第106話 【飛んで第12回女子定例会議】
3月。
寒さも和らぎ、風景はうっすらと緑へ色づき始める。
加代誘拐事件から、一ヶ月少々経過していた。
ある早朝、広い部屋の円卓に、女性陣が腰掛けていた。
そのひとり、制服に身を包んだ少女が立ち上がる。
少女は、コホンと咳払いをすると、
「それでは、第12回女子定例会議を始めまーすッ」
高らかに宣言した。
「うむ、こず枝や、開始の挨拶ご苦労」
黒いドレスに身を包んだ、妙齢の女性が言って、全員の顔を見渡す。
「それでは、各々の近況を聞こう。まず、シャリー」
話を振られた猫耳少女は、ウニャと立ち上がり
「特に変わったことは無いにゃ。強いて言うにゃら、セレスがトイレを邪魔して、ウザいにゃ」
ガタッ、勢いよく立ち上がったのは、金髪の女性だ。
「う、ウザいとはなんだッ。シャリーがトイレを独占するからだろうッ。〝うぉしゅれっと〟にはまり過ぎだッ」
「ほんの1時間で独占とは猫聞きが悪いにゃ。相変わらずセレスは心が狭いにゃん。まるで猫の額のようにゃ」
ヤレヤレと言った顔で、猫耳娘が首を振る。
なにをッと、パツキンが顔を真っ赤にして食ってかかる。
2人がワーワーニャーニャー騒ぎ立てる中、トンガリ耳の褐色幼女が、ウンウンと頷く。
「たしかに〝うぉしゅれっと〟ってすごい魔道具ですよね。でもシャリー、セレス様を困らせちゃダメでしょ」
窘めるように言った。
ぱっと見、最年少のこの美幼女は、制服に身を包んでいた。
この世界で〝セーラー服〟と呼ばれるものだ。
「う……、わかったにゃ……。セレスのおしっこが近いのを忘れてたにゃ。今回はアチシが折れるにゃ。敬老精神にゃ。セレスごめんなさいにゃ」
「べ、別に、おしっこが近いわけでは無いッ。わたしは、まだ19だぞッ」
その時、司会の女子高生が、おずおずと割って入った。
「あ、あのぉ。年齢の話は、その……」
皆ハッとなる。
それぞれが、恐る恐る、ある人物を見やる。
視線を受けた人物は、下を向いていた。
長い黒髪がサワサワと蠢いている。
なんと、こじらせ魔女イライアが、人知れずこじらせていた。
全員の顔が青ざめる。
「にゃにゃ!? ち、違うにゃッ。頻尿は、イライア様のことじゃないにゃッ」と、猫娘。
「い、イライア殿ッ、おちおちおちおち、落ち着いてくださいッ」と、金髪娘。
「イライア姉様ッ、深呼吸ッ、深呼吸ですッ。スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ」と、褐色美幼女。
「わ、わーっ、イライアさん、今日もお肌ツルッツルーッ。う、うらやましいなぁ」と、女子高生。
などなど、各々が必死の弁解、説得、アイデア、おべんちゃらを並び立てた。
~5分後~
「クククッ。若さの秘訣じゃと? そうじゃな。大事なのは、些事に腹を立てぬことじゃな。あとは……」
ご機嫌魔女が、己の加齢対策をつらつら、ヌケヌケと述べている。
引きつった笑顔で全員が聞く。
もちろん、要所要所での合いの手は忘れない。
「……と、まあ、こんなところじゃな。コホン、ほんの少し脱線したな。話を戻すとしよう。さて、ロリや」
真面目な顔になったイライアが、ロリに顔を向ける。
「〝がっこう〟はどうじゃ?」
「は、はい、今のところ、加代ちゃんに害をなす人物は、見当たりません」
「……そうではない」
「え?」
ロリはイライアに顔を向ける。
先ほど全員を殺しかけたとは思えないほど、イライアは優しい顔をしていた。
「学校は楽しいかと訊いておる」
「えっと、あの……、た、楽しい、です」
真意を測りかねるのか、ロリが言葉少なに言った。
イライアは、そうか、と短く言うと、視線をロリから外した。
そして、そうか、ともう一度小さく言った。
しばしの沈黙の後、イライアは視線をこず枝に向け、
「こず枝はどうじゃ? 何か変わったことはないか?」
