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 閑話5 【樹利亜】

※ほんの少しだけ、グロ描写アリ

 

 美沙を引きずり、医務室に押し込んだ。

 いぶかしむ保険医は、脅して、階段から落ちた怪我だと納得させた。


 誰もいない手芸部の部室で、樹利亜は爪を噛む。

 綺麗にネイルアートが施されていた爪は、今やボロボロで、見る影もない。

 ひとりになんて、なりたくなかった。

 物音ひとつしただけで、心臓が止まりそうになる。

 怖くて怖くて、たまらない。

 

 だが、仕方が無かった。

 終わったら一人で待てと、()()()は言った。

 ()()()の命令には逆らえない。

 そもそも、逆らうなんて選択肢がない。


 でも、もしかして、と樹利亜は思う。


 ――()()が、()()()()()だったら……。


 夢の命令に従う間抜けな自分を、笑い飛ばせる未来が来れば……。

 切に願い、()()()が現れないことを祈り、樹利亜は待つ。

 そして、考えた。

  

 

 ――『大萩加代』なんかに、関わらなければ……。


 

 きっかけは、『塩田トメ子』だった。

 冬休みが終わる頃、樹利亜達の溜まり場に『塩田トメ子』は現れた。

 樹利亜は驚いた。

 なんと、トメ子は、『塩田健吾』の妹だった。

 親の力で、わがまま放題の樹利亜が、手に入れられなかった唯一のもの。

 それが、塩田健吾だった。

 


 ――そもそも、トメ子が、健吾先輩の妹じゃなければ……。

 


 いまさら詮無いことを考えたとき、ゆらりと影が動いた気がした。

 ヒュッ、と悲鳴に似た息を吐き、樹利亜は後退(あとずさ)る。

 眼球がこぼれ落ちるほど目を見開き、待った。

 影は……動かない。


 

 ――気のせい、か……。

 


 ホッと息を吐く。

 再び爪を噛み、また考える。


 トメ子には、樹利亜から話しかけた。

 妹のトメ子に恩を売り、憧れの健吾先輩に近づくためだった。

 聞くと、トメ子は、『大萩加代』という同級生を憎んでいた。

 いや、憎んでいると言うより、嫉妬しているように見えた。

 

 冬休みが明けた学校で、アタシに任せろと、樹利亜は大萩加代の元に出向いた。

 ほんの少しだけ脅して、トメ子の溜飲を下げてやるつもりだった。

 そうだ。

 最初はそれだけのつもりだった。

 ほんの少しだけの……。

 

 トメ子から聞いた大萩加代の人生は、悲惨だった。

 幼い頃、両親が事故で死に、さらに下の兄が昨年末から行方不明。

 それが本当なら、樹利亜に輪をかけて不幸な女だ。

 さぞや、陰鬱(いんうつ)な奴に違いない。

 本当の樹利亜自身がそうであるように……。

 

 ――トメ子が納得するなら、仲間に入れてやろうと思ってたっけ……。


 樹利亜の予想は、だが外れた。

 壮絶な家庭環境の少女は、明るく元気で、クラスの中心人物だった。

 樹利亜が訪れたときも、大勢の生徒に囲まれていた。

 輪の中心で幸せそうに笑う加代を見て、樹利亜の中で何かが膨れ上がった。


 ――(こいつを(おとし)めてやる)


 ――(アタシより、もっともっと不幸に……)


 久しく感じなかった、薄ら暗い感情だった。

 こんな気分になったのは、樹利亜をいじめた連中に仕返しをしたとき以来だ。

 初めて会った大萩加代に、どうしてだろうか。

 そのときはわからなかった。


 今にして思えば、悔しかったんだと思う。

 そして、妬ましかったんだとも。

 自分より酷い人生のはずなのに、幸せな笑顔を見せつける少女が、許せなかったんだ。

 樹利亜は自嘲気味に笑う。



 ――フッ……。アタシが嫉妬しちゃ、ざまあねえな。



 親が反社会勢力の一員だったせいで、幼い頃、樹利亜はいじめられた。

 親の力に気づくまで、いじめは続いた。

 思い悩み、親に相談すると、拍子抜けするほどあっさり、いじめは止まった。

 樹利亜をいじめた連中は、父の知り合いを使い、家族ごと悲惨な目に合わせてやった。

 それから樹利亜の周りには、人が集まるようになった。

 樹利亜はわかっていた。

 自分の力ではない。

 親の力がなくなれば、自分には何も残らない。

 

