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第33話 【出て行ってもらいます!】

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



「今日から、わたしとレイは付き合うことになりました。いただきまーす」


 昨夜の夕食時、こず枝は、のっけから爆弾をぶっ込んだ。


「あっそ。いただきまーす」 妹の加代が、手を合わせた。

「……いただきます」 兄の源太も、手を合わせた。


「い、いただこう」 あまりにあっさりとした皆の態度に、釈然としない面持ちの最強賢者も、両手を合わせた。


(ど、どうして、誰も突っ込まないんだ!)


 そして、チェリー賢者の疑問をよそにして、なにごともなかったように、食事は終わった。

 礼二郎は、ご飯をおかわりできなかった。

 ()()()()()()()とは言え、初めて出来た彼女に、胸がいっぱいだったから――というわけではなく、皆があまりに無反応だったから――というわけでもなく、ただ単純に、夕方食べたラーメンが、お腹に残っていたからであった。


(かりそめの交際か……。まぁ、交際とつくからには、男女交際には違いあるまい)


 満腹賢者は、先ほどのこず枝とのやりとりを思い返してみた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


『レイ、わたし達、付き合わない?』


 自分の部屋で、こず枝から唐突にそう言われたのだった。

 礼二郎は言葉に詰まった。

 ついさっきまでは、こず枝から交際を申し込まれれば、即OKするものと思っていた。

 しかし、実際この状況になると躊躇――どころか、激しい罪悪感を抱く自分に気付いた。

 こず枝に対しての気持ちは、たしかにある。なのに……。


(こんなにか……。こんなにも、僕はみんなを……)


 礼二郎の頭に、異世界に残してきた仲間達の悲しそうな顔が想い浮かんだ。

 胸が締め付けられ、涙が溢れそうになる。


『こず枝……すまない。僕には、まだ……』


『え……? あ! ち、違うの! いや、違わないんだけど……。付き合ってる振り……そ、そう! わ、わたしは、レイに付き合ってる振りをしてほしいの!』


『……付き合う振り……だって? どういうことだ?』


『うん……。やっぱり、わたしは、この家が――みんなが好きなの。だから、これからも、お夕飯を作ったりしてあげたいのよ。来年、受験を控えてる加代ちゃんの負担を、少しでも減らしてあげたいし……。でも、レイが戻って来て、この家に来る理由がなくなっちゃったの……。さっきの電話で、それを言われちゃってね……。レイと付き合うのなら、この家に来る理由ができるの。だからお願い! わたしと付き合ってる振りをしてちょうだい! そりゃ、本当に付き合うっていうのも……ごにょごにょ』


『なるほど、そう言うことだったのか』


『はぁ……しばらく立ち直れそうにないなぁ』


『どうした? ため息をついて』


『……普通、それを聞くかな? あのね……わたし、今、振られたんだよ?』


『す、すまん!』


『でも、レイは、“まだ”って言ったんだよね。つまり……』


『ん? なにか言ったか?』


『な、何でもないわよ!』



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


「礼二郎……こず枝ちゃんを送ってやれ」

 こず枝が帰る際、兄、源太がボソリと呟いた。


「彼氏なんだから、当然送るわよね?」

 妹、加代がからかうように言った。


「別にいいわよ。10メートルも離れてないんだから」

 こず枝は素っ気なくそう言って、帰ろうとした。


(む! このまま帰していいものなのか? 今日は、()()()()とは言え、交際開始の記念日だぞ!? なにか……なにかないか……)

 

 そもそも、ただ単に付き合ってる()()なのだから、実質的には、いままでとまったく変わらないずなのだが、そんな男女間の機微など知るよしもない最強賢者(※チェリー)は焦った。

 周囲の村を襲うオークの習性や行動原理は熟知しているのに、同じ年頃の女性について――そして男女交際については、なにひとつわからないながらも礼二郎は、チェリー脳をフル回転させて懸命に考えた、そのとき! (あれだ!) ピコンと思いついた。

 

「こず枝! 少し、そこで待っててくれ!」


 礼二郎は二階の自室へ駆け込み、憎々しい女神からもらった、忌ま忌ましい袋に手を突っ込み、目的の物をつかみ出した。

 