「あ……、と、特に変わったことはないんですけど、あの……」
こず枝が言いにくそうにする。
イライアは、こず枝の言いたいことを察し、
「……こず枝や。今まで散々言ったように、お主に、これ以上、ダンジョン攻略をさせるわけにはいかんのじゃ」
諭すように言った。
「で、でも……」
「お主はすでに〝転移魔法〟を習得しておる。我が友龍神アルシェと礼二郎との約定、その1つは果たされたと言うことじゃ」
転移魔法。
その習得は、最短でも、レベル30は必要と言われている。
しかし、こず枝は、なんとレベル12で〝転移魔法〟を習得したのだった。
〝炎と空間魔法に特化した龍神〟による加護のおかげだろう。
元々、こず枝がダンジョンに潜る目的は、『転移魔法を習得し、いつでも龍神に会いに行けるようになるため』だった。
それが今イライアが言った、礼二郎と龍神との間に交わされた〝約定の1つ〟である。
ちなみに、約定は2つ。
もう1つの約定は『礼二郎がレベルを上げて、龍神とタイマンを張る』だ。
イライアは続けて言った。
「お主の手にした力は、既にこの世界では比類無きものじゃ。金も十分すぎるほど得たであろう」
「……はい」
イライアの言うとおりであった。
こず枝の体力は、通常の測定器では測れないほど、強化されていた。
ドロップアイテムを換金し得た金銭は、3000万を超える。
「いくら特別なルートとは言え、ダンジョン攻略には危険が伴うものじゃ。リスクを負ってまで、何を望む?」
イライアの言葉に、こず枝は返す言葉を失う。
納得のいかない表情を浮かべたまま、押し黙った。
「過ぎた力はいらぬ災いを引き寄せる……。この話はこれで終わりじゃ。さて、本題の〝礼二郎関連〟については何かあるか?」
「は、はい、レイは……」
それから、こず枝、シャリー、セレスの順番で、それぞれが礼二郎がらみの近況を話す。
~数分後~
ロリが、最近のれいじろう様は妙に落ち着いて、ガツガツしていないんです、つまんないです、と不満を述べていると、部屋の外から、
「ふわーっ、おはよー……って誰もいないじゃんッ。なにこれッ。超さみしいんですけどぉッ。泣きそうなんですけどぉッ」
欠伸と共に、大きな声が聞こえた。
礼二郎の妹、元気印の女子中学生、大萩加代だ。
「おっと、もう、そんな時間か」
言って、イライアが、こず枝に目で合図をする。
こず枝は慌てて席を立ち、小さな声で言った。
「これで第12回女子定例会議を終わりますッ。皆様おつかれさまでしたッ」
全員がぺこりと頭を下げる。
シャリー、ロリが腰を上げる。
「クッ、わたしの近況は聞かれなかったかッ」
と、ぼやく残念金髪女騎士セレスも席を立ち、残念女子中学生加代の待つリビングへ向かう。
そのとき、1人座ったままだったイライアが、
「ロリや」
と、褐色幼女に呼びかけた。
はい、と元気に返事をしたロリが、テテテと小走りにイライアの横へ駆け寄り、
「なんでしょうか、イライアねえさ……」
そこまで言ったとき、立ち上がったイライアに抱きしめられた。
「約束するのじゃ。もう人を殺さないと」
魔女の腕に包まれたまま、ロリが耳をピクリとさせた。
「あのぉ……悪い人も、ですか?」
「そうじゃ」
「加代ちゃんを守るためでも、ですか?」
「そうじゃ。たとえ礼二郎を守るためであってもじゃ」
「えっ? えっ? で、でもそれじゃ……」
「どうしても殺したい相手がいるときは、ワシに言うが良い」
「イライア姉様に?」
「お主に代わり、ワシがそいつを殺してやろう」
この言葉には、全員が驚いた。
この最強魔女が、年齢絡み以外での殺しを行うなど、考えられなかったからだ。それも他人のために。
「は、はい、わかりました」
ロリはイライアの腕の中で、
「ロリは、もう人を殺しません。お約束します。あの、イライア様、どうして……」
「こりゃ、〝イライア姉様〟じゃろうが」
イライアが優しく窘める。
