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第39話 【第一回女子対策会議です!】

 魔女イライアは、興奮する女性陣を、待て待て、と制した。


「ともかく、しばらくは、ここに滞在して観光じゃな。ん? ……どうした、我が弟子よ? なぜ泣きそうな顔をしておる?」


「僕は、みんなに謝らなくちゃいけません」


「え? れいじろう……様?」

「謝るって、なんの話だにゃん?」

「主殿ッ。謝るなんて水くさいぞッ。それより、わたしだけ、き、き、キスを……ゴニョゴニョ」


「……我が弟子よ。どういうことじゃ?」


 言って、イライアが礼二郎を静かに見つめる。

 礼二郎は、息を吐き、意を決した表情で重い口を開いた。


「僕は、みんなの期待には……応えられないんです」


「期待に応えられぬ……じゃと? それは一緒にはいられぬ――つまりワシ等とここで別れると言っておるのか?」


「…………」


「お主をあきらめろと、そう言いたいのか?」


「……すみません」


「そんな。れいじろう様、ロリを……ロリ達を見捨てるのですか?」

 

「ご主人様、アチシがにゃにか悪いことをしたにゃら言って欲しいにゃッ」


 ガタッ。そのとき、セレスが勢いよく立ち上がった。

 目には涙を浮かべ、拳をギュッと握りしめている。

 その拳は、怒りのためかプルプルと震えていた。

 

「主殿ッ。ロリとシャリーはこの半年、必死で努力してきたのだッ。あの龍神に認められるのがどれほど大変か、主殿ならわかるはずだッ。このふたりは見事、それを成し遂げたのだぞッ。それを……それを邪魔な荷物のように捨てると言うのか……。見損なった……。見損なったぞ、主殿ぉッ」


 セレスが涙声で叫んだ。

 礼二郎は、俯いたまま動かない。


「……すまない」

「すまない? それだけかッ?」

「…………」

「それだけか……。言うことは、たった……たった、それだけなのか……」


 セレスの目から大粒の涙が、ポロポロとこぼれ落ちた。


「ふざけるな……。ふざけるなぁぁぁッ」


 震える声で叫び、さらに重ねようとした女騎士の言葉を、こず枝は遮った。

 

「待って、セレスさんッ、レイの事情も知らないのに勝手なこと言わないでッ。レイは……」


 叫ぶこず枝を、礼二郎は手を上げ、制した。


「やめろ、こず枝ッ。セレスの言うとおり、僕はろくでもない男なんだ。責められて当然だ……」


 シンと静まりかえる室内。

 一人を除き、誰もが冷静さを欠いていた。

 そして一人冷静なイライアは、息をひとつ吐き、切り出した。 


「皆のもの、少し落ち着くがいい。我が弟子や。ワシ等は、お主が望むとおりにこの世界へやってきたのじゃ。なのに、ここへ来て、手のひらを返しじゃ。つまり、そうしなければならない事情が()()()――そういうことじゃな?」


「師匠、すみません……。その通りです……。僕は15年経過していると思って皆を呼んだんです。15年後の世界なら、皆の――いや、僕の望み通り、みんなと共に生きる道を選びます。でも……ハァ……僕は……ハァ……今の僕には……ハァハァハァ……ヒューヒューヒュー……」


 礼二郎の呼吸が突然、激しく乱れ、椅子から滑り落ちた。

 床に伏せ、苦しそうに胸をかきむしる。。


「む? これは……」「れいじろう様ッ」「ご主人様ッ」「あ、主殿ッ。どうしたのだッ」

 

 異世界組が慌てる中、こず枝が走った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


「レイ、ゆっくり息をして……」


 駆け戻って来たこず枝が、ビニール袋を礼二郎の口に当て、呼吸を促した。

 パニックによる過呼吸だ。

 こず枝は、過去になんども礼二郎がこの状態になるのを見てきた。

 迅速な対応は、それゆえである


「レイ、無理しないで。わたしから説明するわ。いいわね?」


 背中をさすりながら、こず枝が声をかけた。

 礼二郎は肯定も否定もしなかった。

 それを確認すると、こず枝は顔を上げた。


「レイは……ご両親が亡くなったのを、自分のせいだと思い込んでるんです。そして、レイとレイのお兄さん――源太さんは、自分達より、妹――加代ちゃんの幸せを優先してるの。それがおばさまの――レイのお母様の遺言だから……」

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 広く豪奢な部屋。

 大きな丸いテーブルに、4人の女性が腰掛けている。

 