 樹利亜にとって、親の力は、なくてはならないものだ。

 そのおかげで、樹利亜は、欲しいものを手に入れた。

 そのおかげで、周りの人間は樹利亜を恐れ、媚びへつらい、チヤホヤしてくれるんだ。

 なのに……。

 

 大萩加代は、金も親も、何も持っていなかった。

 なのに、大勢から愛されていた。

 樹利亜が求めてやまない何かを、何も持たざる少女は持っていたんだ。



 ぞわっ。

 背中に悪寒が走った。

 異様な気配を感じ、現実に意識を戻す。

 樹利亜の腹で何かが動いた。

 慌てて服をめくると、二センチほどの黒い影が(うごめ)いていた。


「ひぎぃッ!」


 払いのけようとした。

 だが、皮膚の下にいるのか、それは平然と動き続けた。

 影の部分は盛り上がり、ウゾウゾと動く感触は、まさに()()蟲だった。

 散々、樹利亜の身体を喰らい尽くした、()()……。


 半狂乱で爪を立てた。

 腹のあちこちから血が滲む。

 影の蟲は取れない。



「ひぃぃぃッ!」



 爪を立てた。


 爪を立てた。


 爪を立てた。


 爪を立てた。


 爪を立てた。


 爪を立てた。


 爪を……。

 

 爪の間に削いだ皮膚が埋まる頃、足下の影が大きく動いた。

 夢じゃなかったんだ、と樹利亜は思った。

 また、()()()がやってくるんだ。

 また、悪夢が始まるんだ。


 怯える樹利亜の眼前で、朝にトイレで経験したことが、再現されつつあった。

 影が動き、広がり、やがて世界を覆う。

 辺り一面が黒と灰色の世界になる。

 影の一部が盛り上がり、変貌する。



「――ダメだったわね」



 現れた白い髪の少女が言った。

 ゴミを見るような目つきで、樹利亜を見つめる。

 自分の命運は尽きかけている――たった一言で樹利亜は理解した。

 膝をつき、両手を組み拝み、乞うた。



「あ、アタシはちゃんと謝りましたッ! か、加代さんを目の敵にしていた女に罰も与えましたッ! ぜんぶ、あなたの指示通りにしましたぁぁッ!」 



 小さな少女を見上げながら、樹利亜は必死に訴えた。

 蟲が(うごめ)く。


 ――もう、あんな思いをするのは絶対に嫌。


 ――大量の蟲に全身を食い破られて死ぬだなんて。


 樹利亜の視線の先、少女は片眉を上げ、口を歪めた。



「指示通りに、ですって? ――〝加代ちゃんの敵を排除して、許しを請いなさい〟と言ったのよ?」 



 少女の声はどこまでも冷たい。



「排除しましたッ! そ、それから、アタシは謝りましたッ! 土下座して謝りましたッ!」



 口端を泡立て、必死に樹利亜は訴えた。

 少女の眉がピクリと動く。



「バカな子ね。お前が何をしようが関係ないわ。問題は、加代ちゃんが〝許さない〟と言ったこと」

 


 パチン、と少女が指を鳴らす。

 床に広がる影の一部が盛り上がり、大きな犬のような獣が現れた。

 樹利亜の全身から血の気が引く。


 ――()()、噛み殺されるのか。それとも蟲に……。


 今朝、樹利亜は、()()()()

 大萩加代と会ったすぐ後だ。

 この少女の眼前で殺された。

 あるときは蟲に殺され、あるときは獣に殺された。

 殺される度に、何もなかったように生き返り、また殺される。

 ()()()殺され続け、死に続けた。

 やがて気がつくと、怪我ひとつ無くトイレに座っていた。

 数時間トイレに籠もりっぱなしで心配したと、仲間から聞いたときは耳を疑った。


 ――何日も延々と続いた地獄が、たったの数時間だなんて……。


 あの恐怖が、痛みが、絶望が、ありありと思い浮かんだ。

 下半身が温かくなる。

 床に広がる液体が湯気を立てた。

 少女は(わら)う。



「ウフフ、お漏らしなんかして……。本当にお前はダメな子だわ。お仕置きが必要かしら?」


「ヒッ! ごめんなさいッ! 漏らしてごめんなさいぃッ! ()()殺さないでぇッ!」



 樹利亜は少女の足にすがりついた。

 隣で獣が唸り声を上げる。

 少女は獣を手で制すと、うっとりとした顔で、樹利亜を見下ろす。



「じゃあ、チャンスをあげるわ」



 膝をついたまま後ろに下がり、樹利亜は床に額を擦りつけた。

 ピチャり、手と顔が濡れる。



「あ、ありがとうございますッ、ありがとうございますぅッ! なんでもしますッ!」


「昨日、加代ちゃんが(さら)われたのは言ったわね?」


 

