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第16話 【不幸なOL佐々木春香さん】

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


(どうして、こうなった)


 礼二郎は知らない家に上がり手を洗った後、テーブルに腰掛けていた。

 ひとり暮らしの女性宅である。

 31歳無職童貞には、いささか刺激の強すぎるシチュエーションであった。

 時計を見ると、午後7時過ぎ。

 もっと遅い時間かと思ったら、そうでもなかった。


「ごめんなさい。インスタントしかなくて」


 女性が湯気の立つ陶器のカップを差し出し、なぜか隣に座った。

 目の前のカップから沸き立つ、懐かしい濃厚な香り。


「これは、コーヒーかッ」


 礼二郎は震える手で、カップを持ち上げた。

 顔に近づけ、匂いを嗅ぐ。

 芳香が鼻腔を突き抜け、脳の奥に閉じ込められた記憶への道を切り開いた。


「あぁ、コーヒーだ。これはたしかにコーヒーだ」


「コーヒーくらいで大げさねッ。でも喜んでもらえてうれしいわ」


「いただこうッ」

 

 礼二郎はカップに口をつけ、ほんの少し口へ流し込んだ。

 ブワッッ。懐かしい香りと苦みが、記憶をさらに鮮明にする。

 

「信じられん。なんという旨さだ」


「ねぇ、もしかして無人島からきたの? コーヒーでそんなに感動する人、見たことないわ」

 

 女性が不思議そうに言った

 トロンとした目つきだ。

 そしてものすごく距離が近い。


「無人島か。フッ、言い得て妙だな。コーヒーを飲むのは、実に15年ぶりだ」


 礼二郎は女性の方を見ることなく、極上のインスタントコーヒーをゆっくり味わいながら飲んだ。

 最強賢者は安上がりなのであった。


「へっ? 15年? じゃあ赤ちゃんの時にコーヒーを飲んだの? しかもそれを覚えてるわけ?」


「ん? 赤ちゃん? どういう意味だ?」


「だって、()()、どうみても15歳くらいでしょ」


「15、歳? じゅ、15歳だってッ? か、鏡はどこだッ」


「お風呂の脱衣所だけど」


 礼二郎は女性の言葉尻を待たず、鏡の前に走った。


「なん、だと?」


 そこに映っているのは、フレッシュでヤングな礼二郎だった。

 いや、31歳バージョンでも、不本意ながらフレッシュだったわけだが。


「今は、西暦何年の何月なんだッ」


「タイムリープ物の主人公みたいなセリフね。そのセリフをリアルで聞くことになるとは思わなかったわ」


「僕も言うことになるとは思わなかった。それで、今は?」


「な、なんか緊張しちゃうわね。コホン、今は、西暦2019年の1月21日よ。どう? うまく言えたかしら?」


「なんだって」


「まだ続くの、これ?」


 礼二郎が拉致されたのは、2018年の12月24日だ。

 つまり、一月(ひとつき)しか経っていない?


「すまないッ。用事を思い出したッ」


 礼二郎は慌てて玄関へ走った。


「えッ? この状況で帰っちゃうのッ? うそでしょッ?」


「帰る?」 チェリーはうれしそうな顔で振り返って、言った。

「あぁ、そうだ。僕は家に帰るんだッ」


 言うや否や、礼二郎はドアを飛び出した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 佐々木春香は呆然と立ち尽くした。

 少年は、止める暇も無く去っていった。


(いや、これでよかったんだ)


 あの少年は、どうみても未成年だった。

 なのに春香は、少年を誘ってしまった。

 

 春香は、常識をわきまえた人間である。

 未成年とのモラル上の線引きは重々承知している。

 だが。

 

 言い訳じゃないが、春香は、あの少年の中に”とびっきりの男性”を感じたのだ。

 会社の同僚や年上の上司なんか、比べものにならないほど濃厚な人生経験を経て、そして成熟しきった”男性”を――である。

 

 だから春香はモラルを吹っ飛ばし、少年を部屋へ上げた。

 それは無意識であった。そして本能に従った結果だった。

 もし少年が求めたなら、春香は喜んで――嬉々として、その体を差し出しただろう。

 いや、少年が求めなくても……。

 しかし、それはあくまで一夜限りの関係に過ぎない。

 春香も先のことなど考えていなかった。そう、そのときは。

 

 問題はその後だ。


 ストンッ――春香は少年がコーヒーをおいしそうに飲むのを見て、ストンと落ちてしまった。

 未成年の少年に、落とされてしまったのだ。

『恋は落ちるもの』――春香はその言葉の意味を実感した。


 本能が、心が、そして体が少年を求め、うずいている。


「せめて名前を聞いておけばよかったな」


 春香は肩を落とし、少年のコーヒーカップを片付けようと手に取り……止まった。


(ダメよ。それだけはしちゃダメッ。でも)


 春香はカップをジッと見つめた。

 まるで悪魔が誘惑するかのように抗いがたい引力を感じた。

 少年の体液。

 極々微量だが、カップにはそれが付いている。

 それを洗い流す? なんともったいない……。

 

 どうせ誰も見ていないのだ。

 よしッ。と覚悟すると、まるで思春期に戻ったかのように胸が高まった。

 背徳感と少々の罪悪感、そしてとんでもない高揚感がごちゃまぜに暴れ狂う。

 春香は禁断の果実(コーヒーカツプ)の取っ手を掴み、荒れ狂う心臓の鼓動を感じながら少年が口をつけた辺りに唇を……。


 ピンポーンッ


「ひゃぃッ」


 反射的に変な声で返事をしてしまった。

 あやうくコーヒーカップを落とすところであった。 


 カップをそっとテーブルに置き、慌ててドアに行きのぞき窓を見る。


(あぁ)


 春香は、カチャ、キィ……ドアを開けた、そこには――


 トクンッ。


「すまない。お金を貸してもらえないだろうか……」


 ――そこには、恋が立っていた。

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