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第48話 【ダンジョン&ドラゴン&女子高生】

 外が暗くなった頃、イライア、ロリ、シャリーが帰ってきた。

 その3人(主にイライア)を、爛々と目を輝かせたこず枝が出迎えた。

 早く早く、と急かすこず枝に、やれやれとばかりにイライアは応じた。

 置いてけぼりにするなんてひどいではないか、と不満を言うセレスも連れ立ち、皆でイライアの部屋へ移動した。

 セレスのエプロン姿は、不思議なほど違和感がない。


 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


 

「準備はよいか?」 

 

 

 魔女装束に一瞬で着替えたイライアが、全員の顔を見渡した。

 一番小さな人物が、はい、と元気に返事をした。

 

 

「ロリは大丈夫ですッ」


 

 露出の多い服に着替えたロリが、視線をこず枝に移す。


  

「わたしもオッケーよッ。ねぇ、わたし今、ものすごくかっこよくない? なんだかすごくファンタジーしちゃってるんですけどッ」

 

 

 こず枝の興奮は最高潮だった。

 レザーアーマーを着込んだ姿を、大きな鏡でうれしそうに眺めた。

 腰には立派な剣を携えている。

 まあそうなるよな、と冷静に考えながら、礼二郎は少し厳しい口調で言う。

 


「気持ちはよくわかるが、気を抜くんじゃないぞ。一瞬の油断が命の関わるんだからな」

 

 

 言った礼二郎も、同じくレザーアーマーを着込んでいる。

 その腰にも、やはり剣が下がっていた。

 そこへ、にゃにゃ、と声がした。

 


「アチシのお古がぴったりでよかったにゃん。いやー、アチシも行きたかったのに残念にゃんッ」


 

 異世界服を着た猫耳娘――シャリーが残念そうじゃない口調で言った。

 そんなシャリーをあきれ顔で見つめる金髪美人が、はあ、と息を吐いた。

 


「シャリー、あれだけ行きたくないとダダをこねておきながら、よくもまぁそんなことを……。――こず枝殿、油断召されるなッ。ダンジョンは死と隣り合わせなのだぞ? 剣だけではなく、わたしの鎧を着せたかったのだが、フルプレートアーマーはこず枝殿には重すぎるしな」


 

 不安そうな顔で、エプロン姿のセレスが、こず枝を見つめる。

 大丈夫大丈夫、と緊張感の欠片もないこず枝に、同じく不安な表情の魔女イライアは、コホンと咳払いをした。

 


「シャリーにセレス、留守は頼んだぞ。――では行くぞ。《ゴル、プルテ、サイラ、イモーネ……》」

 



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 


「むっ、これは……」

 


 亜空間ゲートから出た魔女イライアが声を上げた。

 次に出てきたロリが、目を丸くする。

 


「人がいっぱいですッ」



 ロリの視線の先には、大勢の人間が、何やら難しい顔で動き回っていた。

 驚くロリの次に出てきたのは、こず枝だった。

 


「だ、大丈夫なの? カメラとかもあるんだけど……」



 出てくるなりぎょっとしたこず枝が不安そうな声を上げた。

 そこへ礼二郎が現れた。

 顎に手を当て、周りを見渡すと、ふむ、と礼二郎は何かを納得した。

 


「これは、龍神様の結界だな。――こず枝、大丈夫だ。向こうから、こちらの姿は見えない」


 

 礼二郎が、一番近くの人間に近づいた。

 白衣を着た人物が、探知機のような機械を礼二郎達の方へ向けている。

 男性のすぐ前に立ち、礼二郎は相手の眼前で手を振った。

 


「うむ、大丈夫みたいだな。さすが龍神様の結界だ」



 その言葉通り、白衣の男性は、礼二郎達に気づいた素振り見せなかった。

 不安そうなこず枝へ、マジッ○ミラー号みたいなものだ、と礼二郎は説明しようとした。

 だが、倫理的にどうかと思ったので、マジックミラーみたいなものだ、と言うにとどめた。

 その時、なんと、と呟き、イライアが少し意外そうな顔をした。

 

 

「こうも早く【次元迷宮】の入り口を見つけるとはのう。この世界の住民を侮っておったわい」


「なんだか怖い顔をした男の人が大勢います。盗賊でしょうか?」と、ロリ。


「ロリ、盗賊違う。あれは自衛隊――この国の軍人さん達だ。どうやら水面下で政府の調査が進んでいたらしいな」と、礼二郎。


「だ、大丈夫なのッ? 大砲とか撃ち込まれたらヤバいんじゃないッ?」と、こず枝。


「こず枝や。龍神の結界をあなどるでない。この結界を破れるものなど、あちらの世界でも数えるほどじゃ」と、イライア。


「僕の知ってる限り、龍神様以外でこの結界を破れるのは三人。師匠と僕と剣帝エバンスさんだけだ。たとえ核ミサイルでもこの結界は破れまい」と、得意げなチェリー。


「エバンス様ですか……。ロリはあの人……苦手です」と、顔をしかめた幼女。


「剣帝エバンス? あぁ、あのしゃれにならぬほど口の臭い男か。ふむ、たしかにあやつならばこの結界を破れるじゃろうな。この世界にいれば、の話じゃがな」と、こじらせ魔女。

 


 エバンスさん、と礼二郎は呟いた。

 話題に上がったからであろうか。

 ふと、あの懐かしくも凄まじい口臭が、鼻に届いた気がした。

 


(エバンスさんか……。ふっ、まさかな……)

 



