第32話 【偽りの恋人】
「猫も杓子もくびれを求める今の風潮は、どうかと思うんだッ。ずん胴幼児体型に、もっと光を当てるべきだッ。礼二郎男爵はどう思う? モグモグ」
小太りメガネの男が、高カロリーの菓子パンをほおばる。
礼二郎は、真面目な顔で弁当に箸をつけた。
(力は戻った。だが、うかつに力を行使すれば、この世界に魔王が誕生してしまうだろ。モグモグ)
卵焼きを口に放り込んだ。
「ぼ、ぼくはそれよりも、足の美しさについて物申したいッ。せ、世間では、わ、若くて、ほ、細い足が重宝されているけど、熟女のむっちりした太ももに勝る色気がこの世にあるとは思えないんだッ。れ、礼二郎男爵は、どう思う?」
ガリガリメガネの男が、コンビニ弁当の梅干しをよけながら言った。
(かといって、目の前で事件が起こった場合、僕は放っておけるのか? いや、今までの経験から言って、まず間違いなく、考える前に飛び出してしまうだろう。グァツ、グァツ)
礼二郎は、弁当の米をかき込んだ。
「……そう言えば、昨日あれから、どうなったんだ? ゴクゴク」
小太りが、ハイカロリーな炭酸ジュースをラッパ飲みする。
「そ、そう言えば、塩田も古村も、右手にギプスをつけてたけど、ま、まさか、礼二郎男爵が? ゴクゴク」
ガリガリが、ペットボトルのお茶を飲みながら言った。
(世間に認識されると、異物として排除される。あのインチキ女神は、そう言ったな。ゴクゴク)
礼二郎が、水筒のお茶を流し込んだ。
「なぁ、おい……」「れ、礼二郎男爵……」
(そもそも”認識”とは、どう言うことなのか? 僕が僕とバレなければ”認識”されたことにならないのではないか? どうせ後先考えずに飛び出してしまうなら、【OH、バトルスーツ】を着て、僕とわからないようにすれば、もしかして……)
「あーっッ。クソッ。わかったよッ。降参だッ。ボク達の負けでいいッ」
小太りが両手を挙げた。
「ま、まさか、"無視”することでぼく達を屈服させるとは。さすが、礼二郎男爵ッ。そこにしびれる、憧れるッ」
ガリガリが、尊敬の眼差しで礼二郎を見つめる。
「ん? なんの話だ?」
礼二郎は、ここで初めてふたりに眼をやった。
「そのわざとらしく首に巻いたマフラーの事だッ」
「突っ込んだら負けなのはわかっていたッ」
ふたりは、礼二郎の首に巻いたマフラーを指さした。
「あぁ、これか。しまったな。つけているのを忘れてたよ」
「嘘つけッ。昼休みに入ってから首に巻いたじゃねぇかッ」
「で、その明らかに素人が編んだマフラーは、誰からもらったの?」
「その前に、この弁当を見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく、大きいです。アーッ。とでも言うと思ったかッ? そりゃ、こず枝氏が作ってくれた、忌ま忌ましい幼馴染み特典のお情け弁当……。ハッ。も、もしかしてッ」
「ま、まさか。そ、そんなバカな」
「ふふ」
礼二郎が、顔を下に向け、小さく笑った。次の瞬間ッ
「そのまさかだッ。この弁当は、親無しの男へ幼馴染が作る〝同情弁当〟から、本日をもって、彼女が彼氏に作る“愛情弁当”にクラスチェンジしたのだッ。このマフラーも、彼女から彼氏へのプレゼントなのだよッ。頭が高いッ。ひれ伏せ愚民共ッ。フワーハッハッハッハーッッ」
最強賢者(※チェリー)は、勢いよく立ち上がると、胸を反り返らせ高らかに笑った。
「「と、いう夢を見たんだな」」
「違うわッ」
と、勢いで否定した最強賢者だった。
しかし、本当に付き合ってるかと言われると、そうではないのだった。
(付き合っている振りとは言え、男女交際には違いあるまいッ。嘘はついてないはずだッ)
そもそも、男女交際とはなんなのか、そして今の自分の状態がなんなのか。
そのことがよくわからないチェリーは、昨夜の出来事を思い返してみた。
ちなみにマフラーは、付き合う付き合わない以前にもらった物である。
であるからして、先の発言は、まごうことなく嘘っぱちなのであった。




