第58話 【二度目のダンジョンとチェリーの貯蓄額】
「《ファイアボール》!」
こず枝の右手から火の玉が飛び出し、スライムが炎に包まれる。
「普通のスライムばっかり」
三匹目のスライムを倒したこず枝が、つまらなそうに言った。
こず枝は少し機嫌が悪かった。
ダンジョン攻略の時間が、昨日より短いからだろうか。
と、いうのも、こず枝が年配の刑事に捕まったからだった。
逮捕されたわけではなく、礼二郎のことをいろいろと聞かれたらしい。
(年配の刑事……つまり、田中さんか。カンの鋭そうな人だったな)
もしかしたら、こず枝の言動から、なにか気付いたかも知れない。
(まあ、そのときはそのときだ)
礼二郎は特に心配していなかった。
いざとなれば記憶を操作すればいいのだ。
「この階層のユニークモンスターは狩り尽くしたってことだろう」
スッキリ爽快な顔をした礼二郎が言った。
ベータと何があったのかは、墓まで持って行く所存である。
ひとつだけ言っておくと、礼二郎はいまだチェリーである。
「へ? そうなの?」
「こず枝様。ユニークモンスターは再発生するのに時間がかかるんです。――《素材回収》」
先ほど倒したスライムのアイテムを魔法で回収をしながら、ロリが言った。
「うむ、昔見た文献によると、個体差はあるが、最低でも一月は生まれないらしいな」
「なんだ。この洞窟ってユニークモンスターだらけかと思ったら違うんだ」
「昨日狩った6匹だけでもすごいことですよ?」
「【ゴールデンスライム液】が6匹分も回収できたんた。これ以上贅沢言ったら罰が当たるぞ」
「ロリちゃんが回収してくれたやつね。でも、それってなんの役に立つの?」
「最高級護符を作ったり、高等魔方陣を書くのに使う素材だ。こず枝が龍神様に貢がせた師匠の護符にも【ゴールデンスライム液】が使われてるな」
「ちょ! 言い方! 貢がせたなんて聞こえが悪いわ! 間違ってはないんだけど……。でも、そんないい素材も、わたしが持ってたんじゃ宝の持ち腐れね」
「こず枝様。イライア様に買い取っていただいては?」
「え? イライアさん、買い取りなんてしてくれるの?」
「師匠はいい品物なら、高く買い取ってくれるぞ」
「ち、ちなみに【ゴールデンスライム液】は、おいくら万円かしら?」
「市場の相場が金貨10枚でしたから、買い取りは金貨8枚万円くらいだと思います」
「えぇぇぇっ! じゃ、じゃあ、昨日一日だけで80万円ッ!?」
「違うぞ、こず枝。それは一匹分だ。つまり、昨日の稼ぎは6匹分で480万円だ」
カンッ……カンカンカン……。
こず枝の手から剣が滑り落ち、金属音が響き渡った。
「こず枝様?」 「こず枝、どうした?」
「…………」
こず枝が口をポカンと開け、固まっている。
礼二郎が近寄り、目の前で手を振ってみた。
しかし反応がない。
瞬きすら忘れた大きな瞳を覗き込むと、瞳孔がパッカーンと開いていた。
「れいじろう様、こず枝様の意識がどこかへ逝ってしまわれました」
「うむ、額が額だけに、衝撃が過ぎたか。無理矢理連れ戻すのもなんだし、自然に戻るのを待つとするか」
――5分後――
「ジャンケンポン! あっち向いてホイッ! きゃーっ! またロリの勝ちですぅ!」
「くっ! レベルが……レベルが戻りさえすれば! ん?」
地べたに座り込んであっち向いてホイを20戦全敗したチェリーが、こず枝の様子に気付いた。
少しだが指が動いている。
「どうやら戻って来たようだな。おかえり、こず枝」
「こず枝様、おかえりなさいませ」
「ハッ! た、ただいま! なんだか夢を見てたみたい。ねぇ、聞いてくれる? 一日で480万円が手に入る夢だったのよ。笑っちゃうわよね。あはは」
「こず枝、それ夢違う」 「こず枝様、現実です」
「夢……じゃないの?」
「うむ」 「はい」
「き……」 こず枝が呟いた。
「「き?」」
ロリ&チェリーが聞き返す。
こず枝が大きく息を吸い込んだ。
ロリ&チェリーは耳を塞いだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
こず枝が絶叫した!
「すごいすごいすごい! 一日で480万円ッ!? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ど、どうしよう! ねぇ、なに買えばいいかな?」
「お、落ち着け、こず枝。無理に金を使わなくてもいいんだ。それに派手に使ったら、税務署に怪しまれるぞ。あと最初に説明した通り、このダンジョンでの稼ぎはみんなで山分け、つまり5等分だからな」
「それにしたって、ほぼ100万円だよ? って、あれ? レイにロリちゃん、イライアさんにシャリーちゃん、セレスさんとわたしで……6等分じゃないの?」
「イライア様は、取り分を辞退されるそうです」
「師匠は十分お金持ちだからな」
実は礼二郎も辞退しようとした。
だが、辞退する理由を訊かれても答えられないので、受け取ることにした。
「100万の取り分を辞退するって、どんだけぇッ! ――それより、どうしてふたりは喜ばないのよぉ! わたしひとりだけはしゃいで、バカみたいじゃない!」
「えっと、ロリはお金に興味ありませんので」
「う、うれしくないわけじゃないんだ。ただ、向こうの生活が長かったせいか、金銭感覚が麻痺してしまってな」
「へ? レイって、向こうじゃお金持ちだったの?」
「あ、それはロリも伺いたいです。れいじろう様、その手のことは全然教えてくれないんですよ」
「ま、まあ、ボチボチだ」
礼二郎は言葉を濁した。
《次元収納》に放り込んである金貨は、2万枚を超えている。
日本円換算で、なんと20億円である。
女神に欲望制御されるまでもなく、今更お金が欲しいとは思わない貯蓄額だ。
しかしこれを言うと、とんでもないことになる気がした。
特に、ミス俗物の異名を持つ、物欲の権化である愚妹の加代に知られようものなら、その日から大萩家の生活が、バブル期の日本経済になってしまうだろう。
近所のコンビニへタクシーで乗り付け、一万円のおつりをチップで渡したりするに違いない。
隣町の激安スーパーへタクシーで乗り付ける離れ業を披露するかも知れない。
あまり知られていないことだが、実は一定の額を超えるお金の使い方には、訓練が必要なのだ。
そして、妹にその訓練を課す気はサラサラなかった。
この莫大な財産が、狩りの分け前を辞退しようとした理由だ。
もっとも、数々の神器やレアアイテムを売れば、さらに桁が2つ変わってくるだろう。
(こず枝を信用しているが、これは言わない方がいいだろう)
分を超えた財は身を滅ぼし、人を狂わす。
実際にその光景をなんども見てきた。
礼二郎がお金持ちとわかっても、こず枝の態度は変わらないかもしれない。
だが、変わるかも知れないのだ。
礼二郎は、それを危惧した。
「金貨を沢山持ち帰ってたら、今頃お金持ちだったのにねー」
「こず……」
残念そうなこず枝に、ロリがなにか言おうとした。
が、礼二郎はそれを目配せで止めた。
「そうだな。金貨10枚くらい、持って帰ればよかったよ。ハハハ」
チェリーが、わざとらしい笑い声を上げた。
(まあ、金貨を換金しようとも思わないし、貧乏なのは変わらないがな)
次回更新未定。
少し全体を見直します。




