第33話 【出て行ってもらいます!】
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「今日から、わたしとレイは付き合うことになりました。いただきまーす」
昨夜の夕食時、こず枝は、のっけから爆弾をぶっ込んだ。
「あっそ。いただきまーす」 妹の加代が、手を合わせた。
「……いただきます」 兄の源太も、手を合わせた。
「い、いただこう」 あまりにあっさりとした皆の態度に、釈然としない面持ちの最強賢者も、両手を合わせた。
(ど、どうして、誰も突っ込まないんだ!)
そして、チェリー賢者の疑問をよそにして、なにごともなかったように、食事は終わった。
礼二郎は、ご飯をおかわりできなかった。
かりそめの交際とは言え、初めて出来た彼女に、胸がいっぱいだったから――というわけではなく、皆があまりに無反応だったから――というわけでもなく、ただ単純に、夕方食べたラーメンが、お腹に残っていたからであった。
(かりそめの交際か……。まぁ、交際とつくからには、男女交際には違いあるまい)
満腹賢者は、先ほどのこず枝とのやりとりを思い返してみた。
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『レイ、わたし達、付き合わない?』
自分の部屋で、こず枝から唐突にそう言われたのだった。
礼二郎は言葉に詰まった。
ついさっきまでは、こず枝から交際を申し込まれれば、即OKするものと思っていた。
しかし、実際この状況になると躊躇――どころか、激しい罪悪感を抱く自分に気付いた。
こず枝に対しての気持ちは、たしかにある。なのに……。
(こんなにか……。こんなにも、僕はみんなを……)
礼二郎の頭に、異世界に残してきた仲間達の悲しそうな顔が想い浮かんだ。
胸が締め付けられ、涙が溢れそうになる。
『こず枝……すまない。僕には、まだ……』
『え……? あ! ち、違うの! いや、違わないんだけど……。付き合ってる振り……そ、そう! わ、わたしは、レイに付き合ってる振りをしてほしいの!』
『……付き合う振り……だって? どういうことだ?』
『うん……。やっぱり、わたしは、この家が――みんなが好きなの。だから、これからも、お夕飯を作ったりしてあげたいのよ。来年、受験を控えてる加代ちゃんの負担を、少しでも減らしてあげたいし……。でも、レイが戻って来て、この家に来る理由がなくなっちゃったの……。さっきの電話で、それを言われちゃってね……。レイと付き合うのなら、この家に来る理由ができるの。だからお願い! わたしと付き合ってる振りをしてちょうだい! そりゃ、本当に付き合うっていうのも……ごにょごにょ』
『なるほど、そう言うことだったのか』
『はぁ……しばらく立ち直れそうにないなぁ』
『どうした? ため息をついて』
『……普通、それを聞くかな? あのね……わたし、今、振られたんだよ?』
『す、すまん!』
『でも、レイは、“まだ”って言ったんだよね。つまり……』
『ん? なにか言ったか?』
『な、何でもないわよ!』
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「礼二郎……こず枝ちゃんを送ってやれ」
こず枝が帰る際、兄、源太がボソリと呟いた。
「彼氏なんだから、当然送るわよね?」
妹、加代がからかうように言った。
「別にいいわよ。10メートルも離れてないんだから」
こず枝は素っ気なくそう言って、帰ろうとした。
(む! このまま帰していいものなのか? 今日は、かりそめとは言え、交際開始の記念日だぞ!? なにか……なにかないか……)
そもそも、ただ単に付き合ってる振りなのだから、実質的には、いままでとまったく変わらないずなのだが、そんな男女間の機微など知るよしもない最強賢者(※チェリー)は焦った。
