第120話 『こず枝の教室』
3月の中頃になると、寒さもだいぶ和らいできた。
制服のアウターを着る者は、もう誰一人いない。
今日は特に暖かかった。
少し動くだけで、しっとり汗ばんでしまうほどだ。
そんな日の昼休み。
菊水こず枝は、いつものメンバーで昼食を摂っていた。
「ねぇこず枝、あなた最近はコンビニ弁当ばっかりね」
西原桃子が、彩り豊かな弁当を摘みながら言った。
ややぽっちゃり体型である。
そんな彼女を気遣ってか、野菜多めのヘルシーなお弁当だ。
「弁当を買えるだけいいよ。うちんところは弁当なんか買ってたら、破産街道まっしぐらだからなぁ。はぁ……」
小野寺理佐が、全体的に茶色い弁当をつつきながら、ため息を吐く。
おそらく昨日の夕食の残りものだ。
それを詰め込んだものだろう。
痩せているわりによく食べる。
栄養を身長に費やしているからだろうか。
「モグモグ。小野寺の家は兄妹多いからな。モグモグ。それに菊水はアタシ達と違って忙しいから、弁当作る暇なんてないんだヨ。モグモグ。」
黒井雪子だ
まだ三月なのに真っ黒に日焼けしている。
すごい勢いで弁当を消費していく。
タンパク質中心の栄養バランスが良いお弁当だ。
揚げ物も少ないし、作るの大変だろうな、
でもね。
あなた達のお弁当は誰が作ってるのよ。
どうせ自分で作ったことなんて一度もないでしょうに。
と、喉まで出かかった。
当然だが、3人のお弁当は、それぞれの母親が作ったものだ。
そんな彼女等から
『お弁当作り、サボってるでしょ』
と、言われているようで、モヤッとする。
「……最近のコンビニは、いろんな種類のお弁当があって助かってるわ」
こず枝は冷えたコンビニ弁当に箸を伸ばす。
無理矢理口に放り込む。
胸の内のモヤモヤについて、特に口に出すことはない。
言っても仕方ない。
それに、4人の関係性に亀裂を入れたくもない。
最近こず枝はずっとコンビニ弁当だ。
2月に入った当たりから、ずっとだ。
ぽっちゃり西原が言う通りである。
昼食だけではない。
朝も夜も、三食すべてコンビニ弁当なのだ。
料理をする気が起きないのだから仕方ない。
だってめんどうなんだもの。
弁当作りが楽しかった頃が嘘みたいだ。
どうしてあんなに楽しんでお弁当を作っていたのだろう?
そりゃあね?
大切な人の為に作るというなら、話はわかるわよ?
だが、あいにくと、こず枝にそんな人はいない……はず……ん?
あれ?
なんか……。
あ。そうだ。
そういえば、大萩さんところの、加代ちゃん家だ。
あそこへ、ご飯を作りに行ったりしてたっけ。
加代ちゃん家は、お兄さんと二人きりで大変だからね。
それで無理矢理に押しかけてたんだった。
子供の頃、加代ちゃんとよく遊んだしね。
それに加代ちゃんのご両親は……いや、このことは言うまい。
ともかくお弁当も、そのときついでに……そうよ、そうだったわ。
でもあの人たちが来てから変わったのよね。
イライアさんや、セレスさん、それにシャリーに、ロリちゃん。
あとのっぺらぼうメイドの、アルファさんに、ベータさん。
彼女達が来てから、わたしが行かなくても良くなったんだわ。
源太さんも安心して残業ができるようになったしね。
そりゃ少し寂しいけどさ。
でも、彼女達が来てくれたから、
だから、龍神のアルシェさんとお友達になれたんだよね。
ダンジョンでお金持ち&力持ちになったし。
どうして、こんな大事なこと忘れてたんだろ。
腑に落ちたところで、再びお弁当に箸をつける。
いくら種類が豊富でもね。
こう毎回コンビニ弁当だと、正直飽きてしまう。
というか、とうの昔に飽きてるし。
市販のお弁当って、どうして揚げ物ばっかりなのかしら?
