第48話 【ダンジョン&ドラゴン&女子高生】
外が暗くなった頃、イライア、ロリ、シャリーが帰ってきた。
その3人(主にイライア)を、爛々と目を輝かせたこず枝が出迎えた。
早く早く、と急かすこず枝に、やれやれとばかりにイライアは応じた。
置いてけぼりにするなんてひどいではないか、と不満を言うセレスも連れ立ち、皆でイライアの部屋へ移動した。
セレスのエプロン姿は、不思議なほど違和感がない。
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「準備はよいか?」
魔女装束に一瞬で着替えたイライアが、全員の顔を見渡した。
一番小さな人物が、はい、と元気に返事をした。
「ロリは大丈夫ですッ」
露出の多い服に着替えたロリが、視線をこず枝に移す。
「わたしもオッケーよッ。ねぇ、わたし今、ものすごくかっこよくない? なんだかすごくファンタジーしちゃってるんですけどッ」
こず枝の興奮は最高潮だった。
レザーアーマーを着込んだ姿を、大きな鏡でうれしそうに眺めた。
腰には立派な剣を携えている。
まあそうなるよな、と冷静に考えながら、礼二郎は少し厳しい口調で言う。
「気持ちはよくわかるが、気を抜くんじゃないぞ。一瞬の油断が命の関わるんだからな」
言った礼二郎も、同じくレザーアーマーを着込んでいる。
その腰にも、やはり剣が下がっていた。
そこへ、にゃにゃ、と声がした。
「アチシのお古がぴったりでよかったにゃん。いやー、アチシも行きたかったのに残念にゃんッ」
異世界服を着た猫耳娘――シャリーが残念そうじゃない口調で言った。
そんなシャリーをあきれ顔で見つめる金髪美人が、はあ、と息を吐いた。
「シャリー、あれだけ行きたくないとダダをこねておきながら、よくもまぁそんなことを……。――こず枝殿、油断召されるなッ。ダンジョンは死と隣り合わせなのだぞ? 剣だけではなく、わたしの鎧を着せたかったのだが、フルプレートアーマーはこず枝殿には重すぎるしな」
不安そうな顔で、エプロン姿のセレスが、こず枝を見つめる。
大丈夫大丈夫、と緊張感の欠片もないこず枝に、同じく不安な表情の魔女イライアは、コホンと咳払いをした。
「シャリーにセレス、留守は頼んだぞ。――では行くぞ。《ゴル、プルテ、サイラ、イモーネ……》」
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「むっ、これは……」
亜空間ゲートから出た魔女イライアが声を上げた。
次に出てきたロリが、目を丸くする。
「人がいっぱいですッ」
ロリの視線の先には、大勢の人間が、何やら難しい顔で動き回っていた。
驚くロリの次に出てきたのは、こず枝だった。
「だ、大丈夫なの? カメラとかもあるんだけど……」
出てくるなりぎょっとしたこず枝が不安そうな声を上げた。
そこへ礼二郎が現れた。
顎に手を当て、周りを見渡すと、ふむ、と礼二郎は何かを納得した。
「これは、龍神様の結界だな。――こず枝、大丈夫だ。向こうから、こちらの姿は見えない」
礼二郎が、一番近くの人間に近づいた。
白衣を着た人物が、探知機のような機械を礼二郎達の方へ向けている。
男性のすぐ前に立ち、礼二郎は相手の眼前で手を振った。
「うむ、大丈夫みたいだな。さすが龍神様の結界だ」
その言葉通り、白衣の男性は、礼二郎達に気づいた素振り見せなかった。
不安そうなこず枝へ、マジッ○ミラー号みたいなものだ、と礼二郎は説明しようとした。
だが、倫理的にどうかと思ったので、マジックミラーみたいなものだ、と言うにとどめた。
その時、なんと、と呟き、イライアが少し意外そうな顔をした。
「こうも早く【次元迷宮】の入り口を見つけるとはのう。この世界の住民を侮っておったわい」
「なんだか怖い顔をした男の人が大勢います。盗賊でしょうか?」と、ロリ。
「ロリ、盗賊違う。あれは自衛隊――この国の軍人さん達だ。どうやら水面下で政府の調査が進んでいたらしいな」と、礼二郎。
「だ、大丈夫なのッ? 大砲とか撃ち込まれたらヤバいんじゃないッ?」と、こず枝。
「こず枝や。龍神の結界をあなどるでない。この結界を破れるものなど、あちらの世界でも数えるほどじゃ」と、イライア。
「僕の知ってる限り、龍神様以外でこの結界を破れるのは三人。師匠と僕と剣帝エバンスさんだけだ。たとえ核ミサイルでもこの結界は破れまい」と、得意げなチェリー。
「エバンス様ですか……。ロリはあの人……苦手です」と、顔をしかめた幼女。
「剣帝エバンス? あぁ、あのしゃれにならぬほど口の臭い男か。ふむ、たしかにあやつならばこの結界を破れるじゃろうな。この世界にいれば、の話じゃがな」と、こじらせ魔女。
エバンスさん、と礼二郎は呟いた。
話題に上がったからであろうか。
ふと、あの懐かしくも凄まじい口臭が、鼻に届いた気がした。
(エバンスさんか……。ふっ、まさかな……)
