第18話 【最強賢者の弱点】
「レイッ」
菊水こず枝は、礼二郎に駆け寄り、抱きしめた。
「今まで、なにしてたのよッ」
「すまん。自分探しだ」
「なによそれ。どうして連絡しないのよ」
「すまん」
「バカ」
こず枝は、体を離して礼二郎の胸を殴った。
「バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、レイのバカァァッ」
こず枝は礼二郎の胸を何度も殴った。
その目から大粒の涙が、ポロポロとこぼれ落ちた。
「すまん」
礼二郎がそう言うと、こず枝は殴るのを止めた。
礼二郎の胸に顔を押し当て、しゃくり上げる。
その頭を抱きしめようとした、そのとき。
「コホンッ。あのー、思春期の妹がいる前で、イチャイチャしないでもらえます?」
妹・加代があきれ顔で、咳払いをひとつした。
「い、イチャイチャなんてしてないわよッ」
こず枝は耳まで真っ赤になっていた。
(これは)
こず枝の涙を見て、礼二郎は胸が高鳴るのを感じた。
この感覚は、異世界で仲間達に感じたのと同様のものだ。
(男とは単純なものだな)
礼二郎が冷静にそう思ったとき。
(むッ。この気配は?)
礼二郎は、また気配を感じていた。
同時に体がこわばる。
間違いない。
これは、礼二郎が世界一苦手にしている人物だ。
ガチャ。「ただい……」
その人物がドアを開け”ま”と言う前に、礼二郎と目が合った。
「兄ちゃん。ただい……」
ゴシャッッ。
礼二郎が”ま”と言う前に、拳が口にめり込んだ。
当然、避けることもダメージを調整することも可能なパンチだった。
しかし礼二郎は動かなかった。いや、動けなかった。
まともに打撃を食らい、礼二郎は吹っ飛んだ。
「今までどこほっつき歩いてやがったッ」
拳をにぎったまま叫ぶ人物は、大萩源太――礼二郎の兄であった。
「止めてよッ。いきなり殴るなんてひどいわッ」
菊水こず枝が、礼二郎と源太の間に立った。
「こず枝ちゃんは関係ない。これは俺と礼二郎の問題だ」
「どうして源太さんは、いつもレイを」
そこまで言ったこず枝の肩に、礼二郎が手を置いた。
「こず枝、いいんだ。たしかにこれは僕と兄ちゃんの問題だ。兄ちゃん」
礼二郎はこず枝の前に出て、頭を深く下げた。
「長い間、連絡もせず家を空けてすまなかった」
「加代とこず枝ちゃんが、どれだけ心配したと思って……くっッ。どけッ」
源太は震える拳を降ろして、礼二郎を押しのけた。
「レイ、大丈夫?」
こず枝が顔を覗き込んだ。
礼二郎の口からは、血が流れていた。
この程度の怪我は、一瞬で治療できる。
しかし礼二郎は、この痛みを受け入れなければならない。
兄・源太の言葉は、そして行動はいつも正しいのだから。
「大丈夫だ。兄ちゃんが怒るのも無理はない」
「レイ、ご飯は食べたの?」
「そう言えば、食ってないな」
「じゃあご飯にしましょう。すぐに用意するわ。ご飯を食べながら話せば、源太さんも、きっと」
「あぁ、そうだな」
礼二郎はそう返事しながら、兄が自分を許すことはないとわかっていた。
そう……源太が礼二郎を許すことは絶対にないのだ。
礼二郎が10歳だった、あの時から、ずっと。