第31話 【君に胸キュン】
部屋に入った菊水こず枝は、礼二郎をジトッと見つめた。
「はぁ。男の子って大変ね。加代ちゃんは心配ないって言ってたけど、怪我、大丈夫なの?」
「べ、別に大変ではないッ。怪我も大丈夫だ。たいしたことはない。それでなんの用だ? 弁当箱なら洗ってあるぞ」
「レイ。怒らないでね? これ、よかったら……」
こず枝は恥ずかしそうな、そして不安そうな顔で差し出す。
綺麗にラッピングされたリボン付きのなにかだ。
「これは」
礼二郎はそれを受け取ると、顔から表情が消えた。
「えぇ、誕生日プレゼント。違うのッ。聞いてちょうだいッ。レイが自分の誕生日を嫌ってるのはわかってるわッ。その理由も知ってるし、理解できる」
「……」
「レイが突然いなくなった理由もわかってる。でも、そんなの、あんまりじゃない」
こず枝の声が湿度を帯びた。
「こず枝、僕は」
「ダメよッ。これはわたしが勝手にやったことだから、返さないでちょうだいッ」
「……」
「この世にひとりくらい、レイの誕生日を祝う人がいたっていいじゃないッ。誰にも祝ってもらえないなんて、そんなの、そんなのひどすぎるわッ」
「こず枝」
「だから、わたしは、わたしだけでも胸を張って言うわッ。レイ、16年前に生まれてきてくれてありがとう。少し遅れたけど、誕生日おめでとう、おめで、とう……レイ」
そう言ってうつむいた。
こず枝の目から、涙がボタボタとこぼれ落ちる。
「こず枝、すまない。ありがとう」
こず枝に、椅子と思春期ティッシュを差し出す。
自分はベッドに腰掛けた。
椅子に腰掛けしゃくり上げる幼馴染みを見つめた。
胸が締め付けられる感覚に陥った。
「こず枝……」
礼二郎が立ち上がり、こず枝に近づいた。
嗚咽を上げるこず枝に両腕を伸ばす。
ピリリリリ、ピリリリリッ
そのとき突然電子音が鳴り響いた。
こず枝のスマホだった。
「グスッ、あ……」
表示された文字を見て、こず枝の顔が険しくなった。
「レイ、ごめんね。外で話してくるわ……もしもし?」
バタンッ。ドアを開け、こず枝は出て行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
部屋でひとり取り残された礼二郎は驚いていた。
自分自身の行動にである。
(僕はなにをしようとしたんだ? まさか、こず枝を……抱きしめようと?)
こず枝の泣く姿を思い出すと、今でも胸が苦しい。
誕生日の話題で沈んだ気持ちなど吹っ飛んでいた。
(誕生日プレゼント、か)
礼二郎は、こず枝からもらったプレゼントの包装を、丁寧に剥がした。
「これは、手編みのマフラーか」
ところどころ、失敗した箇所があるが、立派なマフラーだった。
(これを作るのに、どれほど時間がかかったのか)
それを想像すると、胸の苦しみは、強く、そして大きくなった。
(そういえば、異世界に拉致される前は、いつもこんな気持ちで、こず枝と接していたな)
礼二郎は、こず枝に惚れていた。
惚れていたのに、それに気付かないふりをしていた。
なにせ、相手は容姿端麗、スポーツ万能、成績もトップクラス。
かたや、女子全員からの扱いがウィルスクラス。
自分をわきまえていた。
自分をわきまえ、自分の気持ちを押し殺していた。
自分の心を誤魔化していたのだ。
だが、今ならハッキリ言える。
礼二郎は当時、こず枝に惚れていた。
今現在、礼二郎が抱えている気持ちも、当時と同じ種類のものだ。
だが。
(僕から行動に移すことはないな)
異世界にいる最愛の仲間達と別れてからまだ一日なのだ。
しかし、仲間達との再会が絶望的となり、こず枝への気持ちが再燃した今、もし万が一、天変地異が起こるような確率で、こず枝の方から告白をしてきた場合はどうなるのだろう。
(こず枝からだと? フッ、そんなことは、天地がひっくり返ってもあり得ないがな)
最強の力を手にしても、やはり卑屈な最強賢者であった。
「そんなの、わたしの勝手でしょッ」
廊下から、こず枝の怒りに満ちた声が聞こえた。
(親からの電話か。年頃の娘が、思春期男の家に連日上がり込めば、心配するなと言うのが無理な話だ)
「わたしのことは、わたしが決めるわッ。口出ししないでッ」
再び、こず枝の怒声が聞こえたかと思うと、「レイッ」礼二郎の許可を取ることなく乱暴にドアを開け入っきた。
頼むからノックしてくれと言いかけた礼二郎に、こず枝は真面目な顔で――。
「わたし達付き合わない?」
――天地をひっくり返したのだった。