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「へぇ、洞窟の中なのに明るいのね……。――え? こっちじゃないの?」
洞窟の中で、前方を指さし、皮装備の女子高生が声を上げた。
目の前では、道がふたつに分かれており、こず枝が左の道を指している。
その左の道は、三人並んで進めるほど道幅は広く、地面は踏み固まれたように足場がよかった。
一方、右の道は、一人進むのがやっとなほど狭く、足下にはゴロゴロと岩が転がっている。
ちなみに、魔女イライアはいない。礼二郎達を送り届けると、さっさと帰って行ったのだ。
こず枝の疑問には、薄着過ぎる褐色少女が、答えた。
「明るいのは【ダンジョンヒカリゴケ】のおかげですよ。それに、こず枝様、そちらの道は“龍神様の鱗”を持っていない人用です」
ロリの言葉に、礼二郎が眉を顰めた。
「そっちの道は地獄だぞ? まったく……1年でなんど死にかけたことか……」
苦々しい表情を浮かべたまま、狭い道へ進む。
頭をぶつけないように注意しながら、こず枝は声を上げた。
「い、1年? 1年も洞窟にこもってたのッ?」
「こず枝様。【次元迷宮】は数あるダンジョンの中でも、トップクラスの難易度なんです。1年で攻略できるなんて、すごいことなんですよ」
「ふっ、よすんだ、ロリ。まるで自慢のように聞こえるじゃないか。まぁこのダンジョンは甘くないからな。僕の記録は未来永劫破られることはないだろう、ナッハッハッ。そもそもダンジョンというのはだな……」
礼二郎が、何やらブツブツと語り出した。
適当にそれを聞きながら、こず枝は、歩を進める。
「そんなに大変な場所なのね。イライアさんに残ってもらえばよかったわ。――あれ? ロリちゃんそっちって……」
こず枝はの視線は、前を進むロリへと向いている。
健康的な肌を惜しげもなく晒す美少女は、道の脇にある、小さな穴へと進む。
「こず枝様、こっちです。この部屋にお入り下さい」
ロリの誘導に従い、こず枝は穴に進む。
130センチほどのロリは、身を屈め、歩む。
それほど、天井は低い。
頭をぶつけないように注意しながら10メートルほど進むと、天井が急に高くなった。
そこは、自然な洞窟のなかにあって、不自然に人工的な部屋であった。
その部屋の中央で、こず枝様、ここです、とロリが床を示した。
「……ダンジョン攻略に……モンスターが……食料を……ブツブツ」
最後に部屋へ入った礼二郎が、腕を組み、まだ語っている。
それをあきれ顔で、こず枝は見やる。
「レイ、なにをブツブツ言ってるのよッ。ねぇ、ロリちゃん、指示通り入ったけど、ここは行き止まりじゃ……え?」
そこまで言うと、こず枝が驚きの声を上げた。
直径二メートルほどの円が、ぼんやりと床に浮かび上がったのだ。
そして、こず枝の足下から、金色の強い光がいくつも走った。
光の軌跡が線になり、円の中に複雑な幾何学模様を描いて行く。
こず枝は、立ち尽くしたまま、光の動きを目で追い続ける。
「きゃッ。な、なにッ?」
声を上げたこず枝の足下、紋様の完成した円が、さらに輝きを放った。
ぴょん、とロリがそこへ飛び乗る。
「れいじろう様ッ。早くしないと置いてかれちゃいますッ」
焦るロリの視線の先では、まだ腕を組みぶつぶつと呟く礼二郎。
「ブツブツ……ハッ。いかんッ、転移が始まってるぅッ」
礼二郎が急いで飛び乗る。
瞬間、こず枝の目に映る部屋の輪郭が、ロリの身体が、礼二郎の顔が、歪んでいく。
「きゃぁぁぁぁぁッ」
そして、唐突に足下から地面が消失し――こず枝の意識が落ちた。
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「うッ」
呻き、礼二郎が目を開ける。
まず目にしたのは、微動だにせず、礼二郎の足下に横たわる、こず枝だった。
礼二郎は、慌てて、こず枝の呼吸を確認し、ほっと息を吐いた。
「――気絶してるだけか……。しかし、ここは、まさか……」
礼二郎が、愕然とした表情で周囲に目を向けた。
すぐ後ろには、ロリが立っていた。
「れ、れいじろう様、こ、ここはッ?」
ロリが叫ぶように声を上げた。
その眼前広がるは、地下とは思えぬほど広大な空間。
れいじろう様、と震える声で、ロリが、礼二郎を仰ぎ見た。
礼二郎は、ロリに小さく頷く。
この場所は、と礼二郎が呟いた、その時――
ズーンッ
――巨大なものが、地面を揺らし、目の前に降り立った。
『よくぞ我が迷宮を攻略した、勇敢なる者達よッ』
高らかに宣言する、この巨大な物体の正体は……。
――龍神サンダルパス=アルシエラ――。
なんと、ここはダンジョン最深部【龍神の間】だった。
攻略タイム:0秒。
超難関ダンジョン【次元迷宮】
その攻略記録が、更新された瞬間である。
礼二郎は、呆然と呟いた。
「な、なんという茶番劇……」




