第34話 【異世界が来たーっ!】
「明日からの昼休み、教室から出て行ってもらいます!」
お下げのメガネ女子が、確固たる口調で宣言した。
「はぁ!? なんの権利があって、そんなことするんだ! もしあったとしても、これは越権行為だ! 女子の横暴だ!」
小太りが叫んだ。
「そ、そうだよ! ぼ、ぼく達は一般論を話してただけだ!」
ガリガリがそれに続いた。
「お、追い出されたらどこでご飯を食べればいいんだ?」
世界最強の男も援護射撃をした。
「知らないわよ。中庭でも体育館裏でも行けばいいじゃない! セクハラするような奴らにはお似合いの場所よ!」
お下げメガネはまったく動じていない。
「うぉぃ! 今は一月だぞ! 外に1時間もいたら、ジュースが凍っちまうわ!」
「こ、こんな要求には応じられない!」
「そ、そうだぞ! た、たしかに少し……いや、かなりセクシャルな発言はしたかもしれん。だが、僕らは君たちに対して、セクハラになる発言をした覚えはないぞ! そう言い張るのであれば、まず証拠を出すべきだ!」
礼二郎の発言で、キラン! と、お下げメガネ女子のアイデンティティが、光を放った気がした……にもかかわらず――。
「しょ、証拠ですって! しょ、証拠なんか……」
――お下げメガネ女子が、途端、しどろもどろになった。
礼二郎が後ろを振り返ると、小太りとガリガリが、してやったり顔をしている。
しかし、最強賢者は――
(なんだ……この違和感は?)
――頭の中で、最大級の警戒音が鳴り響いていた。
「で、でも……も、もし、証拠があれば、あ、あんた達は、ど、どうするって言うのよ?」
お下げメガネ女子の、不自然なほど自信なさげな発言に(む、これはマズい流れだ!)瞬間、チェリー男爵は、自軍の不利な状況を直感した、だが――。
「フン! そのときは、外だろうが南極だろうが出て行ってやるよ!」
「そ、そうだ、そうだ! しょ、証拠もなしに適当なことを言うな!」
――空気の読めない侯爵と伯爵が、鼻息も荒く声をあげた。
「お、おい……。お前ら、フラグ立てまくってるぞ?」
警戒する最強賢者を尻目に小太りとガリガリが口にした言葉で、女子全員がニヤリと笑った。
(い、いかん! やはり罠か!)
最強賢者は、ここで初めてまんまと発言を誘導されたことに気付いた。
「香苗、例のものを」
自信に満ちた顔に戻ったお下げメガネが、クッ! と、顎で指示をだすと、後ろで控えていた香苗と呼ばれたおかっぱの女子が 「オッケー!」 スマホを操作し始めた。
すると、スピーカーに切り替えたスマホから聞き慣れた声が……。
『ほ、細井侯爵は、クラスの女子で付き合うとしたら、誰がいい?』
『は? なんだ、その愚問は? クラスのババァと付き合うなんて罰ゲームもいいとこだ。ボクと付き合いたかったら、5歳若返って出直してこいと言いたい。そう言う高見伯爵はどうなんだ?』
『ぼ、ぼくにとっても罰ゲームだね。こ、このクラスの女子は皆、あと、20年は経たないと女と呼べないな。太もものムチムチ具合だけは、いい線いってるんだけどね』
顔面から血の気の引いた礼二郎は、後ろに向き直り、容疑者の顔を見た。
(……まぁ、そうなるよな)
礼二郎の想像通り、ふたりの被告人は、一月の寒さにもかかわらず、額に大粒の汗を浮かべていた。
「ご要望の証拠だけど、なにか反論は?」
クイッ! とメガネをあげた、お下げメガネ女子が、自信満々にそう言い放った。
「ぐぐぐ!」「うぅぅ……」
小太りとガリガリは、言葉を失っている。
『これにて閉廷! カンッ!』
礼二郎の耳に、なぜかインチキ女神の声が聞こえた気がした。
最強賢者は、ハァとため息を吐きつつ、勝ち誇った顔をした女子達へと向き直って、言った。
「たしかに、今のは会話はセクハラもいいとこだ……。友としても同じ男としても、女性である君たちを侮辱する発言は情けないし腹立たしいよ。君たちを傷つけてしまったことを、心から謝罪しよう。すまなかった」
礼二郎は深く頭を下げた。
「う……」 お下げ女子は小さく声を上げた。
まさか素直に認めるとは思わなかったのか、女子全員からも、ザワザワと困惑の空気が流れた。
「しかし、外へ追い出すのは明らかにやり過ぎだ。分厚い脂肪に包まれている細井はともかく、体脂肪率一桁の高見を、この寒空に放り出して見ろ。30分も経たずに活動限界を迎えるぞ? いくらセクハラで傷ついたとは言え、仮にもクラスメイトを凍死させては君たちも夢見が悪かろう。そこで、どうだろうか? これから先はセクハラ発言をしないよう、僕が責任持って監督すると誓おう。だから今回だけは、君たちの寛大な心で勘弁してもらえないだろうか? 頼む、この通りだ!」
