第46話 【ネタばらし】
菊水こず枝の行動は早かった。
恋人(仮)へお弁当を渡しに出向いたときのことだ。
(ど、どうなってるの!?)
こず枝は1年2組の異常な空気に一瞬で気付いた。
女子全員の礼二郎を見る目が、ハートマークになっていたのだ!
しかも礼二郎のことを『大萩様』と……。
礼二郎もそれに気付いているらしく、いつもの謙虚な態度はどこへやら――
「おぉ、いつもすまんな、我が恋人よ! なんちゃって!」
――と、大声でのたまった。
顔面蒼白になったこず枝は走った。
走ってはいけない廊下を全力疾走し、誰もいない場所へ移動すると、ポケットから金属の札を取り出した。
特別価格500万円の高級護符だ。
この護符は、先日こず枝がダンジョンの最深部で龍神と会い、そして――
『なんだと! 可愛いこず枝の護符は一日貸与しただけと申したか! それでは我と次に会ったときに話ができぬではないか! 我が盟友イライア=ラモーテよ、代金は我が払おう! 愛いこず枝に護符を譲ってやってくれ!』
――その龍神サンダルパス=アルシエラが、こず枝に買ってくれたのだ。
初対面の龍から500万円のプレゼント。
普通は物怖じして固辞するだろう。
だが不思議と、こず枝の心に罪悪感や背徳感の類いは起こらなかった。
売る方も、買ってプレゼントをする方も、人間を超越した存在である。
それゆえ、こず枝の常識的な判断基準が、ぶっ飛んでいたのかも知れない。
そして、代金の代わりだろうか、こず枝好き好き大好きドラゴンが、何枚かの鱗を魔女イライアに渡すと――
『こ、これでは、もらいすぎじゃぞ?』
――そう言って焦るこじらせ魔女――
『釣りはいらぬ。その代わり、可愛いこず枝の面倒を見てやって欲しいのだ。人の世界で生きられぬ我に代わって頼む……。して、れいじろうよ、先の約束は守ってもらうぞ? あぁ、こず枝や、こず枝や……。我はこず枝と離れるのが辛い……。辛くてたまらぬ……』
――龍神は、こず枝をやさしく抱きしめたのであった。
(アルシェさんの身体、温かかったな……。は虫類なのに)
こず枝はその護符握りしめ、『イライア=ラモーテ!』強く念じた。
ブーン!
30センチ四方のウィンドウが空中に現れた。
『どうしたのじゃ? 我が弟子が、またまた、なんぞやらかしおったか?』
画面には、とんがり帽子のこじらせ魔女、イライア=ラモーテが映っている。
先日、盛大にやらかした張本人である。
「あれ? イライアさん、どこにいるんですか?」
魔女の後ろには、大勢の人影が見えた。
一匹の猫影と一人の幼女影も、チラチラと映っている。
『ここは、【役所】という場所らしいの。ワシ等に【住民票】とやらを作ってもらっておる最中じゃ。これ! ふたりとも走り回るでない!』
「そ、そうですか。わたしの方は緊急事態です!」
『ハァ……。まったく、我が弟子は一日も平和に暮らせんのか……。それで、なにがあったのじゃ?』
こじらせ魔女がため息をついた。
先日、チェリーの平和を派手にぶち壊した張本人である。
「ま、マズいです! このままだとハーレムメンバーが爆発的に増えちゃうかもです!」
こず枝は現状を詳しく説明した。
『……なるほどのぅ。どうやら皆の潜在意識に、我が弟子の活躍がすり込まれたようじゃな』
こじらせ魔女イライアが、人ごとのように言った。
先日、その弟子に大活躍させた張本人である。
「女の子がみんな、レイのことを大萩様って呼んでるんです! 怖いです! 気持ち悪いです! レイも調子に乗っちゃって、まるで宗教の教祖みたいになっちゃってますぅ! ど、どうすれば!」
『これ、少し落ち着くがよい。ふむ、実はちょうどその問題に近い話をしておったところじゃ。今から、この話し相手を派遣してやろう。こず枝よ、お主は、そのお調子者をしばらくどこかへ連れ出すのじゃ。そうじゃな。5分もあれば、ことは終わっておるじゃろうよ。ククク』
こじらせ魔女が不敵に笑った。
