閑話7 【ミス・アンラッキー PART2】
札束を、春香はテーブルに置いた。
札束を、だ。
日本銀行券の一番偉い奴が、キッチリ100枚で、帯付きの束だ。
しかも、しかもだ。
なんと2束もご来宅なのだ。団体様2組だ。
この貧相な佐々木邸に、ようこそいらっしゃいました。へへぇ。
などと、ふざけている場合ではない。
震えは治まったけれど、頭が、気がフワフワしている。
夢か現か、まるで区別がつかない。
「あれ? そういえば、これが夢じゃないって、どうやったら証明できるのかしら?」
なにやら哲学的な疑問に、頭を悩ませる。
「わたし思う、ゆえに春香あり、的な?」
うん、よくわからない、的な?
なので、とりあえず後ろを向き、目を閉じてみた。
「……」
次に、なんとなく数を数えてみた。
「1,2,3……99、100」
目を開け、振り返る。
「や、やっぱり消えてない」
テーブルには札束――200万円が鎮座していた。
なるほど、夢だとしても、すぐに覚めるタイプの夢ではないと判明した。
つまりは、まったくもって時間の無駄だった。
いっそ、消えてくれていたら……。
春香は溜息をつくと、ハンドバッグから何かを取り出した。
預金通帳と、一冊の小冊子だ。
通帳を開く。
見えたのは、記帳された800万円の文字。
そして、小冊子の表紙には、
【突然の幸運に:宝くじで高額当選した方へ】
そう。
春香は、宝くじで1000万円をゲットしていた。
テーブルの200万円は、当選金を一部現金で受け取ったものだ。
なぜ200万円を?
深い意味は無い。
200万円あれば、1年の逃亡生活をまかなえるからだ。
いや、悪いことはしてないんだけど、なんとなく?
消えることない証拠等が、事態に現実味を与えた。
どうしよう。もしかしたら夢じゃないかも……ん? あ、あれ? なんだか気分が……、
「うッぷ」
口を押さえ、春香はトイレへと駆け込んだ。
便器に顔を突っ込むと、
エロエロエロエロエロエロエロエロエロエロエロエロ。
激しく嘔吐した。
まさか、宝くじ当選が、こんなにもストレスフルだったとは……。
どんなにお酒を飲んでも、どんなに会社で辛い目に遭っても、戻したことなかったのに。
「と、とりあえずッ。とりあえず落ち着こう。スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ」
深呼吸を終え、洗面所で口をゆすいだ。
口の中がまだ気持ち悪い。
台所へ移動し、やかんに火をかけた。
食器棚から、二つのカップのうち一つを手に取る。
春香の宝物――以前、礼二郎が使ったカップだ。
春香は、礼二郎の使用後、しばらくの間、洗わずにそのまま保管していた。
しかしある日、カビが生えかかっているのを発見。
悩みに悩んだ末、断腸の思いで、泣く泣く、忍び難きを忍び、洗うことにした。
そのいわく付きカップに、粉末コーヒーを多めに入れる。
暫く待つと、ヤカンのお湯が沸いた。
火傷しないように布巾で取っ手を持ち、カップにお湯を注ぐ。
ちなみに、電気ポットは使っていない。(電気代がバカにならないのだ!)
酸味のある湯気が、狭い部屋に広がっていく。
「彼なら『なんという芳醇な香りだ』って言うかしら。きっと言うわね。フフフ」
愛しい人を思い浮かべ、入れ立てのコーヒーを堪能した。
「ふぅ」
空になったカップを置く。
ようやく、ひとごこちついた気がした。
礼二郎カップ(命名:佐々木春香)に入れたコーヒーは、猛烈に美味しい。
以前、試しに、もう一つのカップとで、飲み比べたことがある。
なにか物理的な作用があるのかしら?
そう思うほど、味の差は歴然だった。
不思議だわ。
春香はバッグ引き寄せた。
中から財布を、財布から10円玉を取り出す。
すると、おもむろに親指で弾いた。
クルクル回転する硬貨を手の甲で受け止め、もう片方の手で隠す。
「裏」
呟くと、春香は隠した手を外す。
コインは〝裏面〟が上だった。
もう一度弾く。
「表」
コインは表を示していた。
もう一度。
「裏」
これも的中だった。
それから10回、同じ動作を繰り返した。
「裏……と見せかけて表ッ……なんてことはなく、裏ぁぁッ」
などと小細工を挟んでもみた。
結果――すべて的中。
「は、外れない」
かれこれ計100回以上、このコイントスを試している。
そして、すべてが的中していた。
えっと、2の100乗分の1だから……と、とにかくすごいことだ。
ちなみに、普通の紙を40数回折り曲げると、月へ届くらしい。
100回折り曲げたら、銀河系越えちゃうのでは?
つまり春香が叩き出した記録は、天文学的確率ってことだ。
「やっぱり――」
春香はバッグから何かを取り出す。
「これが原因……だよね」
手に取った金貨を、マジマジと見つめた。
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