第15話 【15年振りの故郷とベタな悪党】
「ここは」
礼二郎が辺りを見渡すと、そこはキチンと整備された河川敷であった。
「高校近くの河か。なつかしいな」
15年も経つのに、その風景は少しも変わらなかった。
今、何時だろうか?
周囲は、街灯がなければ歩けないほど暗くなっている。
「15年前、ここで拉致されたんだったな」
だんだんと、当時の記憶がよみがえってきた。
小説やアニメなら、死にかけたのをきっかけに転生やら転移やらするはずだ。
だが、礼二郎の場合は、ただ座っていただけである。
あの適当女神は、その辺りの段取りは、どうでもいいらしい。やっぱりクソだな。
溜息をひとつ吐き、自分の現状を確認すると――なんと、高校の制服姿であった。
「マジか……31歳だぞ、僕は」
企画もののアダルト女優でも31才で高校制服は着れまい。かといって他に服は……。
礼二郎は、クソ女神が持たせたバッグをあさってみた。
中には、飛ばされる前に来ていた礼服と花束が入っていた。
「制服と礼服――くそっ、どちらも晒し者って点では、似たようなものか」
礼二郎は着替えをあきらめた。
拉致されたときに持っていたスマートフォンとサイフはなかった。両方とも、異世界に着いてすぐ盗賊に取られていた。
それらの女神補償は、どうやらないらしい。いつか然るべきところに訴えてやる。
コンクリート製の階段に腰掛け、これからのことを考える。
(女神に託した手紙が、予定通りに師匠の手に渡れば、もしかして)
異世界のことに関しては、できることはやった。
あとは、この世界でどう生きていくか……だ。
(31歳無職童貞。しかも、無一文ときた。くっ、泣けてきた)
礼二郎に頼れる親戚はいない。
両親もとっくに他界してる。
となれば。
「家に帰るしかないか」
15年も家を空けて、どの面下げて顔を合わせればいいのだろうか。
妹の加代のことは、ずっと気になっていた。
しかし兄の源太は……。
「はぁ」
礼二郎が、重い腰を上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「止めてくださいッ。離してッ!」
トボトボと川沿いを歩く礼二郎の耳に、かすかな女性の声が聞こえた。
瞬間、礼二郎は走った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おいおい、誘ったのはお前だろ?」
坊主頭の大柄な男が、ニヤニヤしながら女性の腕を掴んでいる。
「言いがかりはやめてください! わたしは誘ってません! 家に帰る途中だったんです! お願い! 離して!」
大男の手を振りほどこうと、女性がもがいている。
「この辺は物騒だよ、お姉さん? 仕方ないから、俺等が家まで送ってやるよ。なぁに気にすんな。お礼は体で払ってくれればいいぜ? これは前払い分だな。ヒャッハッハッ」
とさか頭の男が、笑いながら女性の肩に手を回し、胸を乱暴に掴んだ。
「きゃぁぁ! いや! 止めてぇ! だれか……だれか、助けてぇぇ!」
「おい!」
「な、なんだ、お前……いつの間に」
「ガキ共ッ。その手を離せッ」
礼二郎が、強い口調で命令した。
普段冷静な礼二郎らしからぬ態度であった。
このとき礼二郎の目には、襲われる女性と、初めて会ったときのセレスが重なって見えていた。
「ガキ、だと! テメェ、ふざけやがって!」
坊主頭が女性から手を離し、ポケットから折りたたみナイフを取り出した。
「かっこつけてんじゃねぇよ、色男! お望み通り、ぶっ殺してやる!」 「きゃ!」
とさか頭が女性を突き飛ばし、女性は勢いよく尻餅をついた。
とさか頭もポケットからナイフを取り出す。
痛みに顔を歪める女性を見て、礼二郎の表情が変貌した。
「貴様……よくもやったな」
怒りに燃える礼二郎の目が、二人を同時に射貫いた。
「許さん!」
「ひっ……し、死ねぇ!」
坊主頭がナイフを突き出した。
殺さなければ自分が殺されると、本能で感じたからだ。
それは、礼二郎が”闘気”で、そう仕向けた結果だった。
「なッ!?」
ナイフが礼二郎に届くことはなかった。
ナイフの刃先は礼二郎の指二本に挟まれ、ピタリと止まっている。
「は、離せ、こら!」
大男が全身を使ってナイフを外そうした。
しかし、どんなに押そうが引っ張ろうがびくともしない。
ガッ。礼二郎の足払いに、男が縦に180度回転し、ガンッッ。頭から地面に倒れ落ちた。
下が草地でなければ死んでいただろう。
大男は倒れたまま、細かく痙攣している。
「ひっ……」
とさか頭が踵を返し、逃げ出した。
「どこへ行く?」
「いひぃ!」
後ろにいるはずの礼二郎が、とさか頭の行く手をさえぎっていた。
ズンッッ。硬直する男のみぞおちへ、「ぐえぇぇぇッ」 拳を埋め込んだ。
ガッッ。前のめりになった男の顔面に、「ぶふあッ」 膝を突き上げた。
男はそのまま仰向けに倒れ、白目を剥いた。
「あ、あのぉ……」
女性が腰を落としたまま、礼二郎を見つめた。
「少しだけ、目を閉じていなさい」
礼二郎がそう言うと、倒れた二人の男の服をビリビリと破り始めた。
やがて下着まで剥ぎ取り、丸めて遠くへ放り投げた。
暴漢達は、丸裸でうつ伏せに寝かされている。
「大丈夫か、お嬢さん?」
礼二郎が、女性に手を差し伸べた。
ついさっき男達のパンツを剥ぎ取った手である。
「あ、ありがとう」
少し躊躇しつつも、女性が礼二郎の手をとり立ち上がった。
「家は近いのか?」
「え、えぇ、このすぐ近くよ」
「そうか、では気をつけて帰るがいい」
「ねぇ」
「ん?」
「よかったら、その……うちで、お茶を飲んでいかない?」