第137話 『チェリー、同盟を組む』
亜空間ゲートから出ると、大橋チエは膝をついた。
ここは礼二郎のアジトである廃工場だ。
「頭がクラクラするわ……まるでひどい船酔いみたい……うぅ」
「転移に慣れないとそうなるんだ。――《高位治癒》」
大橋チエの体が光に包まれる。
「へ? な、何をしたの!? どうして私の体が光ってるのよ!」
「気分はどうだ?」
「気分って……あれ? さっきまで死にそうだったのに全然平気だわ。むしろ気分がいいくらい。君、私に何をしたの?」
「治癒魔法だ。たいていの傷や不調は、これで治る」
「魔法って……ちょっと待ってよ! 軽く言っちゃってるけど、それってすごいことよ!? まるで神様じゃない!」
『あらら。こんなに驚いてくれるなんて新鮮ねぇ。なんだか嬉しくなっちゃうわ』
「うむ、認識阻害の効果がないと、こんな感じなのか。なんだか照れてしまうな」
「二人で納得しないで、説明してよ! 君たち、いったい何者なの?」
「うーん、どこまで話していいのやら……。クソ女神はまだ寝てるのか?」
ゴイン(※タライが頭に当たる音)
「ひっ! な、なによ、今のタライは!? どこから出て、どこへ消えたの!?」
「気にしないでくれ。ただの呪いだ」
『〝天罰〟でしょ。誤解される言い方しないの。 ――ダメね。女神様の応答は無いわ』
「どんだけ寝てるんだ、あやつは。で、どうする?」
「女神? 二人とも、いま女神って言ったの?」
『そのこともなんだけど……ねぇ、チエちゃん。あなた秘密を守れるかしら?』
「そ、それは、その秘密とやらによるとしか言えないわ。それが私の信念に反することなら守れないわね。――な、なによ? どうして私をジッと見つめるのよ?」
『うん、やっぱりチエちゃんなら信用できるわね。チェリーはどう思う?』
「だな。馬鹿正直すぎるが、それだけ信用できる」
「はい? 馬鹿正直って失礼じゃないかしら!?」
「大丈夫だ、チエさん。僕達は悪いことなんて一つもしてない。まぁたまに悪党をぶっ飛ばすことはあるが」
『信用してちょうだい。なんたって、あたしたちは〝女神様の使徒〟なんだから』
「女神様の使徒? 女神様って神様のこと? 君たちは、その使徒だって言うの?」
「うむ、不本意ながらな。期間限定パートタイムで使徒をしている」
『じゃあ、説明するわね。事の起こりは、このチェリーが、河原でたそがれていた時に、女神様が有無も言わさず異世界に拉致して、こっそりと性欲をごっそりと削ぎ落として……』
それから礼二郎とサナダは、これまでのことをダイジェストで説明した。
なにせ、神レベルで確立した精神を持つ相手なのだ。
裏切るようなことはないだろう。
礼二郎が悪に組さない限りは。
数十分後。
「つまり、君――礼二郎くんは、妹さんを助けるために、ずっと行動してるわけね?」
「だな」
「目的は世界平和とかじゃないの?」
「そんな大それたことは考えたこともない」
『ちょっと! そこは嘘でも、微力ながら世界平和に貢献してるって言うべきでしょ!』
「嘘をついてどうする? 僕はただ普通の生活に戻りたいだけなんだぞ?」
「そんなにすごい力を持ってるのに、妹さんを助けるだけ? その後に普通の生活ですって? ふ、ふふふふ……」
「ど、どうした、チエさん?」
『あらあら、ご乱心かしら?』
「おもしろい! おもしろいわ、君たち! いいわ! 私に任せて頂戴! 俄然やる気になってきたわ!」
『なんか変なスイッチが入っちゃったわね』
「うむ。今まで会ったことのないタイプの人だな。正直ちょっと怖い」
「私が君たちのチャンネルを盛り上げてあげるわ! それも最高にね! その代わり、私にも協力してもらうわよ!?」
「チエさんに協力? やぶさかでないが、何を協力すればいいんだ?」
『そもそもチエちゃんの目的はなんなのよ? どうしてあたし達にコンタクトを取ろうと思ったの?』
「ふふふ、私の目的は、ズバリ……」
『「ズバリ?」』
「世直しよ! ――ちょっと! 二人とも、なに引いてるのよ!」
「いや、話が大きすぎて、ちょっとな」
『うん、具体性がないっていうか、計画性がないっていうか、夢見がちというか、なんというか』
「君たち、夢を与えるヒーローのくせに、なに言ってるのよ! それに具体性や計画性だって、ちゃんとあります!」
「ほう?」
『聞かせてもらえるかしら?』
「いいわ。よく聞きなさい。それは……ゴニョゴニョ。そして……ゴニョゴニョ。さらに……ゴニョゴニョ。そうすると……ゴニョゴニョ。どう? これでも具体性のない無計画な女の子かしら?」
「な、なるほど! どう思う、サナダ?」
『うん、イケると思う……いいえ、絶対にイケるわよ! 〝女の子〟ってところに少しひっかかるけど、やるじゃない、チエちゃん!』
大橋チエがニンマリと笑う。
「これで正式に同盟結成ね! これからよろしくお願いするわ!」
「うむ、こちらこそ、よろしく頼む」
『よろしくね、チエちゃん! 撮影は、あたしに任せて頂戴!』
そして二人と一台は固く握手(?)を交わしたのだった。
「あと私はまだ23だから、ギリ女の子で通用するはずよ?」
「え? 23? い、いや……なんでもない」
『ほんとに? 32じゃなくて?』
「く、こいつら、なんて失礼な……もしかして、同盟は早まったかしら?」