「こ、これはマフラーのお返しだ!」

 急いで戻った礼二郎がそう言うと、こず枝へ手に持った物を差し出した。


「え? なに、この花……。すごくきれい……」 


 こず枝が呟いて受け取ったもの、それは――礼二郎が異世界から持ち帰った花束であった。


 結局、こず枝を家へ送ることなく、そのまま玄関で別れ、部屋へ戻った彼女持ち(仮)な最強賢者は、「違うんだ! みんなのことを、忘れたわけではないんだ!」と、【思春期コレクション】の先日、(しおり)を挟んだページを、ベッドへ扇状に広げ、異世界メンバーへの懺悔の気持ちを込めた――

 ――★【 IT’S(いっつ・)賢者(けんじゃ)TIME!(・たーいむ)】★――

 ――★【 IT’S(いっつ・)賢者(けんじゃ)TIME!(・たーいむ)】★――

 ――★【 IT’S(いっつ・)賢者(けんじゃ)TIME!(・たーいむ)】★――

 ――★【 IT’S(いっつ・)賢者(けんじゃ)TIME!(・たーいむ)】★――

 ――の後、丹念に手を洗いベッドへ飛び込むと、それはそれは、深い眠りについたのであった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



(鮮明に思い出せるぞ! なんだ、やはり現実じゃないか! ふふ、それにしても、我ながら憎い演出をしたものだ)


 ()()とはいえ、他の女性との交際に、異世界に残してきた仲間達への罪悪感は拭えなかったが、生まれて初めて、対外的には憧れの”彼女持ち”な立場になれた、実年齢31歳のチェリー最強賢者は、米粒ひとつ残っていない弁当箱を、いつもより丁寧に包みながら、ニチャリと笑った。


 今のチェリー賢者は、学年で5本の指に入る美女と交際しているという、誰もがうらやむ立場なのだ!


(なんという優越感だ……)


 権威のある異性と交際した途端、自分の価値まで上がったと錯覚する痛い人の気持ちが、痛いほどわかった、痛いチェリーであった。

 

「なぁ、つかぬ事を聞いていいか?」


「ん? つかぬ事とは言わず、つく事でもなんでも聞くがいい。恋の大先輩として、助言してやろうではないか」


 小太り男、細井順一侯爵の質問に、実際のところ同じ立場であるにもかかわらず、最強賢者は、横柄な態度で答えた。


「くっ……。ボクにはわからんのだが、付き合うって、具体的にどういう状態を言うんだ?」

「あ、そ、それは、ぼ、ぼくも思った! じ、実際に付き合って、なにが変わったの?」

 ガリガリ男、高見一平伯爵も質問に便乗した。


「ふふ、しょうがない。哀れな子羊共に教えて進ぜよう。まず、一番大きな変化は、周囲に付き合ってると宣言できることだ」


「おぉ!」「な、なるほど! ほ、他には?」


「へ? ほ、他? 他には……そうだ! ”彼女持ち”だと威張れるな! いわゆる、リア充アピールだ! どうだ! うらやましいだろう!」


「くっ……たしかに、うらやましい! ……ん?」

「で、でも、それって、最初の答えと変わらないんじゃ……あれ?」


 ふたりが礼二郎の後ろを見ながら、不穏な声を上げた。


(やはり、来たか……)

 

 実は、礼二郎は少し前から、背後の不吉な空気に気が付いていた。

 だが最強賢者は、怖くて怖くて振り返れなかったのだ。


「ちょっと、あんた達!」


 呼ばれたからには仕方なし、恐る恐る振り返ると……。

 気配で感じていた通り、クラスの女子全員が仁王立ちで、ウィルス貴族三人組を睨み付けていた。

 そして、先頭に立つ度の強いメガネをかけた、お下げ髪の女子が、ズイッと一歩前に出て、容赦なく宣言した。


「もう我慢の限界よ! セクハラ発言も大概にしなさい! 明日からの昼休み、あんた達には、教室から出て行ってもらいます!」

 


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