これならパンの方がマシだわ。
それでも弁当を買うのは、理由がある。
メンバー全員がお弁当だからだ。
ひとりだけパンっていうのは……ねぇ?
やっぱり肩身が狭いもの。
こず枝は気の進まない食事を、早々に終えた。
すると、少々手持ち無沙汰となる。
いつものことだ。
黒井雪子は、とっくに食べ終えていた。
スマホでYoutabeの動画(※最近話題のヒーローがチャンネルを開設した)を観ている。
観ながら、チラチラとこず枝の様子を伺っている。
こず枝と動画とを見比べていると感じるのは、気のせいか。
思えば、一月の体力測定の日からだ。
雪子はおかしかった。
なにかといえば妙な忖度をしてくる。
『菊水は忙しい』だの『菊水はアタシ達と違って~』だの。
もしや、こず枝の能力に勘づいているのだろうか?
でも、それならこず枝に食ってかかるはずだ。
雪子は負けず嫌いだから。
では、どうして?
なんだかモヤモヤする。
ここ最近、ずっとこんな状態が続いている。
正直、居心地が悪い。
「ちょっとトイレ」
いよいよ居た堪れなくなった。
こず枝は席を立った。
雪子は、相変わらずチラチラこず枝を見ている。
なんなのよ、まったく……。
「はぁ……」
気疲れに息をこぼす。
廊下に出た。
隣のクラスの前を通るとき、チラリと中を覗く。
ここは普通クラスだ。
こず枝のいる特進クラスとは空気が違う。
一言でいえば、アホっぽい人が多い。
特にあの二人。
女子から隔離されているように昼食を摂る、デブとガリガリ。
この二人は、特にアホっぽかった。
このクラスに知り合いなどいない。
なのに、教室の中を覗くと、なぜだ懐かしく感じる。
泣きそうになる程懐かしい。
不思議な感覚だ。
しばらくぶらぶら時間を潰した。
腕時計を見る。
頃合いだ。
自分のクラスに戻り、教室へ入ろうとした。
すると声が聞こえた。
「なんか、ずえ(※理佐はこず枝をこう呼ぶ)がいると、気ぃつかわない? 弟妹のことで、みんなに相談したいんだけど、ずえがいると、ねぇ?」
小野寺理佐だ。
「わかるわ。気を使いすぎて正直疲れちゃうのよね。だって、こず枝のママって家族を捨てて逃げちゃったんでしょ? パパもずっと単身赴任らしいし。そんなこず枝の前じゃ、家族の話なんか、できやしないわよ」
西原桃子だ。
「菊水はそれでいいんだヨ。ヒーローってのは孤独で、心に闇を抱えてるもんなんダ!」
黒井雪子だ。
すると理佐と桃子が、ヒーローってなによ、それを言うならヒロインでしょ、と突っ込みをいれた。
その後も3人で楽しそうに話をしている。
姉弟や両親の話――〝こず枝にはできない話〟を。
こず枝は全身から血の気が引くのを感じた。
こず枝がいると気を遣う?
まさか、そんな風に思われていただなんて……。
どうして? どうして? どうして? どうして?
――母親がわたしを捨てて逃げたから?
そんなの、わたしにはどうしようもないじゃない!
――父親が単身赴任でずっと家にいないから?
じゃあ、お父さんに仕事やめろって言うの?
そんなこと言えるわけないじゃない!
こず枝は教室に入ることができなかった。
結局、昼休みが終わるまで廊下に立っていた。
チャイムが鳴り、ようやく教室へ戻った。
「えらく長かったわね。――ずえ、どうかした?」
小野寺理佐が心配そうに尋ねた。
不穏な何かを感じ取ったのだろう。
だが、こず枝は彼女を完全に無視した。
無視して考える。
――明日からは気兼ねなくパンを食べられるわね。どんなパンを買おうかしら?
シクシクと痛む心は、無理矢理に無視した。
そして、敢えて薄ら暗い感情に、その身を預けた。
追記)
礼二郎くんはyoutaberデビューしたみたいです。




