第38話 【目覚めると、そこは……】
「ん……」
礼二郎が目を開けると、そこは知らない天井ではなく、自室の天井であった。
(夢……か。ハハハ、そりゃそうか)
生々しい夢だった。
夢だったなんて信じられないほどだ。
だが、ここは15年前の世界だ。
あの懐かしく、愛しい仲間達に会えるはずなんてない。
その夢の中で礼二郎は全員とキスをした。
どころか、胸を、お尻を、太ももを揉みまくったのだった。
(セレスとは、未遂に終わったんだったな)
セレスの件は残念だが、いい夢だった。
そう、途中までは……。
夢のラストは今思い出しても身震いする。
なんとチェリーは、暴走邪神モードのイライアとキスをしたのだ。
(まぁ、あの状況では仕方あるまい。それに、いいこともあったしな)
蛇団子にくるまれた、カプカプカプカプと噛まれながら、礼二郎はムニムニムニムニと、恐ろしい魔女のたわわなバストを、思う存分揉みしだいたのだ。
あの状態のイライアは、その間の記憶がない。
つまり、生命の危機であると同時に、思春期チャンスだ。
ふたつの意味での昇天しかけたちぇりーは〝天国と地獄〟両方を死ぬほど味わった。
それを思いだし、礼二郎はニマニマと笑む。
「トータルで考えると、やはり……いい夢だったな、うん」
そこで声がした。
「夢……ですか? れいじろう様」
「詳しく教えて欲しいにゃんッ」
ロリとシャリーだ。
またか、と礼二郎は溜息を吐いた。
「まったく……ロリにシャリー。勝手に布団に入り込むなと、何度言ったら……んんッ? ロリに、シャリー……?」
あれれ、何かおかしいぞ?
そう思ったとき、ふたつの顔が布団から飛び出した。
「はい、ロリですッ」「ご主人様の忠実なしもべ、シャリーにゃんッ」
「んなーッ?」
ガバッ。チェリーが、布団をめくって飛び起きたッ
「きゃっッ」「にゃんッ」
美少女ふたりが、あられもない姿で、そこにいた。
礼二郎は、ベッドから飛び降り、裸の少女達を布団で隠した
「ど、どうして、ここにッ? それに、なんで裸なんだぁッ」
すると部屋の隅から複数の声が。
「おぉ、いろんな意味で目覚めたな、我が弟子よ」
「主殿ッ。よかっ……はぅぁッ。あ、主殿ッ」
「レイ、具合は……きゃーッッ。す、すごく元気そうで安心したわッ」
魔女イライアに女騎士セレス、それに女子高生こず枝だった。
「はぇッ? し、師匠に、セレスに、こず枝までッ。ん? うぉぉぉぉぉいッ。何を見てるだァーッッ」
ベッド脇の絨毯に腰を下ろす三人の美女が、〝チェリー思春期コレクション〟を手に持っていたのだった。
あまりの衝撃に固まる礼二郎を、魔女イライアはニヤニヤと見つめた。
「〝印をつけた箇所〟を見たぞ。ククク、離れていても、ワシ等のことを邪ながら、想ってくれていたのじゃな。それより、その立派な物を隠すがよい。早うせんと、むっつりセレスが、興奮して死んでしまうぞ?」
女騎士セレスは、両手で目を隠した。
「見てないッ。主殿ッ。わたしは見ていないからなッ」
言って、指の間から、ちゃっかりと覘いていた。
なにを?