再び、深く頭を下げた礼二郎の頭の先で、女子からのざわめきが起こった。
「ねぇ……もういいんじゃない?」 「たしかに、外に追い出すのは……ねぇ?」 「うん……。それより大萩くんって、こんなに男らしかったっけ?」 「ちょ……。大萩くん、ヤバくない?」
頭を下げたまま、チェリー賢者は、自軍に神風が吹いたのを感じた。
「ダメ……ダメよ! そんなんじゃ許されないわ!」
そのとき、大きな声が上がった。
「もう決まったことなのよ! 今更変えられないわ!」
声の主は、やはりお下げメガネ女子だった。
(なるほど。この子は、今日のためにずっと準備をしてきたのだろうな)
最強賢者は、チェリーのくせに、お下げメガネ女子の気持ちになって考えた。
この子は、今日という日のために女子全員に話を通し、さらに証拠となる発言が出るまで盗聴を続けてきたのだ。
それには並々ならぬ根気が必要だったことだろう。
(その労力を鑑みると、おいそれと引けない立場ってわけだ)
礼二郎はそのとき、猫耳娘シャリーとの出会いを思いだした。
当時、妹の加代と同じ年代だった逃亡奴隷のシャリーを、礼二郎とイライアで救出したときのことだ。
(あのときも奴隷商人に交渉して、妥協案を引っ張り出したんだったな)
まぁ結局、イライアが『お前のようなババア売り物になるか!』と遺言を残した奴隷商人達全員を石に変えたわけだが……。
礼二郎の脳裏に、「にゃはは!」懐かしい猫耳娘の笑顔が思い浮かんだ。
シャリーと同じ年代のお下げメガネ女子は、自分の気持ちの落としどころを苦悩しているに違いない。
「どうしたら許してもらえるだろうか? 無茶な注文でなければ、君の要望に極力応えると約束しよう」
「う……。じゃ、じゃあ女子よ!」
「女子?」
「そうよ! あんた達の味方をしてくれる女子を連れてきなさい! そうしたら勘弁してあげるわ! あ、どうせあんたは1組の菊水さんを連れてくる気でしょう? それでも構わないけど、それなら4人よ! 菊水さんを入れて4人連れてきなさい!」
(4人か……。こず枝にお願いして、友達を連れてきてもらえばなんとかなりそうだな)
礼二郎は勝算を見いだした。
女子から蛇蠍のように嫌われているトリオにとって、一見無茶ぶりに見えるが、ちゃんと生存ルートを残した、なかなかいい落としどころである。
「ふむ、僕達の人数+こず枝ってわけだな。いいだろう。期限はいつまでだ?」
「き、期限は……この昼休みが終わるまでよ!」
「おい、あと15分しかないぞ! それじゃあんまり……」
これから交渉を始めようとした、そのとき! クラスの男子が「オイ! なんだこりゃ!」叫び声を上げた。
その声を皮切りに、「おい、みんな、テレビ見てみろよ!」「マジかよ!」「え? 映画じゃないのか?」大きな声が次々に上がり始めた。
「きゃ! な、なによ、これ!」「うそでしょ!?」
礼二郎達に詰め寄っている女子の中にも、携帯でテレビを確認する者が現れ、悲鳴に似た声が上がった。
「お、おい、礼二郎男爵! こ、これ!」
珍しいほど動揺したヘドロ大帝が、スマホを礼二郎に差し出した。
そこに映ったテレビ画面では……。
『ご、ご覧頂けますでしょうか! こ、これは、特撮ではありません! 生中継です! 繰り返します! これは特撮ではありません! 現実の出来事です!』
ひどくうろたえたレポーターの姿、そしてカメラが空へと向くと――。
『れいじろー!!! どぉぉこぉぉだぁぁぁっ!!! 隠れてないで出てこぉぉぉいぃぃぃっ!』
――巨大なドラゴン、龍神サンダルパス=アルシエラが、空を飛びながら、古代龍語でチェリーをご指名していた。
(なに!? りゅ、龍神様だと! バカな! あり得ん! ……ん? なんだ?)
「きゃっ!」「うぉっ!」
そのとき、礼二郎達を取り囲む女子達の後ろから悲鳴に似た声が上がった。
「すまない! 通してくれ!」
礼二郎が群がる女子を「ちょっ! どこ触ってるのよ!」「あん! 大萩君のエッチ!」かき分け、かき分け、声の発生場所へ移動すると――。
シュババババババッ!
――なにもない中空に、火花が上がっていた。
「きゃぁぁっ!」「な、なんだこれ!」
周囲から悲鳴があがる中、その火花が広がり、ちょうどドア縁取るような形で固定された。
バチバチと音を立て続ける火花のアーチ内面に、宇宙を思わせる漆黒の平面が現れる。
(これは……【亜空間ゲート】!?)