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 



「へぇ、洞窟の中なのに明るいのね……。――え? こっちじゃないの?」


 

 洞窟の中で、前方を指さし、皮装備の女子高生が声を上げた。

 目の前では、道がふたつに分かれており、こず枝が左の道を指している。

 その左の道は、三人並んで進めるほど道幅は広く、地面は踏み固まれたように足場がよかった。

 一方、右の道は、一人進むのがやっとなほど狭く、足下にはゴロゴロと岩が転がっている。

 ちなみに、魔女イライアはいない。礼二郎達を送り届けると、さっさと帰って行ったのだ。

 こず枝の疑問には、薄着過ぎる褐色少女が、答えた。

 

 

「明るいのは【ダンジョンヒカリゴケ】のおかげですよ。それに、こず枝様、そちらの道は“龍神様の鱗”を持っていない人用です」


 

 ロリの言葉に、礼二郎が眉を顰めた。

 


「そっちの道は地獄だぞ? まったく……1年でなんど死にかけたことか……」


 

 苦々しい表情を浮かべたまま、狭い道へ進む。

 頭をぶつけないように注意しながら、こず枝は声を上げた。

 


「い、1年? 1年も洞窟にこもってたのッ?」


「こず枝様。【次元迷宮】は数あるダンジョンの中でも、トップクラスの難易度なんです。1年で攻略できるなんて、すごいことなんですよ」


「ふっ、よすんだ、ロリ。まるで自慢のように聞こえるじゃないか。まぁこのダンジョンは甘くないからな。僕の記録は未来永劫破られることはないだろう、ナッハッハッ。そもそもダンジョンというのはだな……」


 

 礼二郎が、何やらブツブツと語り出した。

 適当にそれを聞きながら、こず枝は、歩を進める。

 


「そんなに大変な場所なのね。イライアさんに残ってもらえばよかったわ。――あれ? ロリちゃんそっちって……」


 

 こず枝はの視線は、前を進むロリへと向いている。

 健康的な肌を惜しげもなく晒す美少女は、道の脇にある、小さな穴へと進む。

 


「こず枝様、こっちです。この部屋にお入り下さい」



 ロリの誘導に従い、こず枝は穴に進む。

 130センチほどのロリは、身を屈め、歩む。

 それほど、天井は低い。

 頭をぶつけないように注意しながら10メートルほど進むと、天井が急に高くなった。

 そこは、自然な洞窟のなかにあって、不自然に人工的な部屋であった。


 その部屋の中央で、こず枝様、ここです、とロリが床を示した。


 

「……ダンジョン攻略に……モンスターが……食料を……ブツブツ」


 

 最後に部屋へ入った礼二郎が、腕を組み、まだ語っている。

 それをあきれ顔で、こず枝は見やる。

 


「レイ、なにをブツブツ言ってるのよッ。ねぇ、ロリちゃん、指示通り入ったけど、ここは行き止まりじゃ……え?」

 

 そこまで言うと、こず枝が驚きの声を上げた。

 直径二メートルほどの円が、ぼんやりと床に浮かび上がったのだ。

 そして、こず枝の足下から、金色の強い光がいくつも走った。

 光の軌跡が線になり、円の中に複雑な幾何学模様を描いて行く。

 こず枝は、立ち尽くしたまま、光の動きを目で追い続ける。

 


「きゃッ。な、なにッ?」

 


 声を上げたこず枝の足下、紋様の完成した円が、さらに輝きを放った。

 ぴょん、とロリがそこへ飛び乗る。

 


「れいじろう様ッ。早くしないと置いてかれちゃいますッ」


 

 焦るロリの視線の先では、まだ腕を組みぶつぶつと呟く礼二郎。

 


「ブツブツ……ハッ。いかんッ、転移が始まってるぅッ」

 


 礼二郎が急いで飛び乗る。

 瞬間、こず枝の目に映る部屋の輪郭が、ロリの身体が、礼二郎の顔が、歪んでいく。

 


「きゃぁぁぁぁぁッ」


 

 そして、唐突に足下から地面が消失し――こず枝の意識が落ちた。

 




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




 

「うッ」

 


 呻き、礼二郎が目を開ける。

 まず目にしたのは、微動だにせず、礼二郎の足下に横たわる、こず枝だった。

 礼二郎は、慌てて、こず枝の呼吸を確認し、ほっと息を吐いた。

 


「――気絶してるだけか……。しかし、ここは、まさか……」

 

 

 礼二郎が、愕然とした表情で周囲に目を向けた。

 すぐ後ろには、ロリが立っていた。

  


「れ、れいじろう様、こ、ここはッ?」

 

 

 ロリが叫ぶように声を上げた。

 その眼前広がるは、地下とは思えぬほど広大な空間。

 れいじろう様、と震える声で、ロリが、礼二郎を仰ぎ見た。

 礼二郎は、ロリに小さく頷く。

 この場所は、と礼二郎が呟いた、その時――


 ズーンッ


 ――巨大なものが、地面を揺らし、目の前に降り立った。

 


『よくぞ我が迷宮を攻略した、勇敢なる者達よッ』



 高らかに宣言する、この巨大な物体の正体は……。

 ――龍神サンダルパス=アルシエラ――。

 なんと、ここはダンジョン最深部【龍神の間】だった。

 


 攻略タイム:0秒。

 

 

 超難関ダンジョン【次元迷宮】

 その攻略記録が、更新された瞬間である。

 礼二郎は、呆然と呟いた。

 


「な、なんという茶番劇……」


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