臨戦態勢なチェリー賢者の、未使用なナニをだ。
その時初めて、礼二郎は気付いた。
「はぅわッ。なんで僕も裸なんだぁぁッ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
チェリーはダイニングテーブルに突っ伏したまま、動かない。
「つまり魔力が枯渇して気絶した僕を家に運び、ロリとシャリーが魔力を分けてくれていた、と」
チェリーは真っ赤な顔をうつ伏せたまま、呟いた。
呆れ声のイライアがそれに答える。
「うむ、究極にかいつまむと、そう言うことじゃ。これ、いい加減顔を上げぬか。ナニを見られたくらいで、いつまでもウジウジするでない」
時刻は午後三時過ぎ。
どうやら学校は早退したらしい。
夢と思っていた一連の騒動は、現実のできごとだったのだ。
なおも突っ伏す礼二郎に、女性陣は心配そうな声を掛ける。
「ロリがお願いしたせいで、れいじろう様があんなひどい目に……だからロリは……」
「アチシ達の浅はかな考えで、ご主人を傷つけてしまったお詫びにゃ……」
「主殿ッ。わたしも志願したのだぞッ。だが、くじ引きで負けてしまったのだッ。な、なんなら今晩でも個人的に……ゴニョゴニョ」
しばらくして、ようやくチェリーは顔を上げた。
「――気にするな。ああでもしなければ、あの場にいる全員が石になっていたんだ。僕ひとりの犠牲で済むなら安い物だ」
言って身体を確認する。
蛇に噛まれた傷は、イライアの回復魔法で完全に治っている。
兄に殴られた傷も、いじめっ子に殴られたアザも、ついでに消えていた。
イライアは、礼二郎を柔らかく見つめた。
「土壇場になれば、迷わずその身を投げ出す、か。お主は変わらぬな」
その隣で菊水こず枝が、しゅんと肩を落としている。
「レイ……。ごめんなさい……。わたしが、バカなことを言ったばっかりに……」
「こず枝、僕のことは気にしなくていい。それより、もう二度と師匠を傷つけるんじゃないぞ? ――あと、師匠、訊きたいことが」
「どうした、我が弟子よ?」
「龍神様はどうされているのでしょうか? それに、どうやってこの家へ? あと、僕はある事情で、ずっと見張られてて……」
「我が友、龍神アルシェは、住み処で大人しくしておろうよ。ここへは、普通に〝タクシーとやら〟でじゃ。 すまぬな。お主の金を使わせてもらったぞ。――見張りは……たしかにいたな。じゃが心配あるまい。ワシ等は全員【認識阻害の護符】を身につけておる。ほれ、お主にも渡しておこう」
言って、イライアが小さな金属片を、礼二郎に渡した。
礼二郎は、それを受け取り、目を見開く。
「こんなすごい護符を全員に、ですか? まさかあの師匠が、タダで?」
「あの師匠とはなんじゃ。それに、お主以外は、当然有料じゃ」
言うと、魔女イライアが視線を異世界組女性陣へ送る。
するとロリ、シャリー、セレスは、金属片を取り出し、得意げな顔をした。
「この半年、ロリ達はずっと龍神様のダンジョンに潜ってたんですッ」
「その稼ぎでイライア様の護符を買ったのにゃんッ」
「うむ、おかげでスカンピンだが、最高級の護符が手に入ったのだッ。なんと【翻訳機能】【認識阻害機能】【気温調整機能】【位置情報サービス】【通信機能】それに【緊急時救助サービス】と【紛失時の再発行サービス】付きだッ。これで金貨50枚は安い物だッ」
礼二郎は、さらに目を丸くした。
「そんなすごい機能がこの護符に? しかもたったの金貨50枚ぃ? 師匠ッ、いいんですかッ?」
「ん、まぁ仕方あるまいよ。我が弟子を大事に想ってくれるこやつらへのサービスじゃ」
言ったイライアと礼二郎を、交互に見比べ、こず枝が呆れた顔をした。
「そのやり取り、まるで通販番組を観てるようだわ。――ところで、レイが15年過ごした世界の通貨って〝金貨〟なの?」
「僕が寝てる間に全部聞いたんだな。――あぁ、金貨1枚が大体10万円だな」