 少女の言葉に、樹利亜は青くなった顔を上げ、



「アタシじゃありませんッ! アタシは、今日初めて知って……」


「お前が犯人ならとっくに殺してるわ。 ――やったのはこの()()よ」

 


 いつの間にか手にした何かを、樹利亜に差し出す。

 樹利亜はおもしろいほど震える手で受け取った。

 それは一枚の写真だった。

 少女は続けた。

 


「名前は『はせがわじゅんいち』。――この〝がっこう〟出身で、年齢は19才。一週間上げるわ。こいつを見つけなさい」



 樹利亜の腹に激痛が走った。



「ひぐッ!」



 服をめくると、黒い影が皮膚を破り、そこから大量の蟲が這い出てきた。

 そして、あのときのように身体は硬直し、指一本動かせなくなった。



「いぃぃぃッ! どうしてですかッ! アタシは言うとおりにぃぃッ! いぎぃぃッ!!」



 破れた腹が痛む。

 蟲が這い回る不快感、嫌悪感。

 また始まったんだ、と樹利亜は思った。

 懇願するように見上げると、少女は、



「どうして? そんなの決まってるじゃない。――おもしろいからよ。ウフフ……ハァ……ん……」



 淫靡な吐息、恍惚とした表情で樹利亜を見つめる。

 そして、子を慈しむ母の声色で、



「さあ、お食べ」


 

 全身にまとわりつく蟲達が、嬉々として食事を始めた。

 皮膚を食い破り、全身から血が噴き出す。



「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 耐えがたい苦痛。喉が裂けるほど叫ぶ。


 ――早く……。


 獣が近づく。


 唸り声が聞こえる。


 むせるほどの獣臭。


 ――さあ、早くしてッ! 早くッ! 早くッ! 早くぅぅぅぅッ!


 喉に強い力。


 生暖かい。


 ゴキッと、音がした。


 世界が傾く。


 ――ああ、これで……


 少女の嗤い声。


 もう痛みはない。


 視界が黒に染まる。



 ――やっと……死……ね……る……。



 世界が染まる。

 黒く、黒く、くろく、くろ……く……。



「ウフ……ウフフフ……」



 樹利亜は()()殺された。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




 ガタンッ!



 樹利亜は跳ね起きた。

 誰もいない部屋だった。

 よく見ると、手芸部の部室だとわかった。

 慌てて首に手をやる。

 傷は無かった。



 ――夢……なの?



 どこまでが夢で、どこまでが現実かわからなかった。

 全身、汗でびっしょりだ。

 ハンカチを出そうと、ポケットに入れた手に何かが当たる。

 取り出すと、それは一枚の写真だった。

 

 

 ――『はせがわじゅんいち』だ……。

 

 

 樹利亜の視線が虚空を薙いだ。

 


 ――夢じゃ、なかったんだ……。



 ゆらりと立ち上がったとき、



『このことを話せば、お前を殺す』



 幼い少女の声が聞こえた。

 ヒッと悲鳴を上げる樹利亜に、声は続ける。

 


『加代ちゃんに何かあれば、お前を殺す。加代ちゃんに何かすれば、お前を殺す。加代ちゃんの友達に何かあれば、お前を殺す。加代ちゃんの友達に何かすれば、お前を殺す』



 部屋を見渡す。どこにも少女の姿はない。



「しませんッ! 加代さんにも、加代さんの友達にも、絶対に手を出しませんッ!」


 

 声はいったいどこから……。



『男を見つけたら、教えなさい』

 

「どうやって……」



 連絡すればいいのか、と言いかけ、樹利亜は総毛立った。

 まさか、と思い服をめくる。

 いくつもの、痛々しい傷痕があった。

 そして(へそ)のよこには、2センチほどのアザ。

 今朝までなかったはずのアザは、蟲の形をしていた。

 ガクンと膝が崩れ、座り込む。

 そのとき、下方から強烈な視線を感じ、恐る恐る床を見た。



「ひ……」



 影の頭部、爛々と輝くふたつの瞳が見つめていた。

 


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァッ!!」

 


 樹利亜の叫び。

 影は言う。



『お前を見張ってるわ。――ずっと』

 

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