所って一等地、だよね?」


「それなりに儲けがあるってことか。つまりインチキではない?」


 人格に難があるにしても、それがイコール能力の欠如とはならない。

 あくまで礼二郎の主観だが、逆に一芸に秀でた者は、人格が破綻しているケースの方が多いような気もする。

 道を究めんとするあまり、常識を身につけるためのリソースが足りなくなるのであろうか。


「ねぇ、わたし無性に入ってみたいんだけど、おかしいかな?」


「なぜだろうな。僕も同じ気持ちだ」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「見える! 見えますわ! 条例違反の香りがプンプンしますわ!」


 店内に入るなり、そんな声が聞こえた。

 若い女性だろうか。

 美しい声と言ってもいい。

 だが礼二郎はその声を聞くと、なぜかイラッとした。

 それに、見えると言いつつ、香りがするとはどういうことだ。

 たったひと言で、これだけイラつかせるとはただ者ではないな、と礼二郎は思った。


 薄暗い店内はお香を焚いているのか、エスニックな匂いが充満していた。

 ビーズで出来た暖簾の間仕切り。

 その向こうには、大きなテーブルにひとりの人物が腰を下ろしている。


「ね、ねぇ、いきなり当たってるよ」


 春香が怯えた声をだした。


「いや、これは防犯カメラで僕達を観た上での発言じゃないのか? そ、それに、そもそも条例に違反するようなことはしていないぞ」


「あ、そう言えばまだしてないわ」


「ままま、まだって!」


「ふふ、冗談だってば。()()()。それでどうする? 引き返す?」


「いいい、今はって! ……コホン、いや、このまま入ろう。僕がインチキ占い師の化けの皮を剥がしてやる」


 礼二郎がいつになく好戦的に言った。

 なぜ自分がイライラしているのか、突き止めたかった。


(もしかすると……)


 礼二郎にはひとつだけ心当たりがあった。

 だが、それが的中するということは……。

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