第138話 『動画の極意』
「彼が動画編集の黒田大介くんよ」
大橋チエが紹介した男は、背を向けたまま動かない。
マンションの一室であるこの場所は、事務所兼作業場だそうだ。
男のヘッドホンから音楽が漏れている。
こちらに全く気付くことなく、カチャカチャとキーボードを操作を続けた。
「い、今は集中してるみたいだから、もう少し待ってあげて頂戴」
『ふ~ん、動画を編集中なのね』
「ほほう、見事なものだな。さすがチャンネル登録者数12万なだけはある」
「勘違いしないで欲しいんだけど、チャンネルとしてのポテンシャルは、君たちの方が断然上なのよ?」
「そうなのか? だが視聴回数は全然増えないぞ?」
『それはチェリーのプロ意識が低いせいね』
「ぬかせ。お前の撮影がショッパイせいだ」
すると大橋チエが指を立てて、チッチッチと若干腹の立つジェスチャーをした。
「違うわね。二人とも間違ってるわ」
「ほう?」
『聞かせてもらおうじゃない? 大先輩の意見ってやつをね』
「まず、おもしろい動画に一番必要なものは何かしら? はい、礼二郎くん」
大橋チエがビシッと礼二郎を指差した。
「ぼ、僕? えっと、やっぱりおもしろい企画じゃないかな?」
「なるほど。サナダちゃんはどう思う?」
『扱う題材のコンテンツ力ね! 子供と動物さえ出せば負けることはないわ!』
「ふむふむ。まぁ間違ってはいないけど、甘いわね。そんなんじゃ100万回再生なんて夢のまた夢よ?」
「100万とは、これまた大きく出たな」
『じゃあ答えはなんなのよ?』
フフン、と一呼吸置いて、大橋チエは言った。
「答えは――編集力よ」
「『編集力?』」
「君たちの動画を全部見せてもらったわ。最新の犬ちゃん救出のやつもね」
「どうだった? 僕的にはハリウッド映画のヒーローをアッセンブルした会心の演技だったのだが」
『あたしのカメラワークも、だんだんこなれてきたんじゃないかしら? そろそろピューリツァー賞も射程圏内ね』
「私の感想は……」
『「感想は?」』
「苦痛だったわ。それもかなりね」
『「んな!?」』
チェリーと携帯は驚いた。
まさかかなり苦痛とまで言われるとは。
「君たちの動画には起承転結がないのよ。言ってみれば、知らないオッサンが撮った知らない子供の運動会を見せられてる気分だったわ。正直、何度寝落ちしかけたか分からないくらいよ」
「く……反論できん」
『数字が物語ってるから、否定できないわね』
「君たちは、私の動画を見たことがあるかしら?」
「うむ、確かに面白いが、少し尺が短く感じたな」
『そうね。いつも10分程度でしょ? あたし的には少し物足りないわね』
「でも、最後まで退屈はしなかった。――違う?」
「た、確かに」
『そうね。あっという間に時間が過ぎた感じだわ』
「それは動画にメリハリがあるからよ。ちなみに、その10分程度の動画の元データは5時間以上なの」
「『マジ?』」
「マジよ。その5時間の元データから、おもしろいシーンを選んで……」
「ドラマを作るんだよ。そんなの基本だろ?」
突然、男の声が割り込んだ。
さっきまで動画を編集していた黒田大輔という男だ。
ややぽっちゃりして、ファッション性皆無のメガネをかけたこの男は、一言でいえば、秋葉系なメンズだった。
俗に言うAボーイだ。
与えられたリソースを、見た目以外に全振りしている感じだ。
「黒田くん、聞いてたの?」
「最初から全部。こいつらがチエ様の言ってた奴らですか?」
『はじめまして。あたしは超精密スタイリッシュ携帯の神器サナダよ。サナって呼んで頂戴』
「はじめまして。僕は愛と平和の戦士イセカイダー・チェリッシュだ。礼二郎と呼んでくれ」
「ふ~ん。ボクは黒田大介。なんとでも呼んでくれて構わない。ま、よろしくな。それで、チエ様。今日の動画なんですが……」
冷静な黒田大介に、大橋チエが目を丸くした。
ってか、チエ様って……。
「ちょ、ちょっと、黒田くん! リアクションが薄すぎない! バッキンバッキンのヒーローがいて、携帯電話が宙に浮かんで喋りまくってるのよ!?」
「えっと、それがなにか?」
黒田大介はキョトンとしている。
「だから認識阻害が効いてると、こんなもんなんだって。黒田氏の反応が普通なんだよ」
『あたし達を、そのまんま認識できるチエちゃんが異常……コホン、特別なのよ』
黒田氏が不思議そうに首を傾げる。
大橋チエは、納得いかないような顔で腕を組んだ。
思ったより大きなバストがグイッと持ち上がる。
「世間が騒がないのは、こういったカラクリがあったわけね。実際に目の当たりにすると、不思議な気持ちだわ。――あっ、そういえば、お客さまなのにお茶を出すのを忘れてたわね。なにかリクエストはあるかしら?」
『あたしは充電をお願いできるかしら?』
「礼二郎くんは?」
「その……コーヒー……コーヒーはあるのか?」
「コーヒー? あるわよ? ――えっと、サナダちゃんの充電はっと、これでいいわね」
『あぁぁぁぁ、これよ、これ! 生き返るわぁぁ! やっぱり交流電流はコクが違うわね!』
「礼二郎くんのコーヒーはドリップ式でいいかしら?」
「あぁ、熱々なのを頼む」
「了解。少し待っててね」
数分後、礼二郎の前に、コーヒーが置かれた。
ヘルメット姿のまま、礼二郎が顔を近づけた。
どこか空気穴が空いているのか、湯気がマスクに吸い込まれていく。
「ああ、くそっ、なんていい香りなんだ。た、たまらん……」
「あ、そういえば、マスクを外すところを見ちゃダメなんだっけ? 私たちは別の部屋に行こうか?」
『いいの、いいの。どうせ変身を解いたところで、飲めやしないんだから』
「コーヒーを飲めない? そ、そうなの?」
「あぁ、コーヒーが……コーヒーが飲みたい……一口だけでいいんだ……コーヒーが……ブツブツ」
『ちょっと止めなさいよ。二人がドン引きしてるじゃない』
「そっか。マスクしたままだと飲めないし、変身を解くと触れないんだ」
『そうなのよ。せっかくチエちゃんが用意してくれたのに、ごめんなさいね。まぁ仏壇やお墓にお供物をしたとでも思って頂戴』
「コーヒーが……コーヒーが目の前にあるのに……ブツブツ」
大橋チエは、礼二郎(のマスク顔)を見つめた。
フガフガと匂いを嗅ぐ礼二郎の表情は、マスクで隠れて見えない。
なのに、泣きそうになっている礼二郎の顔が見えた気がした。
「せ、世界の認識から外れるって、思ったより悲惨なのね……」
(後書き)
捨てアカから凹む感想が来たけど、めげない鷲空であった。
きちんと話は終わらせたいと思いますので、できれば生暖かく応援してくれるとモチベが下がらなくて助かる鷲空な今日この頃です。
ここだけの話、実は鷲空のメンタル激弱なんす。
これは君と鷲空だけのヒ・ミ・ツ(ハート)。