じゅうまん、と呟いたこず枝が、少しの間を開け、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、みんなが買ったっていう護符は……ご、ごひゃくまんえんッ?」
驚く幼馴染みを、礼二郎は平然と見返す。
「これでも破格なんだぞ? 本来、イライア師匠の護符はひとつの機能だけで、金貨100枚つまり1000万円はくだらないんだ。こず枝が違和感なく、この突拍子もない話を受け入れてるのも、普通に会話できているのも、この護符のおかげなんだ」
「そうなの? そう言えば、こんな不思議な話なのに全然受け入れちゃってるわッ。魔法ってすごいのねッ」
「もともと、こず枝の頭が柔らかいのもあるのだろうがな。――師匠、確認したいことがあります。僕が姿を消したのは、もしかして〝7ヶ月前〟ですか?」
「その通りじゃ。どうやら、この世界では3日しか経っておらぬらしいがな。――時を遡る術なんぞ、聞いたこともなかったがの」
「龍神様の力、でしょうか? 」
「そうかもしれんな」
「どうして僕の居場所がわかったんですか? 時間軸が違うから、〝魔術印〟のリンクは切れていると……」
「お主とのリンクは、ずっとつながっておったよ。」
「ずっと、ですか?」
「うむ。当初はおぼろげじゃったがな。じゃが、お主が消えてから半年ほど経つと、唐突にリンクがクリアになったのじゃ。座標がわかるほどにな」
「……何が起こったのでしょうか」
「わからんな。――ともかく、お主の手紙、ワシも読ませてもらったぞ? 女神のやつをまんまとだまして、龍神アルシェを挑発し、ワシ等全員と対面させるとは、さすが”賢者礼二郎”じゃ。そのおかげで娘達は、龍神の【次元迷宮】に鱗付きでチャレンジできたのじゃからな」
「そんな……賢者なんて、止めてください。――あの、龍神様は怒ってなかったでしょうか? 一応本当の手紙で謝罪したのですが……」
「うむ、我が友アルシェはそんなに狭量ではない。その証拠に、ワシ等全員を連れてくるという、お主の本当の手紙に書いてあった願いを、こうして叶えたではないか。じゃが、アルシェ――龍神は、お主と戦うのを楽しみにしておるぞ? それはどうするつもりじゃ?」
「えっと、話の腰を折ってごめんなさい。龍神って、もしかしてテレビに出てた、あの怪獣のこと?」
「こず枝、あの方は怪獣ではないッ。龍神様といって、龍の神様のような御方なんだ」
こず枝が青い顔になり、再び立ち上がった。
「じゃあレイは、その神様みたいな龍と戦うっていうのッ?」
こず枝の叫ぶような質問へ、なぜか自慢げに、異世界組は応じた。
「フフフ、こず枝様、れいじろう様はお強いんですよッ」
「そうにゃッ。ご主人様は世界最強なのにゃッ」
「うむ、我が主殿ならば、龍神様にだって引けはとるまいッ。――あ、できれば主殿から、龍神様に、むっつりとわたしを呼ぶのを止めてもらうよう……」
はぁ、と息を吐き、こず枝は腰を下ろす。
「家出したと思ったら、そんなことになってたのね……」
言って、こず枝が、ジロリと礼二郎を睨んだ。
礼二郎は頷く。
「うむ。だが、なんとか戦わない方向で話を進めたいな。約束を破るのは、心苦しいのだが……」
「れいじろう様。龍神様は、ちゃんと話せばわかってくれます」
「そうにゃッ。そうしたら、またみんなで向こうに帰って、楽しくやるにゃんッ」
「おいおい、そんなに慌てて帰らなくてもいいじゃないかッ。せっかく来たんだ。主殿の生まれ育った場所を見て回る時間くらいあるだろう?」
「ちょッ。レイを連れていかせないわよッ。――でも、いいわ。わたしがこっちの世界を、いろいろ教えてあげるわ。もちろん、皆がよければ、だけど」
「ほんとうですか、こず枝様ッ。ロリはぜひお願いしたいですッ」
「人間にしては、いい奴だにゃ」
「さすがは、主殿の見初めた人物ッ。まさか、恋敵の我らへ、親切にして下さるとはッ」
それから、こず枝がこの世界について説明をした。
異世界組は、目を輝かせ、それを聞いている。