周囲の村を襲うオークの習性や行動原理は熟知しているのに、同じ年頃の女性について――そして男女交際については、なにひとつわからないながらも礼二郎は、チェリー脳をフル回転させて懸命に考えた、そのとき! (あれだ!) ピコンと思いついた。
「こず枝! 少し、そこで待っててくれ!」
礼二郎は二階の自室へ駆け込み、憎々しい女神からもらった、忌ま忌ましい袋に手を突っ込み、目的の物をつかみ出した。
「こ、これはマフラーのお返しだ!」
急いで戻った礼二郎がそう言うと、こず枝へ手に持った物を差し出した。
「え? なに、この花……。すごくきれい……」
こず枝が呟いて受け取ったもの、それは――礼二郎が異世界から持ち帰った花束であった。
結局、こず枝を家へ送ることなく、そのまま玄関で別れ、部屋へ戻った彼女持ち(仮)な最強賢者は、「違うんだ! みんなのことを、忘れたわけではないんだ!」と、【思春期コレクション】の先日、栞を挟んだページを、ベッドへ扇状に広げ、異世界メンバーへの懺悔の気持ちを込めた――
――★【 IT’S賢者TIME!】★――
――★【 IT’S賢者TIME!】★――
――★【 IT’S賢者TIME!】★――
――★【 IT’S賢者TIME!】★――
――の後、丹念に手を洗いベッドへ飛び込むと、それはそれは、深い眠りについたのであった。
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(鮮明に思い出せるぞ! なんだ、やはり現実じゃないか! ふふ、それにしても、我ながら憎い演出をしたものだ)
振りとはいえ、他の女性との交際に、異世界に残してきた仲間達への罪悪感は拭えなかったが、生まれて初めて、対外的には憧れの”彼女持ち”な立場になれた、実年齢31歳のチェリー最強賢者は、米粒ひとつ残っていない弁当箱を、いつもより丁寧に包みながら、ニチャリと笑った。
今のチェリー賢者は、学年で5本の指に入る美女と交際しているという、誰もがうらやむ立場なのだ!
(なんという優越感だ……)
権威のある異性と交際した途端、自分の価値まで上がったと錯覚する痛い人の気持ちが、痛いほどわかった、痛いチェリーであった。
「なぁ、つかぬ事を聞いていいか?」
「ん? つかぬ事とは言わず、つく事でもなんでも聞くがいい。恋の大先輩として、助言してやろうではないか」
小太り男、細井順一侯爵の質問に、実際のところ同じ立場であるにもかかわらず、最強賢者は、横柄な態度で答えた。
「くっ……。ボクにはわからんのだが、付き合うって、具体的にどういう状態を言うんだ?」
「あ、そ、それは、ぼ、ぼくも思った! じ、実際に付き合って、なにが変わったの?」
ガリガリ男、高見一平伯爵も質問に便乗した。
「ふふ、しょうがない。哀れな子羊共に教えて進ぜよう。まず、一番大きな変化は、周囲に付き合ってると宣言できることだ」
「おぉ!」「な、なるほど! ほ、他には?」
「へ? ほ、他? 他には……そうだ! ”彼女持ち”だと威張れるな! いわゆる、リア充アピールだ! どうだ! うらやましいだろう!」
「くっ……たしかに、うらやましい! ……ん?」
「で、でも、それって、最初の答えと変わらないんじゃ……あれ?」
ふたりが礼二郎の後ろを見ながら、不穏な声を上げた。
(やはり、来たか……)
実は、礼二郎は少し前から、背後の不吉な空気に気が付いていた。
だが最強賢者は、怖くて怖くて振り返れなかったのだ。
「ちょっと、あんた達!」
呼ばれたからには仕方なし、恐る恐る振り返ると……。
気配で感じていた通り、クラスの女子全員が仁王立ちで、ウィルス貴族三人組を睨み付けていた。
そして、先頭に立つ度の強いメガネをかけた、お下げ髪の女子が、ズイッと一歩前に出て、容赦なく宣言した。
「もう我慢の限界よ! セクハラ発言も大概にしなさい! 明日からの昼休み、あんた達には、教室から出て行ってもらいます!」