先日、そもそもの原因を作った張本人なのである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【礼二郎が女子から村八分の状態に戻った後の1年2組教室……】
(イライアさんは自信満々に、ああ言ってたけど……)
こず枝は、1年2組教室内の様子を廊下からコッソリ覘き、愕然とした。
(ま、まさか、こんなにうまくいくだなんて……)
「こず……様。……こず枝様、大丈夫ですか?」
「あ、ロリちゃん……」
褐色肌の美少女が、こず枝の横に立っていた。
いつの間にそこへ来たのだろうか……。
「ろ、ロリちゃん! いったい、なにをしたの?」
こず枝は興奮を抑えきれない声で、言った。
「えっと、教える情報の量と内容で、みなさんがどう解釈するかを、ロリが操作したんです。もちろん嘘はついていません」
褐色少女は事もなげに言った。
「教える情報の量と内容を? それに、そ、操作?」
「まずは、ロリとシャリーが、れいじろう様の奴隷だってこと。そして、れいじろう様が望めば、どんなことだってしなくちゃならないってことをです。それを言いにくそうに話しました」
「え? でも、レイはふたりを奴隷から解放したって……」
「はい。でもロリ達は、れいじろう様の奴隷であることを自分で選んだんです。少なくともロリとシャリーは自分を奴隷だと思っていますし、それを誇りに思っています。れいじろう様は認めてくださらないですが……」
「そ、そうなのね」
「はい! その後、『い、今までに、どんなことをされたの?』と聞かれたので、『そんなこと……言えません……』と、顔を赤らめながら答えておきました」
「そ、そりゃ、なにもされてないんだから言えないわよね。じゃ、じゃあ、みんなはレイがロリちゃん達に手を出していると……」
「そう誤解するように話しました。それに……」
「ま、まだあるの!?」
「はい、それに加えて、失言してしまったことにショックを受けたフリをして、『ロリが来たことは言わないでください! もし、れいじろう様にロリの失言を知られたら……』と、青い顔でお願いしておきました」
「え? で、でも、もしみんなの口からレイにバレたら、ロリちゃん怒られるんじゃないの? それに、そんなひどい話を聞いたら警察に通報しちゃうんじゃ……」
「こず枝様、ご心配ありがとうございます! でも、絶対にバレることはないんですよ。それに、けいさつとやらに話すこともありません。そうならないように、ほんの少しだけ魔法を使いました。ウフフ」
「また魔法ぉっ!? つ、つまりレイは、年端も行かない女の子達をお金で買って、手込めにする鬼畜男と思われてるのね?」
「はい」
「なのに、本人には嫌われている理由が、永遠にわからないわけね?」
「はい」
「ぐっ! い、痛い! 胸が痛いわ、ロリちゃん! わ、わたし達レイに、ものすごくひどいことをしてないかしら? 胸が尋常じゃなく痛いわ!」
「大丈夫ですよ、こず枝様」
10歳にしか見えない美少女は、ニコッと――
「そのためにワタシが……ワタシ達がいるの。レイジロウ……様が孤立すれば、それだけワタシ達に依存するでしょう? ウフ……クフフフ」
――まるで熟練の娼婦のような笑みを浮かべた。
(ろ、ロリさん、マジパないです……)
絶対にこの褐色美少女を敵に回すまい――こず枝は震えながら、固く心に決めた。
(それに、なんだかいつものロリちゃんじゃないような……)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして1年2組の教室では――
「大萩さん、ヤベーな」「普通やらないよな?」「大萩さん、マジパないぜ」「マジリスペクト」
――チェリーの人気(※男子生徒限定)がうなぎ登りにのぼった。
女子の対チェリー株価はバブル崩壊、大暴落した。
だが男子の対チェリー株価は、留まることなく大暴騰、ストップ高を更新したのだ。
そして、なにも知らされない世界最強の男は、教室の隅っこでダンゴムシのように縮こまっていた。




