第22話 【あなたは神を……『絶対に信じません!』】
礼二郎は車の後部座席に押し込まれた。
ごつい二人に挟まれた状態でだ。
普通の高校生ならば、心底震え上がる状況だ。
だがここにいるは、礼二郎である。
2メートル近くある口臭剣帝エバンスと5年も寝食を共にした男なのだ。
この程度のごつさの男性(臭いもマイルド)に対し圧迫感など感じるはずもない。
なんなら、鼻歌でも歌ってしまいそうだ。
やがて大きな警察病院に着く。
即座に、閉塞感のある個室に連れて行かれた。
そこで、ごつい刑事二人から延々と質問された。
テーブルに置いてあるスタンドライトが、刑事ドラマで見たまんまだった。
少し感動である。
質問の内容は、主に宗教についてのものだった。
リアルに女神を知っている礼二郎にとって、返答に困る質問が多かった。
中でも一番困ったのが『神を信じているか?』と聞かれたときだ。
困ったことに、あのインチキ性悪女神が実在するのは事実なのだ。
礼二郎の頭に、ニヤニヤと笑う女神の小憎らしい顔が思い浮かんだ。
だが、アレを信じているかと言われると首を傾げてしまう。
ゆえに
「絶対に信じません!」
礼二郎は、この日一番ハッキリと答えた。
タライは落ちて来なかった。
どうやらこの程度だと、あのくだらない天罰は下らないらしい。
その後、身体検査や、レントゲン、MRI、CT、体力測定を受けた。
(放射線をこんなに浴びて大丈夫なのか?)
担当者が退避する系統である検査の数々に少し不安になった。
だがそれよりも心配だったのが体力測定だった。
なにせ15年のブランクで、常識的な体力の値がわからないのだ。
「男子高校生って垂直に2メートル飛び上がったりしませんよね?」
それとなーく白衣を着た検査員の女性に訊いてみた。
結果は無視。チェリーハートが少しだけ傷ついた。
まぁ、答えてくれたところで、礼二郎にはどうしようもない。
すべての測定結果が、礼二郎にわからないようになっていたからだ。
仕方ないので、一生懸命に普通の体力を目指した。
神頼みをしたが、あのインチキ女神にではない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
礼二郎は、長椅子に腰掛けたまま考えていた。
(まさか世界記録を樹立したのではあるまいな)
もう30分は待たされている。
(まずいな。こうなれば、旅先で会った謎の老人に秘伝の拳法を教えてもらったことにするか)
礼二郎が中国チックな想像をしていると、二人の警官が戻ってきた。
そのとき礼二郎の頭の中では、ハイッ、ハイッ、ハイッと、なぜか木の椅子を武器にして、リズミカルに戦うシーンが延々と再生されていた。
「お待たせしてすまなかったね。もう検査は終わりだ。今から学校だろ? 車で送ってあげよう。――車はパトカーかって? ハハハ、パトカーがいいならそれでも構わんよ? まぁ普通のセダンだから安心しなさい。遅刻の理由はわたしが学校側へ事情を説明しよう」
年配の刑事・田中弘志がにこやかに言った。
どうやら帰してもらえるらしい。
ひとまずは安心した。
しかし刑事から学校への説明となると。
(説明か。それはまずい)
学校では、一月の失踪が噂になっているに違いない。
さらに刑事に連行されたなんて知られれば、噂はさらに倍率ドンッである。
「お気持ちだけ頂きます。学校の近くに送っていただくだけで大丈夫です」
礼二郎は立ち上がった。
この返答は普通の男子高校生らしかっただろうか。
少し不安に思いつつ、年配の刑事の顔を見た。
年配の刑事は「うん、了解した」と短く言った。
その表情から感情は読み取れない。
特に問題の無いやりとりだ。そうに違いない。
無理にでもそう思い込んだ。
だが礼二郎の長年のカンは、カンカンウーウーと激しく警報を鳴らしている。
このピリピリとした感覚は〝敵意〟だ。
「わかりました。ではこちらへ」
若い刑事の鈴木和夫がそう言って歩き出した。
礼二郎は警戒を表に出すことなく、若い刑事の後ろに付いた。
「大萩くん」
歩き始めてすぐに、年配刑事の声で振り返る。
「フッ!」
短い息と共に拳が迫っていた。
予想通りだが、さてどうしたものか……。




