第23話 【最強賢者、爪隠せず!?】
顔面に刑事の拳が迫っている。
振り返る前から、わかりきっていた。
こんなむき出しの敵意を放つ攻撃なんて、気付いてくれと言っているようなものだ。
それにしても。
(どうして僕が殴られなきゃいかんのだ。刑事さんの気に障ることを言ってしまったのか? まさか、顔がむかつくなんて理由じゃあるまいな? 昨日、兄に殴られた傷がまだ残ってるのに、さらに殴られるのか。別に構わんが、口の傷が増えて、せっかくの食事を楽しめなくなるのは困りものだ。だがうかつに治療して、魔法がバレるのもマズい。かといってこのタイミングで避けるのは。 普通の高校生ならどうする? 刑事に殴られそうになったらどう対処するのだ? まぁ刑事に殴られる時点で普通ではないのだがな。む、敵意が消えたぞ。拳の速度も落ちているな。なんだこれは脅しなのか。そりゃそうか。なにせ僕はなにも悪いことをしてないんだ。ただの脅しなら、別に避けなくても。いやいや、ダメだろッ。『フッ、止まるのがわかっている拳を避ける必要はあるまい』ってどんな達人だッ。ん? そうか、刑事さんはそれを試しているのだ。つまり僕は体力測定で、アホな数値をたたき出してしまったのだろう。はぁ。せめて明日になっていたらレベルを調整できていたのに、ついてないな。これ以上、非常識な力をお披露目するわけにはいかん。つまり、この状況で僕が取るべき行動は……)
「ひぃぃッ」 礼二郎は悲鳴を上げ、尻餅をついた。
(フッ、完璧)
予想通り、刑事の拳は礼二郎の顔があった場所の直前で止まった。
年配の刑事田中弘志は、拳を突き出したまま目を見開いて、礼二郎を見下ろしている。
(ぬ? なんだ、あの驚いた目は? もしや、またミスを? くっッ。尻餅はさすがにやり過ぎだったか。いや、まだだ。まだリカバリー可能だ)
「な、なんですかッ。どうして殴るんですかッ」
礼二郎は怯えたオカマちゃんのような声を上げた。
自己採点は、100点の演技だ。
「田中さんッ」 若い刑事の鈴木和夫が声を上げた。
「っと、すまんすまん。大萩くんの体力測定結果がよかったから、てっきり武道経験者かと思ってな。わたしも武道をたしなむので血が騒いだんだ。ハハハ、いやぁ、まったくもって面目ないッ」
年配刑事の田中は、両手で礼二郎の手を取り引き起こした。
「なんだ、びっくりしましたッ。体力測定の結果よかったですかッ。うれしいなッ。筋トレをがんばった甲斐がありましたよッ。ナハハッ」
礼二郎は100点の演技を続行した。
もちろん自己採点である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「送っていただいて感謝します。では失礼」
大萩礼二郎という少年は車を降りると、足早に去って行った。
「田中さん、なぜあの少年を殴ろうと?」
運転席に座る20代の刑事・鈴木和夫が、少年の後ろ姿を見ながら言った。
「あの子の体力測定結果だ。見てみろ」
助手席の年配刑事・田中弘志が、手提げバッグから書類を取り出した。
鈴木はそれを受け取り、鋭い目つきで読んだ。
「――とくに変わった点はないかと。まぁ高校生にしては体力があると思いますが」
「はぁ、お前もまだまだだな。そろそろ子供が生まれるんだろ。早く一人前にならんと、子供に示しが付かんぞ。体力測定の一周目と三周目の結果を比べてみろ」
「予定日は来月です。今から楽しみで楽しみで――ハッ、すみません。引き続きご指導お願いします」若い刑事が頭を下げ、改めて書類に目を通す。「――何度見ても、やはり少し体力のある高校生としか。なにが問題なんですか?」
「結果がほぼ同じなんだよ」
「へ? それはどういう」
「まだ、わからんのか。普通あれだけの検査をすれば、回を重ねるごとに結果は落ちていくんだ。なのにあの子は、ほぼ同じ結果を出し続けてるんだ。中には数値が上がった項目まである」
「あ、本当だッ。つまり、あの少年は意図してこの結果を?」
「そうだ。理由はわからんが、本気を出してないのは明白だな。それにあの身体だ。実践で鍛え上げたような、無駄のない理想的な筋肉。まるで野生のチーターだな。筋トレでついたとはとても思えん。なのに手には拳タコひとつ無いときた。まったく、意味がわからんよ」
「田中さんが殴りかかったときは、むしろ気弱な高校生といった反応でしたが」
「俺の声で振り返ったあの子は、拳をジッと見つめてたんだ。俺が途中で殺気を止めた瞬間――あの子は、それを確認した上で尻餅をついたように感じたな。俺は恐ろしいよ。柔道六段の俺が、不意打ちでも勝てる気がせん」
「田中さんがそこまで言うなんて。もしや、どこかの組織のエージェント?」
「経歴を見る限り、それはない。早くに両親を亡くしてる点以外は、普通の高校生と変わらん。ただし本物の大萩礼二郎ならな。あれが本人とは限らんのだ」
「家族が――あの子の妹が、礼二郎本人と認めてるんですよ? それに二、三日中には歯牙鑑定の照会結果が出ますので、偽物ならそれで……」
「……これは俺のカンだよ。証拠があるわけじゃない」
「田中さんのカンは当たるからなぁ。どうします? ”要観”扱いに?」
「”準要観”だな。期間は、結果次第だ」
「わかりました」




