第29話 【最強賢者、最強になる】
『あ痛たたた。礼二郎くんッ? 礼二郎くんねッ。そうよッ。わたしは春香よッ。あぁ、これが礼二郎くんの番号なのねッ。すぐに登録するわッ。と、突然、どうしたの? なにか用事なら、わたしがそっちに……』
「春香さん、落ち着いてくれ。僕はもう家に帰ってるから外出はできない。携帯が手に入ったから、まずは春香さんにと思ったんだ」
礼二郎は、佐々木春香とはタメ口で話す。
春香が敬語を使うのを、よしとしなかったのだ。
春香に対し敬語を使わないこと――それがお金を貸す条件のひとつだった。
『そう、なのね。でもうれしいわッ。わたしを一番に選んでくれたんだものッ。それに、わたしのこと忘れてなかった。それだけで十分よ』
「昨日会ったばかりなのに、忘れるわけないだろう。だが、すまない。まだお金は工面できてないんだ」
『いいのよ、お金なん……』
そこまで言うと、春香は言葉を止めた。
「春香さん?」
『いいえ、ダメね。礼二郎くん、借りたお金には利息がつくものなのよ』
「はぇ? り、利息? すまない、僕の小遣いは月3000円なんだ。今月分は、とある事情でカットされたから、来月まで」
『甘いッ。甘いわよ、礼二郎くんッ。世の中とお姉さんとお金を甘く見ちゃダメよッ。お金がないなら体で払いなさいッ』
「か、体? 僕は未成年だぞ」
『へ、変な意味じゃないわよッ。今週末、買い物に行くから、それに付き合ってくれって言いたかったのッ。で、でも礼二郎くんがしたいのなら、その……ゴニョゴニョ』
「そうか。それなら大丈夫だ。了解した」
『へ? 了解したの? どっち? どっちの話?』
「ん? 買い物じゃないのか?」
『なんだ、買い物か』春香の声が落胆の響きを濃くした。『そうよねッ。うん、じゃあ、詳しい日時がわかったらメールで伝えるから、アドレスを教えてちょうだいッ』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そろそろ、だな」
礼二郎は卓上時計を見ながら、独りごちた。
春香との電話が終わり、気がつくと20分以上経過していた。
春香が上手なのだろうか、会話は途切れることなく続いた。
礼二郎も年上で年下の女性との会話を楽しんだ。
(それにしても、女性とふたりで買い物とは。そういえば向こうでも、ふたりきりでなにかをするってことはなかったな。師匠とはずっとふたりだったが)
魔女イライアとふたりだったときは、ほぼ修行に明け暮れていた。
その当時、恐怖の魔女は、まだ礼二郎に対し今ほど心を開いていなかった。
もし、チェリー礼二郎が一言でもチェリー特有のデリカシーに欠いたチェリー発言をしたならどうなっていただろう。
恐らく伝説の魔女の庭には、ピュアもいいところのチェリー石像が立っていたに違いない。
剣帝エバンスとの生活は、臭いとの戦いだった。
魔女イライアとの生活は、常に失言との戦いだったのだ。
その後知り合ったロリは、1年ほど礼二郎達を警戒していた。
やがて心を開いたロリは、ことあるごとに礼二郎とふたりで出かけたがった。
だが、そのたびに必ずと言っていいほどシャリーがくっついてきた。
その逆パターンもしかりだ。
セレスは、頑なにふたりきりになるのを避けた。
礼二郎のなかにある”男”に対し、警戒していたのだろう。
インチキ女神特製リミッター付き草食系男子とはいえ、一応は男だったのだ。
礼二郎は目を閉じ、仲間達との日々を懐かしんだ。
そこでハッと気付いた。
(ん? つまり初デートになるのか? くっ、齢31年にして初デートとは――む?)
驚きの真実に愕然とした、そのときッ
「成功したか」
礼二郎が呟くと、右手の甲に模様が浮かび上がった。
【炎眼の魔女イライア=ラモーテ】の魔術印だ。
礼二郎の全身に、性欲以外の力がみなぎる。
「ステータス・オープンッ」
ブーン。
礼二郎の声とともに、ステータス・ウィンドウが立ち上がる。
ニヤリ。画面を見て不敵に笑った。
【LV:53】――画面にはハッキリとその文字が浮かび上がっている。




