第20話 【おかえり】
「あれ? 礼兄ぃ、スッキリした顔してるね。まぁいいや。いただきまーすッ」
礼二郎の前に座る妹の加代が、手を合わせ大きな声を上げた。
場の空気を、少しでもよくしようとしているのだ。
できれば別の話題でやって欲しい。
「す、スッキリなどしていないッ。で、ではいただこう」
背中に汗をかいた礼二郎も念入りに洗った手を合わせた。
隣に座るこず枝も、斜め前にいる兄の源太も、いただきますと手を合わせる。
源太は礼二郎と一度も目を合わせようともしない。
いつものことだ。
メニューは唐揚げ、野菜炒めに味噌汁、そして米――そう米である。
15年ぶりだ。15年ぶりの米だ。
まず礼二郎は、唐揚げにかじりついた。
カリッ。揚げたての唐揚げが口の中でいい音を立てた。
有無も言わさずレモンを振りかけた妹へ言いたいことはある。
だが、今はそれどころではない。
兄、源太に殴られた傷に唐揚げのレモンが染みた。
だが、今はそれどころではないのだ。
レモン風味な唐揚げの味が残る口内へ、すかさず米を放り込む。
ブワッ。ひと噛みした瞬間、脳内に広がる快感。
(くっ、まさかこれほどとは)
これだ。礼二郎は異世界で、ずっとこれを求めていたのだ。
「信じられん旨さだ」
礼二郎のつぶやきに、源太すらも目を丸くした。
「ちょッ。大げさじゃない? まぁおかわりはあるから、たくさん食べてよ」
妹・加代が、少しうれしそうな声をだす。
「そうさせてもらおうッ」
礼二郎は噛むのもそこそこに、せっせと米を口内へ押し込んだ。
(なんて旨さだッ。たまらんッ)
唐揚げ、ご飯ご飯ご飯ご飯、唐揚げ、ご飯ご飯ご飯ご飯、野菜炒め、ご飯ご飯ご飯ご飯、唐揚げ、ご飯ご飯ご飯ご飯、唐揚げ、ご飯ご飯ご飯ご飯、野菜炒め、ご飯ご飯ご飯ご飯……。
グアッ、グアッ、グアッ、グアッ
最強賢者は、周りが引くほどの勢いで食べ続けた。
「ぐっ」
そのうち口の水分が足りなくなり、お椀をつかんだ。
早く水分を補給して、米を受け入れる体勢にせねばッ
そしてお椀の味噌汁を口に含んだ瞬間――。
礼二郎は固まったのだった。
「なんでそこで固まるのよッ。お味噌汁はわたしが作ったんだけど、変だった? ――え? 礼兄ぃ? どうしたの?」
「レイ、どうしたの? 大丈夫?」
加代とこず枝が心配そうな声を上げた。
礼二郎は返事をしない。いや、できなかった。
味噌汁の入ったお椀と箸をテーブルに置いて下を向いた。
その目からは涙がポロポロこぼれ落ちている。
「なによッ。おいしいからって泣くことないじゃないッ」
妹が戸惑いながらも、うれしそうに言った。
「断じて、うまくは、ない……」
下を向いたまま礼二郎は呟いた。
「ちょッ。失礼なッ」
ガタッ。妹が立ち上がった。
しょっぱくて、具材に火が通って無くて、出汁もいまいちな味噌汁だ。
普段料理をしない礼二郎でも、もっとうまく作れるに違いない。
だがそれは、15年前に毎日飲んでいた、妹特製の微妙な味噌汁だった。
変わらない不味さだった。
懐かしい不味さだった。
それを口に入れた瞬間、礼二郎は実感したのだ。
「帰ってきた。僕は帰ってきたんだ」
ここはたしかに、礼二郎の家であった。
ここにいるのは、たしかに礼二郎の兄だった。
妹だった。そして幼なじみであったのだ。
震える背中を、こず枝がさすってくれた。
兄の源太は不自然なほど礼二郎に目を向けず食事を続けている。
「美味しくなくて悪かったわねッ。でも」
加代が、下を向き涙を落とす礼二郎の頭を撫でながら、言った。
「おかえり、礼兄ぃ」