「それでは、ただいまより、第一回女子対策会議を始めますッ」


 褐色肌の美少女が、高らかに宣言し、ぺこりと頭を下げた。

 それを見た他のメンバーも、ぺこりと頭を下げる。

 イライアは、コホン、と咳払いをした。

 

「ロリや。開始の挨拶ご苦労」


 言って、溜息を吐いた。


「しかし、まさか拒絶されるとはのう……」


 イライアの言葉で、誰もが沈黙した。

 その隣に立つメイドが、湯気の立つお茶を注いでいる。

 明るい緑色の髪をしたそのメイドには、表情がなかった。

 いや、表情どころか目も鼻も口も存在しておらず、のっぺらぼうだった。


 【人工生命体(ホムンクルス)】――魔女イライアが使役する疑似生命体、その二体のうちの一体である。


 そのとき、あの、と幼い声が沈黙を破る。


「れいじろう様は、自分より妹の加代様の幸せを優先しているのだと、こず枝様はおっしゃいました。なら、加代様がお幸せになれば、れいじろう様はロリ達と一緒に来てくれるのでしょうか?」

 

 言ったロリの隣で、熱い飲み物をフーフー吹きながら、猫耳娘は、加代か、と呟いた。

 

「妹のことはご主人様からよく話を聞いていたにゃ。アチシを助けてくれときも、妹と似てるから放っておけなかったからだと言ってたにゃ。つまりご主人の妹は、間接的にアチシの命の恩人でもあるにゃん。フーッ、フーッ」

 

 猫耳娘シャリーの隣に座る、鎧姿の女性は、顔を伏せている。


「ご両親の死を自分のせいだと……。一体主殿の過去に、なにがあったというのだ……」

 

 鎧娘セレスが呟くと、イライアは、ともかく、と切り出した。


「あやつがなぜすぐに命を投げだすのか、そしてなぜ自分を無価値だと考えているのか、わかった気がするのう。しかし過去は過去じゃ。大事なのは、これからどうするかであろう。我が弟子の頑固さは相変わらずじゃったな。しかし……明らかな変化もあった。ロリは気付いたか?」


「はいッ。れいじろう様は、ロリを女として扱ってくれましたッ。こんなの初めてですッ」


「シャリーはどうじゃ?」


「ご主人はアチシの足を撫でながると、発情の匂いを出してたにゃ。むせかえるほどの匂いにゃ。でも、それを必死に隠そうとしてたにゃ。かわいかったにゃん」


「ふむ、なるほどのぅ。つまり、あの唐変木が、ここへきてやっと性に目覚めたにもかかわらず、それをワシ等に悟られまいとしておるのだな。そこにワシ等のつけいる隙があるやもしれん。かといって不用意にそれを刺激すると、あやつは意地になって否定しよるじゃろうな。はぁ……なんと面倒くさい男なのじゃ。まぁ、そこがかわい……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれッ」

 セレスが立ち上がった。

「なぜ、わたしには、聞かないのだッ」


「セレス様……」「セレスにゃんかに聞いて、どうするにゃん?」「これは大人の話じゃ。セレスは黙って夕飯の心配でもしておれ」


「みんなして、わたしをなんだと思っているのだッ。くっ、こ、殺せぇぇっッ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【議事録】

 

 ・れいじろう様には複雑な事情がありそうです。ロリはお役に立てないのでしょうか……。

 ・妹の加代様がお幸せになれば、れいじろう様はロリ達とまた一緒に……。

 ・れいじろう様は……ロリを……その……エッチな目で……す、すみませんッ

 ・セレス様に関してはノーコメントで……。す、すみませんッ

 

  以上、第一回女子対策会議、議事録でした。(書記:ロリ)

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 コンコン……。

 自室の床に座る礼二郎の耳に、ノックの音が届いた。

 

「我が弟子よ。ワシじゃ。入ってもよいかの?」


「師匠。どうぞお入りください」


「……本当に入ってもよいかの?」


「だ、大丈夫ですよ」


「ワシ等に似た娘御(むすめご)の絵を見て、おかしな事をやっておらんかの?」


「くッ。だ、大丈夫ですってばッ」


「ふむ、では、お邪魔しよう。むッ。こず枝や、お主がなぜここにおるのじゃ。まさか抜け駆けして……」


「ち、違いますッ。向こうの世界について聞いていただけですッ」


「それならばよい。さて、我が弟子や。すぐに出かけるぞ」


「へ? あの……どこへ?」


「決まっておろう」 

 

 魔女イライアは、ニヤリと、意地悪そうに笑む。

 

「我が友、龍神アルシェのところへじゃ」



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