ロリを拘束から解くと、イライアはロリの右手を持ち上げた。
その手首にはまった青いブレスレットを、そっと触る。
イライア特製のマジックアイテムだ。
これにより、ロリはもう1人の人格である〝ロリス〟を制御できている。
イライアは、少し寂しそうな顔で続けて言った。
「どうしてじゃと? ワシはお主の姉じゃぞ? さあ、用件は終わりじゃ。加代の元へ行くが良い。早く行かぬと、〝でざーとのぷりん〟を食べられてしまうぞ?」
言ってロリを、クルリと回れ右させると、そっと背中を押した。
ロリは、納得のいかないような顔で、イライアに振り返る。
その時、
「ロリちゃーんッ。いないのーッ? 出てこないとプリン食べちゃうぞーッ。10ぅッ。9ぅッ、8ぃッ……」
と、加代の声が聞こえた。
大変ッ、早く行かないと、とこず枝がロリの手を取る。
2人は、リビングへ駆けていった。
ロリとこず枝が部屋から出ると、不安そうな顔をしたセレスが、
「イライア殿、何か気になることでもあるのだろうか? いや、先ほどのロリに対する態度が……」
その隣で、シャリーが耳をぺったんこにさせる。
「イライア様、何かあるにゃら教えて欲しいにゃ……」
2人の顔を見たイライアは、
「ロリは……いや、止めておこう。特にセレスは顔に出やすいからのう」
「クッ、否定できんッ」
「アチシは大丈夫にゃッ。嘘は得意にゃッ。セレスのへそくりをネコババしたのもバレてないにゃ。だから教えて欲しいにゃッ。そう言えば、〝ネコババ〟って言葉はすごく悪意を感じるにゃ。猫族として断固抗議するにゃ」
唐突過ぎる猫のカミングアウトに、セレスは仰天した。
「や、やはりシャリーだったのかッ。何が『アチシは大切な仲間の金を盗むほど落ちぶれてないにゃ』だッ。おのれ、この落ちぶれ泥棒猫めがぁぁッ。返せッ。わたしの金貨10枚返せぇぇぇッ」
うっすら涙を浮かべる女騎士のガチ激怒を、
「泥棒猫って言葉も悪意にゃ。まぁ、待つにゃ。去年行った孤児院を覚えてるにゃ?」
猫娘は平然と受け止めた。
そのあまりに堂々とした態度に、パツキンは動揺を隠せない。
「あ、あぁ。獣人の子供が沢山いた……。そんなことよりッ」
「実は……セレスのお金は、アチシの全財産と一緒に、そこへくれてやったのにゃ」
猫が愁いを帯びた表情で言った。
セレスに衝撃が走った。
「あの恵まれない、子供達にか……?」
「恵んだのにゃ」
「シャリー……お前は全財産を……?」
「たいしたことないにゃ。ほんの金貨50枚ほどにゃ」
誇らしげに胸を張る猫。
「んなッ! 金貨50枚だとッ?」
再度、セレスは驚いた。
まさか、50枚もの金貨を寄付するとは。
いつも金が無いとぼやいていたのは、こういうことだったのか、と納得した。
「クッ……そういう事情なら……仕方、あるまい」
猫を罵ってしまった自分を、セレスは恥じた。
そして、こんなにすばらしい仲間がいることを、誇りに思った。
「セレスや」
とは言え、金貨10枚は大金だった。モヤモヤする。
だが、シャリーの心意気を前には、愚痴を言うのもはばかられる。
しかし、金貨10枚……。
「おい、セレスや」
声の主はイライアだ。
「ん? なんだろうか、イライア殿」
「お主、チョロ過ぎじゃぞ」
再々度、ポンコツは驚いた。
「チョロ……。ま、まさか、今のも嘘なのかッ?」
「にゃははッ」
「どうなんだッ、シャリーッ!?」
「嘘じゃないにゃ。アチシを信じて欲しいにゃ」
セレスを見つめる猫の目は、一点の曇りも無い。
「クッ、もう、わけがわからんッ」
「セレスは、そのまま真っ直ぐ育って欲しいにゃん」
すったもんだした後、猫と金髪がどんなに頼んでも、こじらせ魔女はロリについて教えてくれなかった。
ただひと言、
「これまで通り、ロリをかわいがってやってくれ」
とだけ言った。
(後書き)
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