第124話 『こず枝と猫娘』
「どうやって……」
入ったのよ、の言葉をこず枝は飲み込んだ。
鍵のかかった家に侵入するなど、シャリーには造作もないのだ。
こず枝は、ハァとため息を落とす。
質問を変えた。
「で、何しに来たのよ?」
「別に用はないにゃ。暇だからきただけにゃ。そういうこず枝は、どうしてこっちに来なくなったのにゃ?」
こっちとは、大萩家のことだ。
「わたしが行かなくても、アルファさんやベータさんがいるじゃない。それにセレスさんも、イライアさんもいるし……」
少しイジケた口調になってしまった。
まるで子供みたいだ。恥ずかしい。
「ところがどっこい、イライア様はいないのにゃ」
「え? イライアさんが?」
あの拗らせ魔女がいない?
どういうことだ?
「正確には、いないわけじゃないにゃ」
「どっちなのよ!」
「家にはいるのにゃ。ただ部屋から出てこないのにゃ。閉じこもってから、もう二週間になるにゃ」
今日が3月25日だから、3月10日付近からってことか。
まさか、あの最恐魔女であるイライアが引きこもるとは。
「それって大丈夫なの? 誰かが、あの人を怒らせたとか?」
「にゃはは。そんなことしたら、今頃アチシ達は、全員石になってるにゃ」
「それもそうね……」
こず枝の脳裏に、イライアとの初対面のシーンが思い浮かぶ。
こず枝がイライアに、おばさんと言っただけで、隣のクラス全員殺されかけたのだ。
ん? あれれ?
どうしてわたしは、隣のクラスにいたんだっけ?
どうしてイライアさんに暴言を吐いたんだっけ?
そこまで考えたところで、また思考が緩慢になった。
記憶が薄れていく。まるで、朝起きて、さっきまで見ていた夢を忘れるように。
……よくわかんないけど、まぁいいか。
「それで、こず枝は今から、どこかへ行くのにゃ?」
こず枝の服装から、そう思ったのだろう。
「ええ、お父さんに会いに行こうと思って」
「にゃにゃ! こず枝のルーツを辿る旅かにゃ!? おもしろそうにゃ! アチシもついて行くにゃ!」
「はぁ? シャリーには……」
関係ないじゃない、と言おうとして、止めた。
誰でもいいから側にいて欲しかった。
それが、例えデリカシー皆無の、猫娘であってもだ。
「いいわ。じゃあ一緒に行きましょ。今からタクシーを呼ぶから」
「たくしーは必要ないにゃ」
猫娘は携帯を取り出し、器用に操作した。
そして発信ボタンを押して、待った。
2コールしたところで、相手がでた。
「遅いにゃ。1コールで出ろと、にゃんど言ったらわかるのにゃ?」
『そんなの無茶っすよ~』
「ふ~ん、口答えするのかにゃ?」
『ひ……ち、違うっす!』
電話の向こうから必死に謝る声が聞こえる。
どうやら若い男性のようだ。
「言い訳はいいから、早く迎えに来るにゃ。場所は……」
猫娘は、ここの住所を正確に伝えた。
携帯の操作といい、住所の把握といい、
猫娘の日本への順応っぷりに、こず枝は舌を巻いた。
「誰なのよ、今の人は?」
電話を終えた猫娘へ尋ねた。
「アチシの手下1号にゃ。迎えに来るから少し待つにゃ」
「手下って……」
「それより、最近ダンジョンに行ってるにゃ?」
「行ってるわよ。アルシェさんに会いにね」
「最深部だけなのにゃ? ダンジョン攻略には行かないのにゃ?」
「うん、だってレベル上がんないし……」
現在、こず枝のレベルは10。
転移魔法と収納魔法を覚えたばかりだった。
(本来、転移魔法と収納魔法はレベル20で覚えるらしい。レベル10で習得できたのは、空間系スキルマスターである龍神の加護のおかげである)
それまで順調にレベルを上げてきた。
だがそれは、レベル10までだった。
そこからレベルが上がらなくなったのだ。
どんなにダンジョンのモンスターを倒そうとも、レベルは10のままだった。
なのでダンジョン攻略は、地下五階で止まっている。
「それは仕方ないにゃ。こず枝は『受容体異常』だからにゃ」
猫娘の言う通り、こず枝は『受容体異常者』だった。
イライアの診断なので間違いない。
受容体異常者であるこず枝は、モンスターを倒しても経験値を得ることができないのだ。
ならば、どうして10レベルまで上がったのか?
それはイライアにもわからなかった。
(※礼二郎のユニークスキルによって、適正なレベルへ導いたのだが、今のこず枝にはその記憶がない)
「本当は。もっと下に行きたいんだけどね」
ダンジョンの階層には、それぞれ適正レベルがある。
レベルが11以上ではないと、地下六階への転移魔法陣は作動しない。
実力的にも、レベル10のこず枝では、地下五階が限度らしい。
「地下六階はもっとおもしろいのに、もったいないにゃ」
「そこからはゴブリンが出るんだっけ?」
ゴブリンとは。
身長1メートルほどの亜人で、性格は凶暴。
群れを成して襲ってくるも、個々の戦闘力はさほど高くないという。
「そうにゃ。地下五階までとは比べものにならないほど危険にゃけど、その分スリルがあるのにゃ」
地下五階にはスライムの他に、スケルトンと呼ばれる骸骨の敵がいた。
見かけはホラー映画じみて、恐ろしい。
だが、動きが緩慢である。
くわえて、スケルトンの弱点である衝撃魔法を、こず枝は習得している。
なので、倒すのに苦労したことはない。
正直、物足りなさを感じていた。
それからシャリーは、ゴブリン退治がどんなに楽しいか、どんなにハラハラするかを熱く語った。
ちなみにセレスは、ゴブリンが大嫌いらしい。(セレスを見るゴブリンが男性部分を大きくするから)
「どうにゃ? こず枝もゴブリン退治をやりたいにゃ?」
「そりゃあね……。やりたいわよ。でも、わたしはレベルが……」
「レベルを上げる方法があると言ったらどうするにゃ?」
「え? あるの? わたしのレベルを上げる方法が?」
「教えて欲しいにゃ?」
「教えて! どんな方法なの!?」
「それは……」
そのとき、外から音が聞こえた。
車のエンジン音だ。
改造車だろうか、かなりの爆音だ。
御近所迷惑この上ない。
そしてシャリーの携帯が鳴った。
『シャリーさん、俺っす! 着いたっす!』
電話の向こうから声がした。
「じゃあ出かけるにゃ」
「ちょっと待ってよ! 話の途中じゃない! どうやってレベルを上げるのよ!」
「にゃはは。それはまだ秘密にゃ」
「まだ秘密って、どういうことよ!?」
「こず枝が、まだ条件を満たしていないって意味にゃ」
それから、こず枝がどんなに聞いても、シャリーがそれ以上(レベルの件について)話すことはなかった。
「ほらほら、早く行かにゃいと御近所迷惑になるにゃ」
「騒音主を呼んだのは、あんたでしょう!」
こず枝は少しイラッとした。
「まったく……シャリーったら」
同時に、こんな掛け合いができることを、嬉しく思ったりもした。




