第25話 【最強賢者の決意】
「おぉ、近くで見るとすごい変身ぶりだなッ。しかしボクの目は誤魔化されんぞッ。その濁った目は間違いなく礼二郎男爵だッ」
女子から『ヘドロ大帝』と呼ばれる男――細井順一だ。
のっけから失礼な発言である。
「細井侯爵……」
礼二郎は〝『きゃぁぁッ。細井ウィルスよッ』と、女子から逃げられる男〟との15年ぶりの会話に涙が出そうになる。
「さぁ積もる話もあるッ。一緒に食事を取りつつ、歓談としゃれこもうッ」
「……」
「久しぶりに会った今なら、お前の〝クソ腹の立つ弁当自慢〟を笑顔で聞き流せるかもしれんな」
「……」
「ん? どうした、礼二郎男爵」
「細井侯爵。お願いがある。グループを抜けさせてもらえないか」
「なッ。グループを抜けるだとッ」
「あぁ。僕はグループを抜ける。これはチャンスなんだ。このチャンスを生かして、僕は上を目指そうと思う」
「お前は〝男爵の地位〟を捨てると言うのかッ。あれだけがんばって得た、その地位をッ」
「ぐっッ。そうだッ。僕は男爵の地位を、捨てるッ」
「どうやら、本気のようだな」
「あぁ。僕は本気だ」
「……カルマの宴」
そのとき、〝『幼女にあらずんば、女にあらずッ』と文化祭の打ち上げで叫び、目の前のキャンプファイアーよりも大炎上を引き起こした男〟が、ボソッと呟いた。
「カルマの宴だとッ。まさか、開催されるのかッ」
ガタッ。礼二郎が勢いよく立ち上がった。
「お前には関係ない話だ、礼二郎男爵……いや、〝元〟男爵」
そう言って、〝男子からは意外なほどに人気のある小太りメガネ〟は、背を向け歩き出した。
「くッ」
礼二郎が言葉に詰まったそのとき、〝ある女子をうっかり『肉便器殿』と呼んでしまい大号泣させた男〟がピタリと立ち止まり、言った。
「野生の狼は決して飼い慣らされないものだ」
そして、〝礼二郎の一番の親友〟は歩き去った。
「カルマの宴……」
ひとり残された礼二郎は呟いた。
礼二郎達が言っている”爵位”とは、ある組織で採用されている身分制度における階級を表す。
組織への貢献度によって階級は上がっていき、礼二郎は下から2番目である”男爵”だった。
ヘドロ大帝は、上から2番目の〝侯爵〟だ。
その組織では、周辺の様々な高校の会員達が秘密裏にコレクション交換しあっている。
普通は2校の会員が互いに連絡を取り合って、細々とした交換会が行われる。
『カルマの宴』とは、10校にものぼる会員達が一堂に会し行われる)、大交換会である。
そこには、各々が放出した秘蔵の数々(――驚くほど高品質かつ実用的)が大量に集まり、〝爵位順〟に入手可能となっている。
礼二郎の【思春期コレクション】のほとんども、『カルマの宴』で入手した物なのだ。
本屋で堂々と買えない〝ピュアで汚れきった〟高校生には、たまらなく魅力的な秘密結社なのである。
「くっ。もう、コレクションの更新ができないのか」
宴に参加できなくなったことは、親友を失ったことよりもショックが大きい。
それに礼二郎は〝爵位〟も失ってしまった。
倫理的にダメな大人が経営するけしからん本屋で、組織のために大量購入すると、組織への貢献度が上がり、それに伴い階級も上がる。
それを〝遠征〟と呼んだ。
礼二郎はこれまでに、三度〝遠征〟に参加した。
そのうちの一回は、なんと県外遠征である。
ちなみに、ヘドロ侯爵は20回〝遠征〟に参加している〝レジェンド〟だ
礼二郎はそこまでして得た地位を、そして他の誰よりも気の合う友人を、たった今、失ったのだ。




