第27話 【最強賢者、タコ殴りにあう】
「礼二郎くーんッ。さみしかったよッ。特に財布がなッ。ひゃはっはッ」
茶髪のピアス男、塩田健吾が下卑た笑い声を上げた。
身長170の礼二郎より頭1つ大きい。
ニヤニヤと身体が触れる距離まで近づき、礼二郎を見下ろす。
「お、オタクちゃん、イメチェンしたのか。まぁ中身は相変わらずの腰抜けだろうがなッ」
もう一人背の高い男が、ガムをクチャクチャ噛みながら言った。
塩田とふたりで礼二郎を挟むようして立つ。
細身で刈り上げ頭。
こいつの名は古村莊太。
ボクシングをやっており、パンチの練習と称して礼二郎を何度も殴った男だ。
「二人は帰った方がいい」
礼二郎はふたりの友人へ、心配するなとアイコンタクトを送った。
「じゃあ、礼二郎男爵、また明日ッ」
「ぶ、無事を祈るッ」
「あぁ、細井に高見、また明日」
小太りメガネとガリガリメガネは、少し心配そうに立ち去った。
「相変わらず薄情なオタク友達だな、ひゃはっはッ」
「仲間にも見捨てられるって、どんだけ人望がないんだよ、クックック」
礼二郎はその言葉を無視して、二人を観察した。
(細井を1としたら、塩田が1.4、古村が1.6ってところか……)
ちなみに、今朝礼二郎を尋問した刑事二人は共に3細井を超えていた。
(ふむ、わかりやすいように単位を”ヘドロ”にするか)
「なに黙ってんだよ? ビビって声も出せねぇってかッ。あ?」
1.4ヘドロの塩田が巻き舌な声を上げた。
「とりあえず外に行こうか。久しぶりに遊ぼうぜ」
1.6ヘドロの古村が、なれなれしく礼二郎の肩を抱いた。
安っぽいコロンの匂いが礼二郎の神経をほんの少し逆なでする。
「いいだろう」
礼二郎は特に気負わない声で答えた。
(こいつら正気か)
そして呆れかえっていた。
(今の時点で30回以上殺せてるぞ)
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「おいおい、さっきまでの余裕はどこ行ったんだよッ。あんッ?」
茶髪ピアスの塩田が、相変わらずの巻き舌な声を上げた。
「なに、いまさら焦った顔してるんだよ、このオタク野郎ッ」
刈り上げ男の古村が声を荒げる。
この男の言う通り、礼二郎は焦っていた。
刈上げ男に肩を抱かれたまま連れてこられた場所は、学校近くの森林公園だ。
散歩コースにはちらほら人が通る。
だが、少し道を外れると、まったくと言っていいほど人が立ち寄らない。
この場所がそうだ。
実際に、何十回とここで殴られている最中、礼二郎は一度も人に会ったことはない。
(まずいな)
学校から出ると、礼二郎はあることに気付いた。
明らかにいじめられている構図なのだから、そんなこともあるだろうと思っていた。
だが、今この瞬間も、あることは続いていた。
(この感じは素人じゃない)
礼二郎の気付いたあること。
――それは礼二郎に向けられた“監視の目”であった。
心当たりはある。
公安の刑事達だ。
今感じている視線は一人だが、まず間違いない。
「財布の中身を全部出せば許してやるよッ」
「あぁ、二、三発でなッ。クックック」
焦る礼二郎を見て、二人が急に気を大きくした。
(まるで知性のない野生動物だな。いや、野生の動物なら危険を察知して逃げているか)
この程度の実力で傍若無人に振る舞うふたりを、呆れながら見やる。
しかも相手の力も見抜けないと来ている。
「許してもらう必要はない」
礼二郎はため息を飲み込んで言った。
「あん?」「んだと、こらぁ?」
刑事の目がある今、礼二郎は手出しができない。
だが、ふたりの要求に応えるつもりもない。
財布の中には、親切なお姉さん、佐々木春香から借りたお金が入っているのだ。
心のこもった温かいお金である。
それを、弱者にたかるような卑怯な連中に渡すわけにはいかない。
礼二郎は上着とカバンを少し離れた場所に置いて、言った。
「さぁ、好きなだけ殴るがいい」
女神印の制服を大事にしているようで、少し自分に腹が立った。
だが、大萩家は裕福ではない。
高価な制服を汚されるわけにも、破られるわけにもいかないのだ。
大蔵大臣の妹に怒られてしまうからな。
不良達は礼二郎の言葉に、一瞬ポカンと呆けた。
だがその意味を侮辱と捉えたのか、みるみる顔が赤くなる。
そして怒りに満ちた表情で叫んだ。
「上等じゃねぇかッ」「死ね、こらぁぁッ」
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「遠慮するな。好きなものを頼むといい。な、なんなら、チャーシュー麺でもかまわんぞ?」
カウンターテーブルで、大柄の男が震える声で言った。
「そんな高い物なんて、申し訳なくて頼めません」
礼二郎はメニュー表を凝視しながら言った。
隣からホッとした空気が伝わる。
(チャーシュー麺は1200円か。あれは、結婚指輪か。なら自由にお金が使えるわけではあるまい。どれほど給料をもらってるかは知らんが、さすがに単品で1200円はかわいそうだな)
「お客さん、ご注文はお決まりッスか?」
礼二郎がメニューを決めた頃、茶髪の若い女性店員が注文を取る。
「ラーメンをふた……」
「ひとつは大盛り。それに、チャーハンと餃子もお願いします。あ、大盛りの方は麺をバリカタでッ」
「んなッ」
礼二郎の流ちょうなセリフが、巨漢の声をさえぎった。
隣から悲しい悲鳴が聞こえたが、礼二郎は無視した。
助けてもらったとは言え、この男――公安刑事、鈴木和夫がいたせいで、礼二郎はしこたま殴られたのだ。
(これは慰謝料ってことでよかろう)
チェリーな賢者は、無理矢理に自分を納得させた。
しかし刑事は仕事をしただけなのだ。
つまり、これは完全にチェリーの八つ当たりなのであった。
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「くそっ、なんで刑事が出てくるんだよッ」
塩田健吾が右手をさすりながら言った。
「知るかよッ。逮捕されなかっただけマシだろ。いつつ……」
古村莊太も右手をさすっている。
「おいソータ、そ、その右手どうしたんだッ?」「け、ケンゴ、お前こそッ」
時間が経つにつれ、二人の手は面白いほどに腫れ上がっていった。




