第109話 【チェリーの心】
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「それじゃ、行ってきまーすッ」
「セレス様、行ってまいります。――あ、あの、すみませんでした……」
加代とロリが学校へ出かけていった。
「お姉様、名残惜しゅうございますッ。でも樹利亜の心は、いつでもお姉様を……」
「お嬢、2人が行っちまいますぜ。――では、セレスさん、後はお任せ下さい」
「あぁん、お姉様ッ、お姉様ぁぁぁぁッ……」
風見に引きずられて、樹理亜も去って行った。
見送り終えると、セレスはホッと息を吐く。
鍵をかけて、脇腹と太ももをさすった。
一応、回復魔法をかけておくか。
「《高位治癒》」
多少病んではいるが、いつも通りだったロリに、少し安心する。
しかし、イライアのロリに対する態度は、いったい……。
モヤモヤした気持ちは治まらない。
リビングに戻ると、不機嫌そうな礼二郎がいた。
テーブルで、苦々しくコーヒーを飲んでいる。
どうやら、ロリのことを相談する余裕はなさそうだ。
こちらに気づいた礼二郎が顔を向けて、言った。
「なにやら、絶叫が聞こえたが」
「問題ない。少々、ロリストレスのはけ口になっただけだ」
「そうか……災難だったな」
言うと、嫉妬幼女ほどでは無いにせよ、礼二郎は顔をしかめた。
「セレス……加代は……その……」
「間違いないな」
「やはり、風見さんに……?」
「あぁ、加代殿は、風見殿に恋をしている」
「そうか……はぁ」
「主殿は何が気に入らないのだ? 風見殿か?」
「どう、なんだろうな」
「もしや相手が同級生であっても、主殿はそうやって腹を立てるのか?」
「別に腹を立ているわけじゃ……いや、そうかもしれんな」
「気に入らないにしても、せめて、挨拶くらいはするべきだぞ」
「む……」
「風見殿は、加代殿を護衛をしてくれているのだ」
「……わかっている」
「なら……」
「わかっている……。だが、仕方ないだろう。体と心が言うことを聞かんのだ」
頬杖をついて、礼二郎は口を尖らせた。
セレスは呆れた顔をして、次の瞬間に、
「ブーッ」
吹き出した。
「あ、主殿、そ、それではまるで、加代殿の父親ではないかッ。あはははッ」
礼二郎は、腹を抱えるセレスを黙って見つめた。
次第に顔が真っ赤になり、それを誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
フフフ、たまらなくかわいいのだ、こんなところが。
笑いが落ち着くと、セレスは我に返った。
――おっと、いかんいかん。主殿は、見た目が若返っているのだったな。
本来の礼二郎は30歳を超えている。
かわいいなんて言っちゃ、プライドを傷つけてしまいかねない。
――うー、でもかわいいんだよなぁ。
なんて、内心で身もだえしていると、
「失礼します」
家政婦のアルファが現れた。
「セレス様、コーヒーをお持ちしました」
礼二郎の斜め対面にカップを置く。
「あ、あぁ、ありが……」
セレスが礼を言い終える前に、メイドは消えていた。
セレスは、なんとも言えない顔で礼二郎の対面に腰を下ろす。
隣のカップを手に取ると、恐る恐る口をつけた。
「ぐぬっ……」
激甘だ。
案の定だった。
恐らく、砂糖を10杯近く入れてあるのだろう。
見ると台所の入り口で、メイドが顔を半分覗かせている。
目が合うと、ニヤリと笑って奥へ引っ込んだ。
確信犯だ。
アルファは(今はいないベータも)、セレスがコーヒーはブラック派だと知っている。
なのに、この砂糖汁だ。
金髪娘は、家政婦人形に嫌われているのだった。
理由は予想がつく。
レシピ通りに料理しようとするメイド達を、セレスが押し切り続けたせいだ。
メイド2人は、独自の味付けを強行するセレスに、不満がある。
でも、その料理はレシピ通りのオリジナルより、断然受けがいいのだ。
セレスは、料理の際、その日の気温や湿度などを考慮する。
考慮して、塩加減や材料の比率を、微妙に調整している。
感覚が物を言う世界だ。
これは、ホムンクルスには難しかろう。
皆の健康を考えたセレスのやり方は、間違っていない。
メイド達もそれがわかっている。
だから、面と向かって言い返せないのだ。フフフン。
しかし甘いな、このコーヒーッ!
ん? 待てよ。飲み慣れると、これはこれで悪くないかも……。
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